今日は鬼道や他の実家生も寮に泊まっての合宿だ。
夕食も寮の食堂でとる。
和気藹々とした雰囲気の中、弥谷が隣の不動の皿をのぞき込んで言った。


「お前トマトダメなの?」

「……」

「大きいのはいいんだよな、プチトマトが嫌いらしい」

逆どなりの源田がなぜか答える。

「ふーん」

「噛むと皮が弾ける感じがイヤなんだよな?」

「……まあな」

「あっじゃあさー」

と弥谷がおもむろに不動のプチトマトを口に含む。
そのまま不動に口付け、親鳥のように軽く咀嚼したトマトを流し込んだ。

「……!!」

向かいに座っていた鬼道が声にならない悲鳴を上げた。


「どう?」

「ふつう」

「それは思いつかなかったな〜」

口の中のトマトを飲み込んでからこともなげに不動は言った。
源田は素直に感心している。

「おい、お前ら食堂でホモるのはやめろ、飯がまずくなる」

鬼道の隣に座っていた佐久間はフォークを突きつけながら言った。
しかし口調はきつくても、特に動じた様子はない。

「べつにいつものことだろ〜」

「鬼道がかわいそうじゃないか」

気にした様子もない弥谷に佐久間が爆弾発言をかました。


「鬼道はなー不動のことが好きなんだぞ?」


その言葉とほぼ同時に、今度は源田が先ほどと同じ方法でトマトを不動に食べさせる。
別々の方向からダブルパンチをくらった鬼道の視界は、ゆっくりと暗転していった。





*******





皆で新しい作戦でも考えないかと源田に誘われ、鬼道は休日の寮に遊びにやって来た。
源田の部屋のドアに『すまない、談話室にいる』と走り書きが貼ってあり、
そのとおりに廊下を進んだ先にあったものに鬼道はあっけにとられた。

「なん……何してるんだ?」

「見てわかんねーのかよ、散髪だよ散髪う」

「悪いな、鬼道」

約束していた源田はピクニックに使うような薄いランチシートを巻かれて、椅子に座らされていた。
その後ろではさみを持った不動がせわしなく手を動かしている。

「こいつの髪があんまり暑苦しいからよ〜」

「不動に切ってもらってるんだ」

「お前マジ髪伸びんの早すぎ」

既に大量に毛が梳かれ、源田の足下にはこんもりと髪の毛の山が出来ていた。
他にも幾人かが部屋に集まっており、その中で散髪されている源田という光景はなかなかシュールであった。


