飾り気のないその指に










実に恭しく、手を持ち上げられる。
女の子に触れるような、壊れ物を扱うような、そんな手つきである。
前の席の椅子に反対向きに此方を向いて座っているマルコに、俺が今、現在、そうされているのだった。
今は授業の提出用のプリントに取り組むことに精一杯で、利き手じゃない方の手だったので特に気にもしていなかったのだが。
何か美しいものを愛でるように、角度を変えて様々な方向から自分の手を見つめられると、誰だって気になる。
そんな嬉々とした表情で見つめられる程、綺麗な手でもなし、女の子のように丸くて小さい可愛らしさだってありはしない。
大きくため息をついて、手に持っていたシャープペンシルの動きを止めて、それを机の上にゆっくりと置く。
そしてマルコの方を見ると、これまた飽きもせず、俺の手をじい、と見つめていた。


「・・・・・・マルコ、」
「なに?」
「何してんだ。」


そう聞くと、やっと俺の手から目線を外す。
その視線は一心に俺を射抜いて、それからその人当たりのよさそうな垂れ目を細ませて、笑う。
にこり、と微笑まれて、その笑顔が実に幸せそうで、どうしたものか、と思う。


「ジャンの手を見てた。」


俺はまた、その答えにため息をついた。
そんなことは分かりきっている。
先程から嫌という程、視界に入っていたのだから。
何故?という理由が聞きたかったのに、実に率直に返ってくるものだから、思わず。
いや、確かに俺の言い方も分かりにくかっただろうけれど。
再度、それを聞こうと、マルコにならって実に率直に、「何で?」と聞いた。
するとマルコは目をぱちくりと驚いたように二度三度瞬きをして、また微笑む。


「綺麗だから。」


そういってのけて、それからまた俺の手を持ち上げて、見る作業に戻った。
綺麗だなんて、男に言うものではない。
そう思う。
マルコは人当たりが良いから女の子にはもてるし、困らないだろう。
だからそういうことを言うべき女の子はたくさんいるだろうし、わざわざ男の俺に言う道理はない。
そして傍から見たら気持ち悪いことこの上ないんじゃないだろうか。
けれど、今のこの状況を、俺は別に嫌だと思っていないことに気付く。
嫌なら真っ先に手を払っているに違いないからだ。
されるがままにしていたのは、きっとマルコの過剰なスキンシップには慣れているし、何をされても興味がないからだ、と信じたかったが、存外そうでもないようで。
今、綺麗だと言われて、密かに嬉しく感じてしまった自分を誤魔化そうと、もう一度置いたシャープペンシルを握った。


「細くて長くて、綺麗。」
「……へぇ。」
「ジャンルカの切れ長の目も、長い下睫毛も、整った鼻筋も、薄い唇も、全部好きだけど俺は一番この手が好きだな。」


ジャンは美人だから迷っちゃうけどね、となんとなしにそうさらり、と言われて妙な気になってしまう。
する、と優しく手の甲を撫でられ、体がびくつかないよう耐える。
動揺を悟られたくはない。


「でさ、」


マルコは続ける。
実にさも当たり前かのように、自然に。
そんなこと、有り得る筈もないのに、淡々と。
しかし嬉々として、その声は軽快に弾んでいる。


「ジャンルカの指に合う石は何色かなって。」
「……は?」
「だって、好きな人に送る指輪なんだから、そりゃ迷うだろ。」


それは告白に違いなかった。
放課後で、疎らだがまだ教室内には人がいるのに実にさらりと言ってのけたのである。
幸い、普通の会話のようだったから周囲には気付かれなかったが、俺は過敏に反応してしまう。
勢いよくマルコの方を向く。
マルコは困ったように、顔をくしゃっとさせて笑った。


「でも分からなくて。どれも似合いそうに見えて選べないんだ。それに、まだそんなお金もないし。」


本当に、申し訳なさそうにマルコはそう言った。
そんなのは当たり前だろ、と思う。
俺達は人並みに女の子に声を掛けたり、付き合ったりするが、まだ中学生なんだから。


「でも、もし、」


そう言って、マルコは俺の手をそっと、すくい上げた。
ゆるりと動かし、移動を余儀なくされる。
そして丸くて大きな目でじい、と見られる。


「もしジャンに指輪、贈れるときが来たら、その時は俺と付き合ってよ。」


そんな実に気の長い約束を求められる。
そして手の甲に軽く、キスをされた。
その温かさはじんわりと広がる。
思わずため息を付きたくなったが、けれど、その時が来たら。
今のままなら了承してしまいそうな自分がいることに驚いた。





***
あきのさんから頂きました「マルジャンで甘甘」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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