平行線上











「そういえば緑川は、」


と俺が喋ると緑川が柔らかな緑の髪をふわふわと揺らめかせてこちらを向いた。
ん?何?という何でもない反応を心の底から楽しみながら、言葉を続ける。


「大きくなったら俺をお嫁さんにするって、言ってたよね?」
「………ブッ!!!」


ただ小さいこと緑川が言っていたことを俺が口にしただけでなかなかのオーバーリアクションである。
飲んでいたココアを盛大に口から吹き出して、涙目でぜえぜえと肩で呼吸しているので、とりあえず手近にあったティッシュを渡してやる。
あ、ありがとう、ごめん、とティッシュを俺の手から受け取り、丁寧に拭き取る緑川を見ながら、言われた当時を思い出す。
あれは確か緑川が園にきて、暫く経ったとき。
女の子の間で所謂『お嫁さんごっこ』が流行っていた時だった。
誰でも一時は言うだろう、「将来の夢は、お嫁さん」なアレである。
面白いことが大好きなリュウジもそれに食いついて、よく混ざって遊んでいた。
それをなんだか放っておけなくて、俺も一緒になって遊んでいたわけだが、何をどう思ったのか、緑川が俺にはっきりといったのだ。


『将来、ヒロトをお嫁さんにする!』


って。
正直なところ俺は驚いた。
俺は男だし、緑川も男なんだから無理だよって教えようと思った。
けれど、緑川はまだ幼かったし、いや、まあ俺も幼かったんだけど、その無邪気な視線と嬉しそうな笑顔に何も言えず。
そしてまあそのままずるずるとその真相を聞けなかったわけで、今唐突に思い出して聞いてみたわけである。


「あれって、今もそうなの?」


と落ち着いた緑川にちょっと意地悪な質問をしてみる。
緑川は目を白黒させながらそんなわけないだろ!と言った。
そりゃそうだ、俺もわかってたことだし、と思いつつ、残念だな、と返す。


「…か、からかうなよ…っ!!」
「はは、ごめん。」


ころころ表情の変わる緑川をいじめるのは面白い。
駄目だと分かっていてもつんつんと緑川をいじってしまうのはまあ仕方のないことだろう。
まあでも、正直なところ、当時の俺はそれを言われて、少なからず嬉しかったのだ。
緑川はいつも俺の後をついてきていて、それはそれは可愛い弟分で。
少なからず好意を持たれていたのが嬉しかったと、当時の俺を分析していたのだけれど。
まあそれは少なからずあっていて、少なからず間違っていた、と気付いたのはごく最近で。
緑川と一緒にいるのは楽しいし、面白いし、飽きないし。
それがああ、こういうことか、と気付くのに身近すぎて随分かかってしまったな、と思う。


「あの時は、よく意味分かってなかったし、」
「うん。」
「そもそも俺…あの、怒んない?」
「うん、怒らないから。」
「………ヒロトのこと、女の子だと思ってたし。」


ぶはっと今度は俺が吹く番になってしまった。
なんでどうして緑川の中でそうなってしまったのか、謎すぎてである。
どう考えても『ヒロト』という名前は男のそれだったし、スカートを履いていたとかそういうこともなかったし。
何も分からなかったからではなく、意味分かってて言ってたのか、と思うと無性に可笑しくて。
緑川は笑うなよ!と言いつつ弁解する。
女の子の遊びに嬉々として混ざっていた俺を見て、どうやらそう認識していたようで。
いやいや嬉々として混ざってたのは緑川だろ?と思うと妙に可笑しくて。
やたらつぼに入ってしまい、久々に笑い転げ、落ち着いた頃に思うのは。
意味が分かって言ってたなら、裏を返せば緑川は俺のことをそういう意味で好きだったってことなのだろうか。


「じゃあ、緑川。俺のこと好きだったんだ。」
「…そうだよ、悪いかよ。俺の初恋!返せ!」


そう言って掴みかかってくる緑川が可笑しくてまた笑ってしまって。
けど本当にそうだとは思わず、まあ相手が勘違いしてしまっていてその延長線上での好意だったそしても、込み上がる嬉しさは止められず。
本当におめでたい思考回路をしていると自分でも思う。
むきになっている緑川の腕をがしりと掴んで止める。
まだ暴れる緑川に一言。


「もう俺をお嫁さんにはしてくれないの?」


そう聞くと余計に顔を真っ赤にして忘れろ!忘れろ!と掴みにかかってくる緑川は実に単純で面白い。
腹筋がよじれそうになりながら笑う俺の手を振り払って肩をがしりと掴んで揺さぶられる。
頭がシェイクされてなんとも妙な気分だ。


「じゃあさ、」
「ん?」
「逆に、緑川が俺のお嫁さんになってくれない?」
そう言ってしまうと緑川の動きが完全に停止してしまった。
わなわなと口を震わせて、目を見開いている。


「じょ、冗談でも、そんなこ…」
「俺は本気だよ?」


似合うと思うんだよね、緑川のエプロン姿。
とそう続けると緑川はより一層顔を真っ赤にする。
何その反応、少しだけ、期待してしまうじゃないか。
今はどうだか知らないけれど、昔ちょっとだけ俺のことを好いてくれてたんだったなら、まだ可能性はあるってことだよね?
妙にポジティブすぎる自分の脳味噌に苦笑する。


「じゃ、じゃあ…」
「ん?」
「お嫁さんは性別的に無理だけど、」
「うん。」


気が変わらなかったらずっと一緒にいてあげてもいいよ、と緑川に続けられて、なんだか眩暈がした。
それが何だか分からない程、俺だって鈍くなんてない。
緑川の頭をくしゃりと撫でてやると、緑川が顔を真っ赤にするので、つられて頬に熱を感じた。





***
ハチ子さんから頂きました「基緑で馴れ初め」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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