予兆も前兆も確かにあったものを見落として、溢して、そして絶望のなかを歩む私たちは、何度も何度でも繰り返して繰り返しを続けている。諦めそうになった時もあった。それでも私たちが何度でもまた歩きだすのは意味があるからなんだろうけれど。今やその意味さえ薄れてしまっている。ああ、また君は時を戻すんだね。今度こそ、今度こそ。まだ意味があるうちに、歩き出そうか。
 次はきっと大丈夫だから。



 本当にあったんだー。
 イタリアさんはそう言って館を見上げた。
 世界会議会場から歩いて三時間、噂の館は確かに存在していた。白い質素な外装の館は、どことなく威圧感を放っているように見える。入りたくは無い、しかしギルベルトとイタリアさんはとても乗り気である。彼らが行くならば、ほぼ強制的に私も着いていくことは決定されている。それが私の意思に反することであっても、かつての祖国を置いていくことなど私にはできない。それにこのメンツに連合が追加されるのだからドイツと日本さんの胃を守らなければならない。そして、念には念をいれて思わぬことで乱闘になることを念頭に置き、医薬品はばっちり持ってきている。動く病院か私は。使わないことを切に祈りつつ、私は彼らの後ろについて館に足を踏み入れた。扉が閉じようとした時に見えた空は、青空だった。

 …あれ? ふと胸の奥が疼く。この違和感の正体はなんなのだろう。何もおかしくないはずなのに。自分の矛盾に戸惑っている間にも会話は進んでいく。違和感を気のせいだと位置付けて頭のすみに押しやった。

「幽霊なんているわけ無いでしょう。常考。」
「気を付けろよ日本。」
「お気をつけください。」

 日本さんは私の横をするりと通り後ろに続いていた廊下の先にずんずんと進んでいった。少しして パタリ、廊下を隔てる扉が閉じて彼の姿が完全に見えなくなった。何事もなくすぐ戻ってくればいいのに。そう思いつつ、体を元の向きに戻そうと振り返えるために右足を軽く引く。


 私の名前を呼ぶギルベルトの声と、ドイツの恐怖にそまった声がいやによく響いた。


疼く、胸の


 視線の先には
 鬼がいた。


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