ぬくぬく











「…風丸?」


ふと隣で寝転がっていた風丸に声をかけると、返事が返ってこなかった。
すやすやと規則的な音が横から聞こえてきてその音に風丸を見るとやはり眠っていた。
さっきまで読んでいたであろうサッカー雑誌を開いたまま、うつぶせに突っ伏していた。
長いポニーテールが頬にかかっていて、後に残ってしまうんじゃないだろうか、と風丸の髪に触れる。
そのまま結んでいるオレンジのゴムに指をかけてするり、と解く。
さらりと指をすり抜ける、さらさらとした蒼が、重力にのっとって風丸の背中に流れる。


「痕つかないのか…」


と思わず呟いてしまう。
長時間結んでいたであろうその髪は、結んでいたという痕を一切残していない。
まるで今まで
さらりとしたその触り心地を指で楽しむ。
勿論起こさぬようにそっと。
二三本指でこねくり回しながら、自然に頬が上に上がってしまうのを感じる。
なんだか風丸がこんなにも無防備にしているのは久しぶりに見る気がしなくもない。
さらさらと頭を撫でて感触を楽しみながら風丸の顔を見るといつもは引き締めた口が少しだけ開いているのに苦笑した。
よしよしと諌めるように頭を撫でに撫でているとふるり、とその睫毛が震えて慌てて手を離すと、うっすらとその目が開かれた。


「あ、悪い、起こしたか?」
「……寝てた、か…?」


もごもごと呂律が回らないのか途切れ途切れに言葉を紡ぎながら上体を起こそうとするので、頭に手を置くことで抑える。
別に眠ければ無理に起きなくてもいいのに、変なところで律儀なのだ。昔から。
よしよしと頭を撫でてやると、上体を起こすためにつっ立てようとしていた腕が力を失って、だらりと地面に垂れた。


「…えんどう、寝そ、う…」


まどろみながら目がぱちりぱちりと、もう直ぐにでも落ちてしまいそうなほど、とろりとしている。
寝ていいぞ、と声をかけてやるといや、おきるといいながらまた腕に力を込め出した。
寝ていいのにこんなに頑固にならなくても、と思いながら近くにあった毛布を風丸の体にかけてやる。
ほわりとした感触を味わいながら、でも風丸の髪の感触のほうが心地いい。
そしてぽんと体をひとたたきしてやるとまだ腕から力が抜けたようだった。
うあ、とかよくわからない呻き声を上げながら、風丸の眼が俺のほうを向く。
やはりとろりとした目は、いつもの輝きはない。


「…気持ちい、」
「そりゃよかった。」


はあ、と大きく息を吐いて、呼吸が睡眠のそれに変わる。
深く吸って、吐いて、吸って、吐いて。
どんどんととろりとする風丸の顔をみているとなんだかこっちまで眠たくなってきた。
風丸の横の空いたスペースに、寝転がって、風丸にかけた毛布に侵入する。
体は風丸のほうに向けて、左手で風丸の頭を撫でた。
目を閉じた風丸がまた、目を開ける。
上から見る顔と、隣で見る顔は、やはり違う。
ぼんやりとした風丸にほほ笑んで、「どうした?」と聞くと風丸が口を開く。


「…手、」
「手?」
「…気持ちいい。」


そう言ったのだった。
普段はしゃきしゃきと喋る風丸の、だらりとした下っ足らずな口調に、どきりとした。
にこりととろけそうな顔で微笑まれて、う、と手が止まる。
慌ててまた手を動かし始める。
さらりさらりと、流れる。
風丸の蒼はとても綺麗だった。
ふいに、毛布の中から風丸の細い腕が伸びてくる。
その手を目で追うと、そのまま俺の頭に伸びてきた。
よしよし、と俺が風丸に今しているように、緩やかに頭を撫でられて、バンダナをとられた。
ぽい、と背後に投げられて、よしよしとまた撫でられる。


「仕返し。」


そう呟くように言う風丸は、そのままうとうととまた眠りの体制に入った。
とろりと目がどんどん、下瞼と上瞼がくっついていく。
間近でそれを見ながら、よしよしと、手を止めずにいると、風丸は完全に眠りに入ったのか、俺の頭を撫でる手の動きが止まった。
そのままだらり、と重力にのっとって、頬に滑り落ちてくる手。
頬に乗ったままの手は、相当眠かったのか温かく、髪越しに感じる温度より、直に風丸の温度を感じた。
その温度の心地よさに、俺まで眠くなる。
このままゆっくりと目を閉じて、眠りに落ちれば安眠できそうな気がした。





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