唯一無二









晴矢が女子かもしれない、と気付いたのは割と最近だった。
小さな頃から一緒にいたのに、私は何一つ、晴矢のことを知らなかったのだ。
月に一度、苦虫を噛み潰したような顔をしていても、私は言うなれば、興味すら沸かなかったのだ。
けれど最近。
本当に最近。
突拍子もないことでそれは露呈されたのだった。
ぶつかった拍子に、肘が晴矢の胸に触れたのだ。
そのあと私たちはいつものように喧嘩を始めたわけだが、多少の違和感があったのだ。
その違和感が気になって仕方なくて、暴れる晴矢を押し倒し、その真っ平らだと思われる胸に手のひらで触れた。
ふに、と柔らかい感触がしたかと思った瞬間、晴矢の右手打ちが私の頬に飛んできた。
景気の良い音がして、下を見れば髪の色と同じくらい真っ赤な顔をした晴矢が此方を睨んでいた。
私だって、馬鹿じゃない。
予想なら簡単につく。そしてそれが正解なことくらい、今までのことを合わせると、よくわかる。
最近晴矢は、取っ組み合いの喧嘩で私に一切勝てないのだ。


「……い、てぇっ!」


晴矢の腕を掴み、力付くで立たせる。
同じくらいだった身長も私の方が気付けば幾分、高い。
そのままその場で晴矢の服を無言で捲りあげると、白い布にぎゅうぎゅうと、苦しそうに押さえ込まれた乳房が目に入る。
ああ、矢張り。
そう思って暫くぼんやりと眺めていると、今度は鳩尾に膝蹴りが飛んできた。
それを服を掴んでいない方の手で、ぱしり、と払ってやる。
晴矢の顔を見ると、唇を噛み締めて、なんとも悔しそうな顔をしている。
目線をこちらに合わそうともしない。
なんだか無性に腹が立って、そのままさらしをひっぺがしてやろうかとも思ったが、思いとどまる。


「……なんで、」


黙っていた、と続ける。
自分でも驚く程、低い声が出る。
晴矢は私を睨んだまま、服を捲られたままである。
何も抵抗してこず、ただ、じい、と見るのだ。


「どうして、」


疑問の声ばかりあがる。
私と晴矢は幼い頃から二人でひとつなのに。
重大な事実を隠されていたことよりも、今まで気付かなかった自分が情けない。
私は晴矢の何を、何を、見てきたのだ。
ぎり、と唇を噛み締める。
そのまま晴矢の顔を見ると、晴矢もぎりり、と唇を噛んでいた。
私の捲り上げた儘の腕を掴む。
その手はいつもの傲慢で乱暴な手付きとは違い、小刻みに震えて、酷く弱々しいものだった。
否応無しに、晴矢が女である、という事実を告げられているようで、不甲斐なさに絶望する。
晴矢に興味がなかった。
なかったというのは実際のところ、分かっている気でいたから。
隣にいるのが当たり前で、理解しようとしなかった。
私は晴矢で、晴矢は私。
そんな子供染みた幻想に、ただただ惑わされて気付きもしない程、私たちはまだ幼かった。


「…俺は、」


晴矢がやっと口を開いた。
ぎり、と私を睨み付けたまま、悔しそうに、絞り出すように。


「風介と、対等で、いたい。」


女だから対等でいられない、晴矢はそういうのだ。
だから、黙っていた。
日に日に女に近付く体に恐怖しながら、その恐怖すら隠し。
いつも強気で、乱暴で。
でも少しだけ繊細。
それが、晴矢だと、分かっていたつもりなのに。
何一つ、理解出来ていなかった。
絞り出された声は、いつものような力強さはなく、ただの、飾られていない、南雲晴矢そのものだった。
やっと服から手を離す。
すとん、と重力に乗っ取りそれは晴矢の体を隠した。
目の前の晴矢は酷い顔をしている。
揺らぐ両眼は、淡い。
きっと私は、いつもの無表情で晴矢の前に立っているのだろう。
それが、酷く晴矢を不安にさせているのは知っている。
しかし、ここで微笑んでやることが正解でないことも、知っているのだ。


「………っ!」


勢いよく、今度は晴矢の胸倉を掴む。
そのまま、勢いのまま、晴矢を立たせて壁際に追いやった。
壁に強く晴矢の体を打ち付ける。


「……君は、馬鹿か。」


私がその程度で、君を、晴矢を、対等でないと認識すると思ったのか。
出来るだけ、低く、冷ややかな声を出す。
動揺を表には出さず、いつも通り。
全面に押し出すのは、怒り。
晴矢と私の間には、そんな薄っぺらいものだけだったのか。
ぎりぎりと締め上げて、睨み付ける。
そんな苦しい状況で、晴矢は、満足そうに笑った。


「…俺が馬鹿なのなんて、お前が一番分かってんだろ。」


女でも、男でも。
晴矢は晴矢なのだ。
嘘を付かれていたという衝撃から、危うく失念するところだった。
性別なんて関係ない、目の前の、この馬鹿で、無鉄砲で、小憎たらしい『南雲晴矢』というひとりの人間が、私は好きなのだ。





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米さんから頂きました「南雲が女体化or幼児化」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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