かわるがわる










「ほら、」


そういって目の前に差し出された手に動揺する。
中学を卒業してから二年、鬼道と会うのは実に久々だった。
それまで連絡がきても基本返さないのが常だったが、サッカーの観戦チケットを手に入れたから一緒に行かないか、と鬼道からの申し出に、ようやく二年振りに返事をした。
たまたま見たい試合だったしという簡単な理由で。
久々に、高校に上がってから久々に。
鬼道と会うことになって、会って。
中学のときとさほど変わらない外見に苦笑しつつ、いざ入ろうとしたら目の前にすっと差し出された。


「どうした?」
「いやいや、てめぇがどうした。」


そんなさも、当たり前に差し出された手は明らかに握手のそれではなくて。
野郎二人がこんな公共の場で手を繋ぐなんて、むさ苦しいにも程がある。
どうしたという俺の問いに鬼道は今はつけていないゴーグルの下に隠れていた目をぱちりぱちりと二度ほど瞬きをさせて、何故だか驚いていた。
こっちが驚くっつの。


「いや、はぐれたらまずいだろう。」


そうあたかも当たり前だと言わんばかりに言われ、絶句する。
確実にこいつの妹と同じ扱いをされている気がする。
お坊ちゃんの割には、一般常識があると思っていたが、中学時代にマントとゴーグルを着用していたことを思い出して、常識も糞もあるか、と思う。
モヒカンだった俺も人のこと言えないけど。


「え…」
「…はぁ」


絶句する俺にため息をひとつ。
ため息つきたいのはこっちだっつの。
すると何を思ったのか鬼道は手を引っ込め、それから勢いよく、俺の手を掴んだ。


「…っ!?」


慌てて振り解こうとしたが実に強く握られている。
まるで首根っこを捕らえられた猫のように抵抗虚しく。
鬼道の顔をギッ、と睨むと鬼道はいつものポーカーフェイスで腹が立つ。
鬼道の手に触れたことなどなかったが、格段に成長したであろう力に適わない自分が情けない。
何より、鬼道の手はしっかりしていて、大きさでは俺が勝っているに違いないが体格的な部分は圧倒的に負けていた。
ぎゅう、と力強く握られてしまっては、到底適わない。
それを悟って、抵抗をやめる。
ついでに舌打ちを一回。
もういい、めんどくせぇ、好きにしてくれ。


「…ようやく大人しくなったか。」


そう言って鬼道が優しくふんわり笑うので思わず目を逸らす。
この二年で実に柔らかい表情をするようになった。
なんというか、落ち着かねえ。
中学の時は、俺にこんな顔はしなかった。
会わなかった空白の二年は、どうにも長そうだ、と思った。
地面に視線を這わせて、暫く。
手を強く引かれて、思わず鬼道の手を自ら握ってしまう。
鬼道の焼けた肌に、俺の白く細い指は不釣り合いだと感じた。
どこかから得体の知れない焦燥感が襲って、一溜まりもない。


「…は、離せっ!」


思わず上擦った声がでてしまい、余計慌てる。
こうなったら力尽くで、と自由な方の手で鬼道の指を剥がしにかかる。
するとそのうえから。
鬼道の手ががしり、と重なってきて端からみたら何やってんのかよくわからない体制になってしまった。
覆い被さってきた鬼道の手は妙に熱く。
その熱がじんわりと手の甲に広がる。


「…離せよ、鬼道。」


ひと呼吸置いてから、やっとそう言う。
しかし鬼道の顔は至っていつも通りのクソ真面目のぶっちょう面だ。
その目は何故だと訴えかけてくる。
なんか鬼道といるの、しんどい。
そう思った。
ただ俺は、変化が怖いのだ。
仕方のないことだと思う。
人は変化して、生きていくのだから。
けれど、けれど。
時と共に移ろい行く何かが、あの時を覆い隠すようで。
変化はいつも俺を裏切るのだ。
今の鬼道といるのは、しんどい。
いろんな意味で。


「…貴様は、」
「………」
「直ぐ逃げるだろう。」


鬼道が言う。
そして連絡を断つだろう、と。
こちらから連絡をしたところで、連絡を返さないだろう。
ここで、もし。
はぐれて連絡して、また返ってこなかったら俺はどうすればいい。
真顔で一気に言われた。
それをただ、俺は聞く。
じんわりとした熱が広がり、ただただ溶けた。


「…不動は待つ方のことを知らなさすぎる。」


やっとまた会えたんだ、離してやるものか、と言った。
なに、言ってやがる。
人の気を知りもしないで。
待ってるのは、お前が、鬼道がいつだって先に行ってしまうからだろ。
お前だって、後ろにいる方の気持ちがまるで分かっちゃいない。
なんだか泣いてしまいそうだ。
俺たちは何も、根本的なところは変わっちゃいない。
いつもすれ違ってばかりだ。
お互いがお互いを全く分かっちゃいない。
分かった振りをして、分かったような顔をして。
また振り出しに戻ったようだった。


「……行くぞ、」


そう言って鬼道がまた、俺の手を引いた。
引かれたまま、歩き出して、鬼道の横に並ぶ。
鬼道の横顔はやけに胸に響く。
初めて触れた鬼道の手の温もりも、変わらないのだろうか。
俺は今度はそっと、自らの意志で鬼道の手を握るのだった。





***
枝里さんから頂きました「年齢操作鬼不ではじめて手を繋ぐ話」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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