※年齢操作きどふど。第三者視点でオリジナル要素強いですので注意。 溶ける、解ける。 メロンソーダの中で、氷がかちり、と音をたてて溶けていく。 私はそれをストローでかき回しながら、目の前のバイト先の同僚に、話し続ける。 それは昨日喧嘩した彼氏の愚痴。 あまりに理不尽なことで怒られてしまって、私は一体どうすればいいかわからず、よく相談…というかまあ、私が一方的に話しているだけなのだけれど、それを目の前の彼に吐きだしている真っ最中だ。 短く癖のある髪を、癖なのか、指先でこねくり回しながら、さも興味なさげに、でも適当に相槌を付きながらも最後まで話を聞いてくれる不動君は実に心地が良かった。 変に感情移入されるより、私は只、話を聞いてもらえるだけでよかったのだ。 「っていうか、不動君。」 「なんだよ。」 「…私によく付き合ってくれるけど、彼女さんとか…いないの?」 ぶっと不動君は実に景気よく、飲んでいたコーラを吹き出した。 綺麗にファミレスのこれまた綺麗に磨かれた机の上に吐きだされた。 そんなに予想外の質問だったのだろうか。 不動君はむせながら私を睨みつけていた。 涙目が少し可愛いかもしれない。 頂いていたおしぼりで机を拭くと、「わりぃ」と、むせながらいうので「いいから早く落ち着きなよ」と返す。 水滴を拭いとられて、また再び綺麗な状態に戻す。 「で、彼女さん。」 「………なんで急に。」 「気になったから。普段私ばっか、話してるでしょ。」 不動君のそういう話、聞いたことないなと思って。と続ける。 女の子は、所謂恋話が大好きな生き物なのだ。 自分の惚気話は勿論のこと、人の話も。 まあ、私に相手がいないときは正直、他人の惚気なんて勘弁なのだが、と少々頭の中で性格の悪いことを考える。 喧嘩はしているものの、今の彼氏は好きだし。 仲がいいほど喧嘩するっていうじゃない。 まあ、私のことはいいのだ。 目の前の、淡白そうな不動君の恋愛話が、随分前から気になっていたのだ。 「で、いるの?」 メロンソーダを口の中で弾けさせながら、私は聞いた。 ぱちぱちと弾けて、酷く心地いい刺激が口内を侵食する。 不動君は目線を逸らす。 結構付き合いは長いけれど、こういう反応は珍しいかもしれない。 「いる…?いや、いない…か…?」 「なんで疑問形なのよ。自分のことでしょ。」 「いや…なんつーか彼女…」 「もったいぶらないでいいなさいよ、男でしょ。」 「男とか女とかこの状況で関係あんのかよ…。」 「いいから!いるの?いないの?どっちよ。」 一気に捲くし立ててみる。 結構なんだかんだで思い切りが良い不動君が、ここまでうろたえるのもやはり珍しい。 私がギッと、化粧で誤魔化した目でにらみを利かすと、漸く観念したのか小さなため息をつきながら「いることにはいる」と言った。 やっぱりな、と思う。 私は知っていたのだ、不動君が何時も大事そうに首から下げているそれを。 シルバーの、酷く飾り気のないシンプルなリング。 照れなのか、なんなのか。 指にはめているところなんてみたことないけれど、休憩中とかに、大事そうに、髪をいじるその手つきより優しい動作で撫でているのを見たことがある。 それも癖なのかもしれなかった。 けれどその時に表情は、私になど見せるものではないほど、優しく柔らかだった。 はじめてみたときはそれはそれは驚いたものである。 正直なところ、普段の人を寄せ付けない刺々しいオーラとのギャップに、仲良くなりたい、と思って声をかけた。 予想通り、話しかけてみれば案外気さくで、それからすっかりこういう状態なのである。 相手が誰か、気になるところではあるけれど、これ以上突っ込むときっと、不動君は持たないだろうな、となんとなく思う。 既になんだか目が、尋常じゃない程居心地悪そうに泳いでいた。 