「っていうわけなんだよな」
あのあとすぐに不動が水を被ると、不動は見慣れた姿に戻った。
更衣室で頭を拭きながら、不動はこともなげにそう言う。
二人して濡れてしまったユニフォームからジャージに着替える。
鬼道は頭がガンガンしてきた。こめかみをおさえながら、頭の中を整理する。


「つまり、お前はお湯で女子になると……」
「そういうこと」
なにかもっと聞きたいならと部屋に誘われて、鬼道と不動は寮の廊下を歩く。


「このことを知ってる人間は?」
「道也と響カントクと……あと冬花と」
不動が指を折っていく。納得の人間に鬼道はうんうんと頷く。


「帝国はシノブと源田だけ」
「源田!?」
意外すぎる名前に鬼道はつい聞き返した。


「おう。オレが自分で話した。」
真帝は風呂が共同だったから交代で見張っててくれたりとかしたんだよなーっとケラケラ笑う。鬼道は絶句した。
源田はあまり隠し事できないタチだと思っていたが、全然気付かなかった。


「源田オモシレーのよ、全然驚かねえし『すごいな不動!』とか言ってきて」
「ああ……なるほど」
とてもよく想像できる。
隠していたというより別に気にしていないだけだったのか。
鬼道は深く納得した。部屋のドアノブを回して不動は鬼道を部屋に招き入れる。
付属のベッドと机、本棚以外にはほとんど何もないのが不動らしかった。


「じゃああの時は……」
「道也と冬花は女になれなれうるさくってよ。いちおバレねーように被るけどウィッグはあちーし、ま、たまにだな」
オレこの髪型気に入ってるしなどと言いながら、不動は鬼道をベッドに座らせ、自分は椅子の上にあぐらをかいた。


その後鬼道は不動にいろんな話を聞いた。
重度の男嫌いの小鳥遊はわざわざ女になってから勧誘したこと、
そのあとゲームのときに男になって出てきた不動に小鳥遊が腰をぬかしそうになったこと、
一ヶ月に一回は会いにくる約束で久遠親子の家に行くと必ず着せ替え人形にされること、
風呂以外はこの体でもほとんど不便はないこと……などなど。


「その体質はその…元からなのか?」
「いや、オレんちがまだそこそこ金があったときに家族で中国で旅行したらしくてさ」


オレはまだ2,3歳でぜんぜんおぼえてねーんだけどと不動は前置きした。
「そこで母親が抱いてたオレをうっかり泉に落としたんだよ。あの人昔から抜けてるとこあるから」
「で、助かったはいいけどそこが水で男になる呪いの泉ってやつだったんでそれからずっとこう」
「もちろん直後はちったあモメたみてーだけど、母さんは息子ができたって喜んでさ〜」
遠慮しがちに聞いた鬼道に、あっけらかんとした表情で不動は喋った。
お得意の演技ではなく、本当にそのこと自体気にしていないらしい。
しかし、そこで鬼道がある一つのことに気付いた。


「ちょっと待て、それじゃお前はもともと女なのか!?」
「そうだけど?」
今度は不動がきょとんとする番だった。
「俺は湯で女になる男だとばっかり……!」


それなら久遠が休日不動を女に戻るのを勧めたり、男にめちゃくちゃ愛想の悪い小鳥遊が不動だけに懐くのもよく分かる。
しかし、当然ながら学校で不動は男子トイレに入るし、体育でも部活でも着替えは男子更衣室を使っている。
イナズマジャパンのときもそうだった。
そのとき見える下着ももちろん男物だ。
部屋に女の子らしさを感じるものも何もない。
帝国の寮では部屋に風呂がそなえつけで、それで寝るときも男だと言うのだから、鬼道が元々男として話を聞いていたのもムリはなかった。


