はっと不動が我に返ると、またそこは鬼道のベッドの上だった。
白いシーツ、白い窓枠、白い壁。
今時分の見慣れた部屋だ。
しかし誰もいない。
不安に駆られて、不動は身を起こし、ベッドから降りようとした。


「ふど―――」
そこでがちゃりとドアが開けられる。
鬼道が立っていた。
鬼道も驚いた顔をしている。よく知る鬼道だ。
不動と同じぐらいの背で、すこしだけ日に焼けていて、ドレッドヘアを高く結っている。

「鬼道ちゃん!」
「戻ったのか!」
鬼道が早足で寄ってくる。
不動は無意識に鬼道に手を伸ばした。
鬼道も不動の腕をつかみ、ベッドのふちに腰掛ける。

「今さっき喉が渇いたというから……」
「未来のオレ?」
「ああ」
鬼道がそう言うと、不動は少し不安そうな顔をする。
「あまり変わってなかった」
それに気付いたのかわからないが、鬼道がそう言った。
不動が「どういう意味だよ?」と片眉を上げる。
「色が白くてやせててますます猫みたいできれ …むが」
「やめろやめろ恥ずかしい……!」
照れもせずそう言う鬼道の口を塞ぐ。
それでも鬼道は不動を見てにやっと笑みを浮かべた。
まったく奥手だったくせに、いつのまにこんなことを言うようになったんだ?
不動は今まで気付かなかった鬼道のサドッ気に驚く。
その鬼道の態度に、不動は一瞬未来の鬼道を垣間見た。



「とにかく戻った……」
気がぬけて、不動は鬼道にもたれかかった。
同じ高さにある肩、香水も付けていない素の体臭。
慣れた鬼道の体だった。
いきなり体重をかけられた鬼道は焦ったが、ちゃんと手を添えると、ずっと気になっていたことを不動に聞く。

「そのシャツは誰のだ?」
「……お前のだよ」
「不動も会ったのか!」
不動は頷いた。鬼道はあらためて不動の格好を見た。
まったく肩が合っていないシャツ。
袖の長もはもちろん合わず、肘までまくりあげている。
それに薄い体が泳いで、深いしわを作っていた。
下着ははいているようだが、着丈が長いせいでベッドの上に座り込んだ今は白い太ももが露わになっているだけで、いやらしい。不
動もその視線に気付いて「な、あんま見んじゃねえ」と恥じらった。
破廉恥すぎる。
その思いをごまかして、鬼道は一つ咳払いをして言った。

「その格好はどうかと思う」
「着せたのもお前だよ」
少し疲れたように不動が言う。
そこで目尻が赤くなっているのに気付いた。
鬼道はまさかと問いかける。
「不動お前……24の俺と」
「…………………」
沈黙は肯定なり。
不動は耳まで真っ赤になった。
手を出さずには居られない格好であるというのはわかるが、その激しい反応はなんだ。
ナニをされてきたんだ。
正直鬼道の心は嫉妬の嵐に見舞われたが、相手が自分なのだから怒ってもいいのか微妙だ。
あと単純にうらやましい。
鬼道は複雑な顔になった。
ばふんと不動が枕を殴った。そのままベッドに寝っ転がる。

「……鬼道ちゃんのばか」
「な、なんで俺が怒られないといけないんだ」
「……」
裸足で不動は鬼道の体を押してくる。
抱いた枕で顔を隠していて、表情はわからない。
だが自分が理屈じゃないことを言っているというのも分かっているらしい。
不動は無言だった。

「お前な、」
「鬼道ちゃん」
妬きたいのはこっちだと言いかけたが、その前不動にくぐもった声で呼ばれる。
鬼道はベッドに手をつき、不動の顔をのぞき込んだ。
頭を半分だけ出して、大きな目が鬼道を見つめていた。
それが妙に動物的で可愛らしくて、鬼道はちょっと不動をいじってやろうと少しひねくれた物言いで責めた。

「お前は俺としたんだろ……」
「意地悪言うなよ」
鬼道は拗ねた表情を作っていたが、不動は冗談だと気付いているようで、笑っていた。
するりと両手が伸びて、鬼道の頬をはさみこむ。
「鬼道ちゃんだったからだよ」
「……」
鬼道はそれだけできゅっと胸が高鳴ったのだが、単純すぎる自分に少し自己嫌悪してしまい、言葉がでなかった。
結局は、いつも鬼道は不動に手玉を取られてしまう。
自分の未来を知らない鬼道はそう思った。

不動が満足そうに笑みを深くした。
やっぱり今は、自分が手綱を握っている方がいい。
不動はこういう鬼道の初心な反応が好きだった。
「ホントだって」
「本当か?」
鬼道は振り回されている自分を自覚している。
でもきっとそれで今はいいのだ。

「鬼道ちゃんスキ」
「俺もだ」
ずっと好きだ。
言外にそう含ませて、二人は笑った。





End.