豪奢なホテルの一室に、人がひしめいていた。
一段高くなった舞台にあるテーブルには白いスカートが巻かれ、ライトをぴかぴかと反射させている。今からとある人物の結婚記者会見が開かれようとしていた。
未だそこには誰もいない。
しかしおかしなことに、誰と誰の、ということを示す幕が一切無かった。
それに、人が多すぎる。
集まった記者たちもそう思っているのか、それぞれ場所をメモした手帳を確認したりしていた。
とある新聞記者の男のメモには確かにこう書かれていた。
「不動明王 結婚記者会見場 ××ホテル ○○会場」
ここで間違いない。
つい先日23歳の若さで引退した、プロサッカー選手の記者会見だ。
男がホッとして顔を上げた瞬間、違う部署の同期を人混みの中見つけた。
同期の男もやや心もとなさそうな顔をしている。
男が隣の椅子に座ると、あちらから話しかけてきた。

「なんでお前もここに?」
「お前こそ、政治担当だろ?」
「?」
「?」
「お前、誰の取材でここに来た?」
「俺は……」
そこで、男は口をつぐんだ。
入り口の明かりが消え、代わりに舞台への光が強くなったからだ。
若々しい、いかにもオーラののあるカップルがそこへ現れる。
ライトのまぶしさに、男は目を細めた。
お目当ての、取材すべき、サッカー選手、不動……不動明王は………

そこで、男は絶句した。
そんな男に気付くことなく、舞台に目を向けながら同期は言った。
「俺は、鬼道有人の取材だよ。鬼道財閥の……で、あっちの女性は…だれだ?」






冬も終わりの連休、実家に帰っていた風丸は昼時にたまたまテレビをつけた。
隣に座った母親がチャンネルを変える。
昼によくあるバラエティ型のニュース番組で、誰かの結婚記者会見を特別に生放送しているらしい。
しかし、画面の中ではものすごいパニックが起こっていた。
現地にいる記者も、それをスタジオで見るキャスター、コメンテーターも、慌てた様子でまともな番組になっていない。
風丸は何が起こったのかと目を丸くしてテレビを見つめた。
話題の中心らしい二人に、現地カメラがパンする。
二人は、周囲の混乱ぶりと対照に、笑顔を浮かべて落ち着きはらっていた。
それだけで異様な光景だ。
さらに、その二人の顔がズームインで写されたとき、風丸は持っていた茶碗を取り落としていた。


鬼道と不動から披露宴の招待状が届いたのは、それから数日後のことだった。









「いやー、俺、ぜんぜん気付かなかったぜー!」
10年前から変わらない邪気のなさでそう言ったのは、円堂だった。
式はマスコミが入るなど盛大に行われたが、披露宴のほうは中学からの付き合いのある連中だけが招待されていた。
パーティ形式で、顔見知りが集まりうち解けた様子で久しぶりの再会を喜ぶ姿もあちこちで見かけた。
既にこの数週間で特集しつくされ、今日本で一番センセーショナルな二人のうちの片割れ、不動はシャンパンを片手にご機嫌だった。

「だろ?オレの徹底ぶりはハンパじゃねーのよ」
髪の毛こそかなり短く刈り込んでいるが、ドレスをまとった腰やハイヒールをはいた足はもちろん女性のものだ。
しかし口を開くと間違いなく皆の知る不動明王で、苦笑と安心の笑みが周囲に広がった。

「皆知らなかったんだろ?」
この10年間あまり接点がなかった風丸は、まだ交流があっただろう人間に話を振った。
「虎丸は不動としばらく同じチームだったよな」
豪炎寺が虎丸に聞く。
精悍な若者に成長していた虎丸は、大きな目を強く輝かせた。
「もうぜーんぜんですよ!あ、でも鬼道さんと付き合ってるのは知ってましたけどね」
「オレはそれすら知らなかった……」
風丸が脱力したように言う。
あのドッキリすぎる発表に一番度肝を抜かれただろう風丸に、笑いが起こった。
「僕はダブルタキシードかと思ってたよ」
吹雪が言う。
完璧な笑みを浮かべた童顔をすこしかしげて言う様は、冗談なのか本気なのか判別がつかない。
リュウジや栗松がぎょっと吹雪の顔を見ると、そばのヒロトが笑った。
「いいね、それ」



「豪炎寺さんはお二人ともと接点があるじゃないですか?」
立向居が言う。
「まあ別に三人一緒につるんでるわけじゃなかったしな」
鬼道がそうフォローすると、豪炎寺はいつもの硬派な表情を崩さずに言った。

「いや、でも、たまに同じ服を着てくるなとは思っていた」
「オレが鬼道くんのたまに借りてんだよ」
「なんでそこまで気付いてて!」
春奈がやだーとケラケラ笑う。場は和んだ。



「でも不動、今日女なの初めて見たけど、すごくキレイだぞ!」
「ほんとですね〜」
ニコニコと円堂と立向居が言う。
「そうだろ?オレが鬼道くんだったら、この場で押し倒す美しさだね」
「何言ってるんだ、試着のときにドレスを2回も破ったくせに」
鬼道が言う。
「その上、うまく化粧できなくて結局記者会見の時は春奈に……」
そこまで言いかけて、鬼道は不動に背中をおもいっきりつねられた。


「二十年男で暮らしてきたらそうなるっつーの」
口をとがらせて不動は抗議する。

「テレビで見たけどよ、ホントにずーっと、寝るときも男だったのかあ?」
「マジよ。高校生のときあたしの実家に泊まりに来るのも男の格好だったんだから」
綱海が興味津々といった風に言うと、小鳥遊が口を挟んだ。

「ありゃー笑えたな!」
「うちの両親がパニックでね!」
女二人がくっくっくっと思い出し笑いする。周りの男は小鳥遊の親に少し同情した。



「引退もしたしインパクトあるだろーと思って今日はこのカッコだけどな」
インパクトありすぎだよ、と木暮が茶々を入れた。
「あとしばらくは男でいくわ」
不動は言う。
ええーっと声が上がった。
「な、なんでっすか?」
そう言った壁山の顔にもったいないと書いてあった。
他の人間も大なり小なり同じような表情をしている。
その分かりやすい反応に満足そうに笑みを深くした。

「ま、楽だしっつーのもあるが……それとは別によ、お前らにもちっとは関係あることなんだけどよ?」
そこで言葉を句切る。緑の大きな目でぐるりと周りを見渡して言った。


「オレ、明日っから雷門中の監督になるんだ。そこの道也の指名でな」

皆あっけにとられて、目を点にしたあと、大きな声が上がった。
輪の外にいた久遠に一斉に目が向けられると、久遠が無言で頷いた。
久遠はFFIから10年間雷門の監督を務めてきた。
その久遠自ら交代を決定したのだ。

祝いの言葉を口々にかけられ、不動は嬉しそうに笑う。
その手は鬼道の腰にまわされ、鬼道も不動の肩を抱いていた。


誰に聞かせるでもなく不動が言った。
「ヒロトの姉貴の瞳子カントクも女だったから、こっちでやれとか言われると思ったからさ」
ぜってー断ってやると思ってたんだけど
「道也が男でいいっていうから」
ほとんどの人間は意味が分からず聞き流したが、勘の良い幾人かはその言葉に微笑んだ。
もちろん鬼道も。



久遠が近づいてきて、不動に手を差し出した。
不動が強く手を重ねる。やわらかい音は短く跳ねるようだった。
不動はそのまま手を離さず、その手をかたく握った。
久遠もめずらしく微笑みを浮かべていた。そして、それに応えてぐっと力をこめた。







End.