不動は男が好きだ。 いわゆるゲイセクシュアルである。今はもうそのことを自覚していた。 不動の初恋は、まだ幼児のときにまでさかのぼる。 母親が主婦で、幼稚園にも行っていなかった不動は、午後は公園で過ごすことが多かった。 近くの母親が寄り集まって、交代交替で子供を見張っては家事を済ませる。 小さいころ、不動は今よりずっとおとなしく、母親からなかなか離れられなかった。 母親が自分の用を済ませるため、不動を他の子供達の輪に入れようとしても、ぴいぴいと泣いて戻ってきてしまう。 そのとき、よく機嫌をとってくれた一つ上の男の子が、初恋の相手だった。 その子は穏やかで発育もよく、内気な不動を「お兄さん」として守ってくれた。 不動は幼いながらもその男の子を慕い、憧れた。 どきどき緊張するのと、わくわくする気持ちがないまぜになった気持ちの真意はそのときはわからなかった。 二度目にその気持ちを味わったのは、それから数年後だった。 既に不動はあまり家には帰らなくなっていた。 ほとんどの時間を路上でたむろし、地べたで寝起きしていた。 ねぐらの一つにしていた裏路地には賭け麻雀をしている店があり、そこの従業員に不動は懐いていた。 当時は大人に見えていたが、もしかしたらまだ二十そこらだったかもしれない。 野良猫にするように不動に食事を与え、近くの下宿で風呂に入らせてくれたこともあった。 学校に行っていなかった不動に文字の読み書きまで教えてくれた。 褒められると不動は柄にもなくくすぐったい気持ちになり、叱られてもなぜだかうれしかった。 だがあるとき店の裏階段で不動が昼飯の皿を抱えていると、急に複数の怒鳴り声がしてそのあとその従業員が顔をだした。 不動をせきたて、不動がわけもわからずその場を離れると、また店の奥に引っ込んだ。 それからその相手には会っていない。 三度目、四度目は、同じ年頃の男だった。 不動はまだ学校には通っておらず、同じような境遇の子供とつるんでいた。 そのうちの一人に寝ているときにキスされ、なんとなくセックスした。 当時不動は仲間たちに隠れて売春していて、初めての同年代との行為は金をもらうセックスよりずっとぎこちないと思った。 だが相手の顔を見ているとやめることはできず、流されるままになっていた。 ついこの間までその思考が自分でも理解できなかったが、今ではそれが愛しさとか、同情とかいった愛情のようなものだと思っていた。 というわけで、不動は今まで異性に興味を持ったことがなかった。交友関係も狭かった。 真帝国でも一緒だった小鳥遊と、何故か絡んでくるマネージャーの冬花ぐらいしか交流はない。 それでも別に不動は気にしていなかった。 飄々とした態度を取っていても、不動にも普通に性欲ぐらいあるし、好みもある。 ただし対象は男だけだ。 現在不動は大会出場で共同生活の真っ最中である。 もちろん、チームメイトは男だ。 同じチームといっても、不動には必要以上に親しくなるつもりはなかった。 向こうも不動に対して興味をもつことはないはずだ。 だから、周りの男たちを品定めするぐらいのことは、許されてもいいだろう。 不動はそう思っていた。 練習の後、軽くシャワーを浴びて不動はグラウンドへ戻ってきた。 夜のためにボールを一つ拝借しようと思っていたのが、つい忘れたのだ。 他の人間は、練習が終わってもまだグラウンドにいる。 それぞれホースをひっぱってきて、天然芝の贅沢なフィールドに水をまいていた。 不動は隅に転がっていたボールを拾い上げ、脇にかかえる。 円堂たちは不動に気付いていなかった。 そのままさっさと出て行ってもよかったのだが、合宿中というのもあって最近そういうことに縁がない。 不動はつい歩を緩め、跳ね回るチームメイトの体をじろじろと見てしまった。 いつのまにか水のかけあいになっていて、円堂たちはお互いのユニフォームをびしょびしょにしている。 綱海がまっさきに濡れた服を脱いだ。 綱海の裸は、けっこう綺麗だ。 よく鍛えられた体が、不動は気に入っていた。 肌が黒いのもいい。同じくユニフォームを脱いだ豪炎寺にも目が行く。 共同の風呂場でもつい目を向けてしまう二人だった。 一度も言葉を交わしたことはない。 豪炎寺と綱海は、完全に観賞用だ。 二人ともウマはまったく合いそうにないが、体は不動の好みだった。 不動はなんとなく得をした気持ちになりながら、グラウンドを抜ける。 水飲み場を通り過ぎたときに、後ろから追いかけてくる声がした。 「あ、不動!」 振り返ると、円堂が不動に手を振ってきた。 隣には風丸がいる。二人とも靴を履いていない。 手に泥だらけのスパイクを持っていて、円堂はそれを水道の流し台へ放り込んだ。 「どっかいくのか?」 「外」 「へえ」 不動の愛想のない答えでも円堂に気分を害した様子はない。 風丸は少し呆れたような顔をした。 だが不動の持っているサッカーボールを見て自主練だと見当をつけたようだった。 本当は合宿所の外に出ることは禁止されているが、一応黙ってくれるつもりのようだ。 融通のきく人間が不動はわりと好きだ。 円堂が思い切り蛇口をひねる。 勢いよく水が流れて、不動にも跳ねた水がかかった。 「不動は、スパイクいつもきれいにしてるよな」 毎日磨いてるのか?と言いながら、風丸が靴下を脱ぐ。 まだ話を振られると思っていなかった不動は少し驚いた。 「ああ、まあ」 風丸は今まであまり気にしたことはなかったが、なるほど近くで見ると美形だった。 裸足になった脚も筋肉質で、思っていたより男っぽい。 以前は陸上をやっていたというのは知っていた。 カオはあんまり好みじゃねえけど、ギャップがイイかも。不動はそう思った。 完全に男漁りの目線になっている自分に気付いて、さっさとその場を離れようとする。 その不動の肩を、円堂が後ろからホールドした。 「は?なん…」 そう言いかけた不動の顔に、風丸が蛇口を指で狭めて水を飛ばした。 あうんの呼吸である。 さすが、と思わないでもなかったが、それよりも先に鼻や口に思い切り水が入って、不動はむせた。 「不動っ!笑えっ」 円堂は大きな手で不動の頬を引っ張る。 意味が分からなさすぎて、不動は混乱した。 目を白黒させている不動に風丸が苦笑しながら説明する。 「いや、不動って、あんまり怒ったり笑ったりしないだろ」 「怒ってんじゃねーの。今」 「あ、ゴメン」 「いいけど」 そう言って円堂が不動を解放する。 本当はそこまで腹が立っていたわけではない。 それよりも、なんとなく自分のやましい気持ちを見透かされたようで動揺したと言ったほうが正しい気がする。 悪かった、そう言って笑いながら、風丸が不動の顔を自分のタオルで拭いた。 手渡したほうが早いだろうに。年下の子供か、ペットにするようだ。 ニコニコしている円堂の腕は、まだ不動の腕をとっていた。 触れあう円堂の腕のかたさを感じてまた不動のモヤモヤした気持ちがくすぶる。 本格的に欲求不満だ。 不動は眉を寄せた。 円堂の手を払うと、足下に放っていたボールを拾い上げ歩き出す。 後ろから風丸が「夕飯までには帰ってこいよ」と言うのが聞こえた。 →続く 三月なのにここ数日寒いですね 下のほうは早めにupできると思います 更新がない間も拍手いただけてうれしかったです |