「ふーんなるほどね。まあ深くは聞かないであげる。」 「…へえ、そりゃありがてえ。」 本当に酷く安堵したような顔をしているので少し意地悪しすぎたのかもしれない。 皮肉ったような口調は変わらないけれど、彼はやはり只の男の子なのだった。 そしてそのまま私から視線をそらして、通路側を見た不動君の動きが止まる。 酷く驚いたような、なんだかよくわからない複雑な表情をしていた。 あまりにも凝視しているのでその視線の先を振り返ると、なんだか少しだけ日本人離れした、なかなかこのあたりでは見ない、ドレッドヘアの男性がこれまた少しだけ驚いた表情で立っていた。 「……鬼道、」 そう不動君がその人を呼んだ。 きどう?きどう…どこかで聞いたことがある名前である。 テレビか何かかもしれないな、と思いつつ、その人をみるとその人も不動君のことを「不動」と確かに呼んだ。 二人は知り合いなのかもしれない。 「…つか、ファミレスなんてお坊ちゃんの来るとこじゃねーぞ。」 「友人に誘われてな。というか、俺がどこにいようと勝手だろう。何故貴様に口出しされねばならん。」 本当に親しいような口ぶり。 不動君が自分から話しかけるところなんて、あんまり見たことない。 私はその不動君が「きどう」と呼ぶ、その鬼道さんとやらに興味を持った。 不動君が、あの不動君がこんなに親しげに、話すところなんて、やっぱり珍しいことだったから。 長いドレッドを肩に垂れ流していて、目つきはかなり悪い。 正直あまり堅気の人には見えないけれど、口調は穏やかで品がある。 黒いVネックが細身の、でも多分筋肉質な体にぴったりと張り付いて、よく似合っている。 頭から順に、失礼だとは思いながらも興味が止められなくて、その鬼道さんとやらの、左手に、ふと、目がいった。 見覚えのある、どこかで見覚えのあるシルバーのシンプルなリング。 それがなんなのか、どこで見たのか、私の記憶を辿るのは容易だった。 不動君が首から下げているシルバーのリング。 それが答えだった。 ものの1秒でたどり着いた答えに、私は困惑する。 あれ?私はてっきり、彼女さんとのペアリングか何かだと思っていたのだけれど。 鬼道さんの左手の、薬指にしっかりはめられたそれ。 私の中で、何かが一致しそうになった。 慌てて、不動君のほうを見る。 「…なんだよ。」 少し口を尖らせて言う不動君を見て、「いや、なんでもない」とメロンソーダを一口、啜る。 やはり今も胸元で光る、シルバーのシンプルなリングは、同じに違いなかった。 「…あまり遅くまでいるなよ。女性には夜道は危険だろう。」 「…へいへい。わーってるっつの。母親かお前は。」 紳士的な口ぶりで、私の心配をしてくれた鬼道さんに、不動君は悪態をついた。 遠くで、「鬼道!なにしてんだ」と連れの方であろう声がするのが聞こえた。 鬼道さんが私の横を通り抜けていく。 その時、通り過ぎる時に、鬼道さんは、ぽんと、不動君の頭に手を置いた。 疑惑は、確信に変わった。 あの柔らかい表情を、不動君は、したのだった。 「いることにはいる」確かにその通りだった。 不動君のお相手は、男の人だったのだと、合点がいった。 同性愛なんて…と思っていた。 ずっと、周りにそんな人はいなかったから、寧ろ気持ち悪いとすら思っていた。 けれど、どうだろう。 目の前の不動君は、酷く、幸せそうだった。 いや、そう見えただけなのかもしれないけれど。 それがなんだか羨ましくて、いいなあ、と思いつつ彼氏の顔が思い浮かぶ。 不動君と別れた後、絶対謝ろう。 そして存分に甘えてやるのだ。 今日見せつけられた分、また、今度は私が不動君に惚気話という仕返しをしてやる。 そう思いながらまた一口、メロンソーダを啜る。 また少し、氷が解けて、涼やかな音がした。 . |