ブラザーコンプレックス!












「お兄ちゃん、」


と私は呼ぶ。
事あるごとに、私はお兄ちゃんを『お兄ちゃん』と呼ぶのだ。
私がそう呼ぶと、お兄ちゃんはマントを綺麗になびかせて、振り向く。
ゴーグル越しでは見えないけれど、きっと優しく目を細めてくれているのが分かる。
不器用な人だと思うけれど、私にはそれが酷く心地よくて、丁度いい。


「なんだ、春奈。」


そう、少しだけ低い声で名前を呼ばれて、私はどうしようもなく嬉しくなってしまう。
嬉しくなって、頬が緩んで、今、とても緊張感のない、だらしない笑顔になっているに違いないと思う。
けど、嬉しい。
私が『お兄ちゃん』ってお兄ちゃんのことを呼んで、お兄ちゃんが私のことを『春奈』って呼ぶ。
そのなんでもない、当たり前のことが嬉しくて、私はいつもお兄ちゃんの背中を追う。
お兄ちゃんが堪らなく好きで、お兄ちゃんに甘えたくて。
ブラコンなんじゃないか、って思う時もあるけれど、私は胸を張って言いたい。
ブラコンで何が悪い!私はお兄ちゃんが大好きなのだ。

振り向いたお兄ちゃんに駆け足で近寄る。
するとお兄ちゃんは「こけるぞ」と心配そうに言うものだからそれが可笑しくてまた笑ってしまう。
なんだかんだで私のことをいつも見てくれているお兄ちゃんが、好き、大好き。
子ども扱いしてくるところも、いつも心配してくるところも不服だけれどお兄ちゃんを好きなのに変わりはないもの。


「これ、はい。」


そう言って手に持っていたふわふわの白いタオルを渡す。
ありがとう、そう言って笑うお兄ちゃんの顔を眼鏡越しに見るのはなんだかもったいない気がして、掛けていた眼鏡をいつものように額にずり上げる。
それにお兄ちゃんが手を伸ばして、髪の毛を整えてくれる。
几帳面なお兄ちゃんは私が乱雑にそういうことをすることをあまりよく思っていないらしい。
仕方ないな、と肩をすくめて、直してくれるお兄ちゃんの顔をじい、と見つめていると、あっという間にそれは終わってしまった。
お兄ちゃんの手の温度がどうにも心地よくて、ぼんやりとしてしまった。
私には、お兄ちゃんの全てが心地よくて、丁度いいのだ。


「すまないな、春奈。」
「いいえ、どういたしまして!マネージャーなんだからこれくらい当然よ。」


そう言って胸を張って見せるとお兄ちゃんは苦笑する。
最近、お兄ちゃんのいろんな顔が見れて本当にうれしい。
私だけのものじゃなくなった表情が多くて、少しだけ、ほんの少しだけ寂しいけれど、私は本当にうれしかった。
小さなころから、二人だけの兄弟で。
離れ離れになったけれどまたこうして、こうして。
一緒におしゃべりして、一緒にサッカーして、一緒に笑って。
それが酷く幸せで、うれしくてうれしくてたまらない。
お兄ちゃんが楽しいのならば私も楽しい。
お兄ちゃんが試合で活躍すれば私もうれしい。
お兄ちゃんは私にとって、今も昔も変わらない、唯一無二のヒーローで、自慢のお兄ちゃんで。
自慢して回りたいほど、素敵なのだ。


「最近頑張ってるな。いや、前からだが。」


そう、お兄ちゃんが言う。
口元に手を当てる仕草がお兄ちゃんらしくてどうにも、笑ってしまう。


「だが、」
「ん?」
「あまり無理はするな。」


そう続けて、お兄ちゃんが私の頭にぽん、と手を置く。
やっぱりお兄ちゃんの手はあったかくて、心地いい。
わしわしと、少しだけ乱雑に、丁寧に頭を撫でられて、離れていく手に名残惜しさを感じながら、去っていくお兄ちゃんの背中を見送る。
やっぱりフィールドがお兄ちゃんの居場所で、私はベンチでお兄ちゃんを応援する。
本当なら、一緒にフィールドに立ってみたいけれど、女の子は一緒に試合ができないから仕方ない。
でも、どんな形でも、大好きなお兄ちゃんの傍にいられることは、私にとってはとても幸せで、嬉しいことなのだ。


「お兄ちゃん!」


そしてまた、私は兄の背中に声をかける。
振り向いたお兄ちゃんに、練習頑張ってね!と声をかけると、お兄ちゃんは軽く手を上げた。
その後ろ姿はやっぱり格好良くて、自然と笑顔になってしまう。
私はやっぱり、お兄ちゃんが好きで好きで、たまらない。




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