「あ、逆逆」
ヒラヒラと手を振って不動が笑う。
「でもオレ、24時間のうち23時間は男だぜ」
「それでもだ……」
鬼道は本格的に頭が痛くなってきた。
不動の無防備すぎる態度にクラクラする。
愛想のない寮部屋とはいえ、鬼道は一応年頃の女子の部屋に二人きりということではないか。
しかも部屋の主に招かれて。
おそらく源田や仲の良い他の奴らもこのような調子で部屋に入れているのだろう。
不動の体質を知らない弥谷や目座ならまだいいが、源田は知っているのだから、
不動が源田を信頼しているとはいえ、もうちょっと女子(一応)として警戒するべきだろうと鬼道は思った。
うまく言えず鬼道が悶々と悩んでいると、いつのまにか側に立っていた不動が鬼道の肩に手をかけた。
「鬼道くーん」
名前を呼ばれて鬼道が顔を上げるとちゅっと音がして顔が離れていった。
「なっ?」
なにがなっ?なのか不動が鬼道を見つめる。
キスされたのだと分かった瞬間鬼道は驚きに言葉が出てこず口をぱくぱくさせた。
「お、っおまえ……!」
「鬼道くんのことだからまた女だからどうとか気ィつかってんだろうけどさぁ」
不動はずばりと鬼道の心を言い当てた。


「オレにちゅーされても別にどうでもねえだろ?だーから大丈夫だって」
大丈夫なものか。
鬼道は良くも悪くも以前から不動を意識してきた。
特に今では鬼道はかなり好意的な目で不動を見ている。
そこで女と明かされてキスまでされたら何か別の意識が芽生えそうになった。


「それに、オレ高校上がったら中国に行くつもりだし」
「え、あ、女になる泉でも探すのか」
「あは、鬼道ちゃんさっきからマジボケだな!水で男にある泉があるんだから湯で男になる泉があってもおかしくないじゃん?」
鬼道の隣に腰を下ろした不動は、オレ完全に男になりてえんだ〜と不動は笑った。
鬼道はその言葉に心底驚いた。
何か言おうとしたが言葉が見つからず、うつむいた視界に、不動と自分の脚が見える。
ぶらぶらと揺らされる不動の白い足は、将来の夢に期待しているのを体現するようだった。
そこで初めて会話がとぎれ、部屋が静かになる。
思い出したように不動が鬼道に聞いた。


「時間まだいいの?」
鬼道が携帯を見るとすでに一時間以上経ち、そろそろ家人が心配する時間だった。
「ああ、もう帰らないと……」


不動がドアを開けると、ちょうど廊下の向こうから源田が歩いてくるところだった。
源田は部屋から出てくる二人に気付くと、軽く手を振った。
「食堂に来ないから不動を迎えに来たんだ。鬼道が寮にいるなんて珍しいな!」
いつも源田は朗らかだ。


鬼道は階段で二人と別れた。
「じゃな」
「また明日」
「気をつけてな」
鬼道とは逆に階段を昇っていく二人を見ると、なぜか胸が痛んだ。
リノリウムの壁が「数学の宿題できたか?」「まだ見てもねえし」などという会話を響かせる。
鬼道は一瞬立ち止まって上を見上げたが、すぐにきびすを返し寮を出て行った。





「鬼道は何の用だったんだ?」
歩きながら源田が聞く。
「ん〜体のことがバレてさ」
「そうかあ。鬼道ビックリしてただろう?」
「まあな。つうか全然だったお前が言うなって」
源田は笑った。


「不動ヘンな顔してる」
「…………」
不動は無言で源田の背中をどついた。
それでも源田は笑顔のままだ。
「うれしいけどさびしい?」
源田は、不動が何がうれしくて何がさびしいのかまで分かるほどの繊細さはないが、人の感情は的確に洞察することができる。
言い当てられて、不動は『恥ずかしい』も混じった顔になった。
源田はますますニコニコする。


「ホントに不動は鬼道が好きだな〜」
「…………」
こんどこそ本気で不動は源田の背中にもみじを作ってやる。
「いたい……不動……」
源田の情けない声に、不動はやっと笑った。



不動はけして頭の回転も悪くない。いろいろと思うところはあったのだ。
今更。今更だ。それに今はサッカーがしたい。
そして、その理由を考えることは今したくない。それが不動の選択だった。





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