「あー。ようやく脱出できるぜ。長かったような、短かったような……。」 「そうだね。アメリカ達、早く来ればいいのに。」 「皆さんに心配かけてるでしょうし、早く帰りたいですね……。」
付け足せば、あとそろそろビールを飲みたい。もし今帰ることができたらブルストとビールの大樽を開ける勢いで飲みたい。寧ろビールに浸かりたい。
「遅いぞ。先に行くからな。」 「あ!! ドイ……。」
日本さんがドイツに手を伸ばしたけれど、彼はずんずんと奥へ進んでいってしまう。私も慌てて後に続いた。彼は一人にするには危なすぎる。
”たっ……例えばあの場所に行くと、ドイツさんが……あ、というか、プロイセン君も捨て身で……イタリア君だって……、フリードニア君貴方も……。”
あの場所と言うのが何処か私には分からないが、あの言葉から察するに一番最初に危ないのは目の前を進んでいく彼で間違いはないだろう。じゃあ率先して動くしかない。誰が、誰が死なせるものか。プロイセンが生んだドイツだからという訳ではなく、人として、弟として、護りたい。紅い映像がちらついては消えていく。あんな風に、もう誰かの命が散っていくところを見たくはない。 異臭が鼻を掠めた。 何かが燃える臭いだ。 それに気づいた時、私は剣を鞘から引き抜く。 目の前で立ち止まるドイツの視線の先には――――炎の中、佇むあの化け物がいた。
「うおおお!!」 「ドイツ! 下がってください!」
化け物の振りかぶった拳を、刃で受け止める。後ろに下がっていたドイツ共々その衝撃によって退けられた。 ドイツの声に集まってきた三人にドイツは逃げろと叫ぶが、誰一人としてその場を立ち去ろうとする者はいない。
「早く行こう! アメリカ達が心配だよ!」 「ははぁ……なるほどな。こういう……。」 「おい!! いいから早く逃げ……。」 「皆一緒に! だよ! 走ればまだ撒ける!!」 「あ、あぁ。」
走り去っていくドイツを視線の端で捉え、取り合えず奥の部屋まで早く逃げてほしいと願う。少しでも、可能性を潰さなくてはいけない。人は無謀だと思うだろうが、これは断じて無謀ではない。
「ラナ!」 「分かってます!」
最後に化け物の足を斜めに斬りあげてから、私も皆さんの後を追おうと駆けだそうとした。ギギギと壊れた歯車のような歯ぎしりの音が後ろからゆっくりと近づいてくる。それだけでも十分に恐ろしいというのに、それをも凌駕する光景が広がっていた。ドイツが地面に倒れていた。蹲るその姿に血の気が引いていく、このままじゃ、このままじゃ。日本さんの叫ぶ声さえも聞こえないでいた。
「くそっ! こんなところで……。」
ドイツがこちらを見た。諦めたような顔をしていた。
「行ってくれ!! 蔓が解けないんだ!!」
諦める? 弟を前にして? 諦める事は、すなわち生きることを放置することだ。そんなこと、させない。 どくん。 どくん。 鼓動が強く体を打った。
近づいてくる化け物を視界にしっかりととらえる。 足を斬りつけておいた為なのか、止まっているようにも見える。 軍に身を置いていたころ、近衛兵となった後の鍛錬はそれは鬼も泣くような過酷なものだった。王を、祖国を守るため身を粉にして剣を磨いたあの頃、”人の目に止まらない 変化の剣”とまで称された剣の動きだ。 ずぶの素人に、見切れるものではない。
「指一本、触れさせるものですか!」
突いて、払って、斬り上げる。化け物の腹に徐々に深々とした傷が刻まれていく。それでも、一つ一つの技は、あの人に比べれば軽い。やはり、火力が十分でないのだ。
「もっと腰おとさねえとな、帰ったら特訓だ!」
軽々と跳躍してきたギルベルトはそのまま地に降り立つ。刹那、再び跳んで錆びた剣を振り下ろした。化け物は両腕でそれを受け止めた。けれど、既に腕は動かなくなろうとしていた。あの一撃は私のとくらべものにならない程に重い、一撃でも食らえば痺れで腕が使い物にならなくなるなど勘がいい剣士なら誰でも分かることだ。 「二人とも!! 何故!」 「ようヴェスト! こんな時まで床の掃除か!?」
駆け寄ってきたイタリアさんが、ドイツを助け起こしている。これで、大丈夫だろうか。日本さんの言っていたことは、免れることができたのだろうか。
「応えます! 強くなっていたのは、私達も同じ事。個々の力を合わせれば、振りきれます!!」 「へっ。上出来だぜ!」
それぞれが武器を構える中、ドイツが炒った豆をまき散らすように怒鳴った。
「馬鹿者!! どうして戻ってきたんだ!!」
敵を見据えたまま、答える。そんな目を見て言う程に、大切なことではないから。 当たり前すぎることだから。 「戻ってきた理由が欲しいのか?
俺らにはなぁ! 弟を助けねぇ理由が見つからねぇぜ!!」
唯一無二である理由
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