「そ、そうか……いや、ゆっくりやってくれ」
鬼道はそばのソファに腰掛けた。カサ、と音を立てたビニール袋の存在を思い出す。

「そういえば、アイスを買ってきたんだが食べるか?」

「食う食う!」

「いつもありがとう」

鬼道は一本自分のぶんのアイスを抜くと、源田にビニール袋を渡した。源田も自分と不動のぶんを選んで、周りのチームメイトに回す。

「あっバカ源田、なんでお前がガリガリ君だよ」

「?好きだろ?チョコチップ」

「はさみ使ってんだから普通オレが棒アイスだろ」

「ああ、すまない不動」

そう言って源田はチョコチップのカップアイスを木のへらで掬い、不動の口元に持っていく。

「そーゆー問題でもねーんだけど」

と不動は言いながら口を開けた。目の前でくりひろげられる光景に鬼道は頭が痛くなった。けしてアイスの冷たさのせいではなく。



そんな鬼道を見ていた同じソファの辺見と成神とが、両端から鬼道に耳打ちした。

「あの二人、いつもあんなんですから」

「チャンスはまだあります」

こんどこそ鬼道は頭を抱えた。





*******






佐久間は作戦会議と称して、鬼道をけしかけている。

「だからさ、早いとこ不動に告っちまえよ」

鬼道はついに決心を固めようとしていた。

「男と口移しでも全然だったんだし、ホモとか平気だと思うぜ」
「そ、そうだな……」

佐久間のあけすけな物言いに、鬼道は内心冷や汗を流す。

「それに、源田なら兎も角、ぼやぼやしてると弥谷や小鳥遊に取られちまうかも」
「それは……」

鬼道はぴしりと背筋を伸ばした。
佐久間がニヤリと笑う。

「なっイヤだろ〜!イヤならやるんだ!鬼道、男だろ!」
「そ、そうだな!ありがとう、佐久間、……やってみようと思う」
「その意気だ!」

佐久間に背中を押しに押されてとうとう鬼道は宣言した。
鬼道有人、とことん熱い押しに弱い男だった……。



その日から鬼道はがんばった。まず二人きりにならなければと鬼道は不動の寮部屋を訪ねた。

一回目。「ちょうど源田も来てるぜ」

二回目。「わり、弥谷が数学教えろって……」

三回目。「咲山と連係プレー考えてたとこ」

四回目。「目座と洞面とゲームしてんだけど。鬼道くんもやる?」




「……だああ!」

そのたび鬼道はUターンして同じ寮の佐久間の部屋に愚痴りに行った。

「あいつら、恋路邪魔アンテナとかがついてるとしか思えん……」

「まあまあ」

毎日不動とつるんでいるわけでもないのになぜ自分がアタックしようと思った日に限って必ず居るのだとこぼす鬼道を佐久間は慰め鼓舞した。

「あきらめるな鬼道!チャンスはまだある!」




そして最大とも言えるチャンスはやってきた。

その日の最終時限鬼道は教師に備品の片付けを頼まれ、すこし遅れて部活へ向かっていた。たまたま階の違う不動のクラスの前を通り、つい中を覗くと、不動が一人で机に向かっている。

「不動?」
「あー鬼道ちゃん」

鬼道が教室に入ってくると、不動は顔を上げる。

「何やってるんだ?」
「補習のプリント。真帝のときはほぼ授業受けてねーから」

たまに出されると話しながらも不動の手はよどみない。
放課後の教室に二人。そこで鬼道はこれは絶好の機会だと自分を奮い立たせた。

「不動」
「なに?」
「その、……お、俺は………」
ごくりと唾をのみこむ。
それから鬼道は一息に言った。

「お前のことが好きなんだっ」

言ってしまった瞬間、全身の毛がブワッと逆立つような感覚があった。
プリントから顔を上げた不動は、ぽかんと目を見開いている。
そこにおもいっきり別の声が割って入った。

「俺も不動が好きだぜー!」

放課後の教室、二人きり、告白。絶好のシチュエーション。
だったのに。
鬼道はぴしりと固まる。
廊下側の窓から、弥谷が身を乗り出していた。

「弥谷ー?」
「鬼道と不動がなかなか来ないから〜」
「あーわり」

不動が軽く手を挙げた。二人の発言をなんでもなかったように流した態度と、あまりに突然の割り込みのため、鬼道はさっきの一瞬が夢だったのかとすら思った。

「鬼道もここにいたのか〜」

先に走ってきたらしい弥谷の後ろから源田も顔を出す。
呆然としている鬼道と、不動、弥谷を見ると源田は言った。

「?何しゃべってたんだ?」
「不動を好きかどうかって話」

あっさり弥谷が答える。それを聞くと、源田はパッと顔を明るくした。

「そうか!俺も好きだぞ!」
「ハイハイどーも」

ヒラヒラと手を振り、プリントを仕上げた不動はスポーツバッグを背負って教室から出て行く。

弥谷と源田を先に行かせ、教室に取り残された鬼道を不動は振り返った。

「あ、鬼道くんも。どうもアリガトね」

めずらしく笑顔を浮かべて不動がそう言う。
その表情に鬼道は顔に血が上るのを感じた。
弥谷たちとは意味が違うんだ。
鬼道は不動の背中にそう言おうとしたが、うまく言葉が出てこなかった。





鬼道の勇気を出した告白は、弥谷たちの便乗もありうまくかわされてしまった。
しかし、むしろ鬼道はこれで勢いがついた。

――――こうなったら、不動が振り向くまでやってやる。



鬼道は、誰もいなくなった教室で手を握りしめた。








End.