状況判断











違和感に目を開けると、そこには不動の顔が実に間近にあった。
状況を把握出来なくて、冷静に、不動の伏せられた瞼に生える微かに震える睫毛の長さに感嘆する。
すっと、瞼を伏せたまま、離れていった不動の顔をじい、と見つめていると、同時に先程感じた違和感が消えた。
一定の距離を置くと、不動は目を開け、さも驚いた表情を見せる。
一瞬、焦ったような表情をみせたのも、見逃さなかった。
しかしいつもの余裕の笑みを瞬時に浮かべる。


「…やっと起きたのかよ、鬼道くん。」


そういつもの調子で返されて、頭の中を整理しつつ、違和感を感じていた箇所に触れる。
微かに湿って、濡れたそこと、不動の顔の近さを総合する。
と。
キスを、されたことになる。


「…っ!ふ、不動…っ、貴様…っ!」


頬に熱が集まるのを感じる。
慌ててがばり、と布団を剥ぎ、起き上がると、ベッドの淵にしゃがみ込んでいた不動はゆっくりと立ち上がった。
にやりといつものように笑い、実に挑発的に唇を舐める。
そう、先程まで触れていたであろうその唇を。


「ごちそうさま。」


実に礼儀もへったくれもない言い方で、そう言ってのけた。
ごちそうさまという言葉を考えたのは誰だか知らないが、とりあえず、謝れ。
頭の中ではそう物をごちゃごちゃと考えているものの、体は硬直して動かない。
起き上がった拍子に、何故かベッドの上に正座をしてしまっていて、ぴしり、と癖で背筋を伸ばした状態のまま。
見下ろす不動と、ベッドの上に正座な俺。
端から見ると実に滑稽であるに違いない。
しかしカチコチに固まった体は、目線すら動かしてくれず、不動の、少しだけ潤んだ唇をただただ不可抗力に見つめてしまう。
まだなんだかんだで中学生で、そんな色恋にすら免疫がないのだ。
まして、キスだなんて。
寝ていたため、そこまではっきりと覚えていたわけではないのだが、何故だか生々しい感触が唇に残っているような気がして、思わず指で自分の唇に触れた。
その瞬間、しまった、と思う。
案の定不動はにたりと先程よりも満面の笑み(勿論、悪い方の)を見せ、しゃがんでベッドに手のひらを置いた。
位置は、俺の真横。


「…なに、鬼道くん。もしかしてはじめてだった?」


正解だ。
と言いたいところだが、それ所ではなかった。
手をついた不動の顔はそれと同時にグッと近くなっていて、息が鼻先に否応なくかかる。
シャンプーの仄かな香りが、不動の髪の毛先から漂って、何かの衝動が体を駆け巡った。


「…それとも、」


痺れを切らしたのか不動が間を置いて再び口を開く。
片膝をベッドの上に乗せ、ベッドについていない方の手が、己の唇を触っている俺の指先に触れた。
普段のこいつとは違う、不動にしては柔らかな手付きでするりと撫でられ、酷く動揺した。
綺麗なビリジアンも柔らかに弧を描き、見つめられると一溜まりもない。
同い年とは思えない程艶やかで、狼狽した。
不動がそのまま俺の手を掴む。
無抵抗な俺の腕を、指を、すっと移動させる。
柔らかな感触と共に、ふわりと指先は不動の唇に着地する。


「……もう一回?」


そう言って、またにぃ、と笑った。
その時、何かがぱちんと弾けたのを感じた。
不動の唇にあった手を不動の頬に移動させる。
もう片方の手で、不動の胸倉を掴んで引き寄せた。
がちり、と歯が当たる。
本能の儘に、やり方なんてよくわからないまま。
不動の唇に食らいついた。
荒々しく付けられたそれを不動の舌がなぞる。
驚いて閉じていた口を薄く開いてしまうと、いとも簡単に侵入された。


「………っ!」


歯列をなぞられ、口内を蹂躙される。
ぬるりとしていて温かで、妙な感触に全身の毛が逆立つような気がした。
舌を絡められ、息が苦しい。
少しの隙間から酸素を取り入れ、唾液が漏れた。
段々とびりびりと震える脳のどこかに、酷く冷静な部分が存在していて、必死に順序を覚える。
こうして、こうやって、こう。
試合中にどんな場合に置いても、冷静に分析する癖が、可笑しいかな、この状況でも発揮されていた。


「……は、」


浅い息を吐いて、貪られていた唇が解放される。
いつの間にか立場を逆転されていた。
はじめてみる糸は、酷く淫猥で、切ないものだった。
また、赤い舌をちらり、と見せ付け、不動が笑う。
それを見ながら、今度は頭の中で算段を組み立てる。


「……不動、」
「なんだよ、……っ!」


そのまま不動を力一杯引っ張り、ベッドの上に押し倒す。
それから不動の骨盤の辺りに馬乗りをして、両手首を抵抗出来ないように素早く押さえつけた。
驚いた表情の不動を上から見下ろし、言う。


「もう一回だ、不動。」


そのまま間をほぼ置かずに、半開きの不動の唇に口付けた。
先程不動がしたように、舌をねじ込み、歯列をなぞりあげる。
しかし、先程と違ったのは、不動がそれに応じたことだ。
実に積極的に舌の動きに合わせ、絡める。
くちゅりという水温が室内に響いて、鼓膜を揺らす。
もっと堪能したいがために、不動の手を解放する。
その手を不動の頬に添え、より密着した。
解放した不動の白い腕は、するり、と伸びてきて、そのまま俺の首に回り、掻き抱くように引っ張られた。
まるで獣のように、本能のまま、貪る。
互いに酷く、欲していた。
息が続かなくて、名残惜しいが、唇を離すと、不動もゆっくり目を開く。


「……へたくそ」
「…はじめてなんだ、我慢してくれ。」


そう言ってのけると不動は声を出して笑う。
そして俺の目を真っ直ぐに見て、「でも、きらいじゃねえ」と呟いたのだった。





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瑛壱さんから頂きました「鬼不で甘甘」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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