その映像を見終えた時、震えが止まらなかった。腕は傷が開いているというのにきつくきつく自分の体を抱きしめた。いやだ、いやだいやだ。震えが止まらない。
 血に染まった映像、ちかちかとする夥しい赤はしっかりと眼球に残っており、チラチラとその姿を見せてくる。ひどく頭の中を掻き回される、見たくも無いその映像が壊れた映写機のように延々と繰り返されて、そしてぴたりと止んだ。
 肩を誰かに捕まれていた、見上げれば、取り乱したような表情のドイツが目の前にいた。真っ直ぐに目と目が合う、澄んだ湖のような色の瞳は、確かに生気を感じる。人形のような虚ろな瞳ではない、私たちが愛するライヒの瞳だ。

「ドイツ……そうですよね、嘘なんですよね? 貴方が死ぬなんて嘘です……! ギルベルトが死ぬなんて、そんなの、そんなの! あの人はこんなとこじゃ死なない、死なせない……!」
「落ち着いてくれフリードニア、それはまがい物だ、忘れるんだ。」

 私の肩をしっかりと掴んで彼が言う。諭すような言葉に次第に頭にあがっていた血が引いていく音が聞こえた。肩から力が抜ける、深い息を一つ吐いてから大丈夫だと笑んで見せた。

「……すみません、取り乱しました。」
「ギルベルトのこともあるし、しょうがないよ。もう大丈夫?」
「大丈夫です、イタリアさん。」

 もう一度笑えば、そっか、と少し辛そうな表情で彼が言う。また私は迷惑を掛けてしまった。どうして何時も、何時もこうなのだろう。「休もうか?」と気を利かせてイギリスさんがそう言った。私は頭を横に振る、同じように混乱していたらしい日本さんも目を伏せて頭を振った。

「いえ、すみません。混乱してしまっただけです。皆さんは……大丈夫そうですね。」

 辺りを見渡しても私たちほど混乱していた人物はいないらしく、皆さんは時計を壊す前とさして変わらない表情をしていた。そんな中、ぼそり、とドイツが頬を掻きながら呟く。

「俺は何も起きなかった。実を言うと、今まで一度も、そう言ったややこしい記憶が流れてきたりとか混乱されたことがない。……免除されているんだろうか?」

 何となく分かっていたこととはいえ、やはりドイツにだけは何も流れてきていないらしい。それに心底安心感を覚えた、ドイツはあんな映像を見なくていいんだ。同時に、カナダさんが言う様に羨ましいとも思えた。

「皆さん、今まで見た以外の部屋が出てきたりは……しませんでしたか?」

 ふいに、日本さんが手を挙げてそう問う。何故? と疑問に思いつつ、私たちは「みていない。」と答えた。視線が彼に集まる中、彼は悟ったように「そうですか。」と短く言ったきり黙りこくってしまった。

「日本?」
「イタリア君。」
「うん、どうしたの。」

 日本さんは、彼の目をしっかりと見て、口を開いた。 

「どこか……。
 どこか、痛いところはありませんか?」

 イタリアさんの目が見開かれる。いつもは見えないあの蜂蜜のような瞳が、日本さんを凝視した。瞬きの間に彼はいつも通りの表情を浮かべていた。なんで? そんなふうに彼に問いたげな表情だった。

「……俺は、どこも痛くないよ?」
「そうですか、おかしな事を聞いてしまってすみません。」
「イタリアさん……?」

 日本さんの横を彼が通り過ぎたかと思えば、彼は無言で部屋を出て行った。呼びとめても、ちらとこちらを一瞥しただけだった。その時見えた彼の表情が忘れられない。何故、貴方はそんなに泣きたそうな笑顔を浮かべていたのでしょうか。


未だ明けない夜の為に


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