しかし、二人が不動にアクションを起こすことができないうちに、予想していなかった事件が起こった。
ミスターKである。
影山がイタリアのオルフェウスを乗っ取ったのだ。


鬼道は影山の存在に翻弄された。
佐久間も平静でいられなく、不動への別の疑念がむくむくと頭をもたげた。
二人は影山のところへ行くらしい不動を追い、それについてきた円堂と、必然か偶然か、フィディオ率いるオルフェウスの助っ人に加わることになった。





「じゃあ、他のメンバーのいるところに案内するよ」
そう言って、フィディオが先頭を歩きはじめた。
四人は無言でそのあとをついていく。
いりくんだ水路をまたぐ小さな橋を鬼道が渡りかけたとき、足下の石がパラパラと崩れた。

「あっ!」
「んのアホッ!」

橋がゆっくりと崩れ始めるように鬼道は感じた。
瞬間、後ろにいた不動が、鬼道のマントのフードをひっぱった。
ぐいっと強い力で引かれ、鬼道はしりもちをついた。
その反動で代わりに不動が水に転げ落ちる。
二人の声と派手な水しぶきに前にいた三人も振り返った。

「大丈夫か!?」
「ああ……」
立ちすくんだ佐久間とフィディオに対し、真っ先に円堂が下をのぞき込む。
幸い水は胸上ほどでそこまで深くなかった。
不動が心底嫌そうな顔で返事をする。
頭までずぶ濡れになった不動は、腕で顔をぬぐいながら塩水をペッとはき出した。



円堂とフィディオが不動を引っ張り上げる。
佐久間と鬼道は対岸でそれぞれ同時に声を上げた。

「「あっ」」

「あれっ?不動…?」
次いで円堂も不動の異変に気付く。
フィディオも三人の反応に首をかしげ、不機嫌そうに座り込んだままの不動をまじまじと見ると「ああっ」と声を上げた。
不動の元々小柄だった体はさらに一回り縮み、ユニフォームの襟元から鎖骨が見えるまでになっていた。肩幅も全然合っていない。

そして何よりも濡れたユニフォームが浮き上がらせる小さな胸のふくらみ。

石畳に座り込んだ不動は無言で、それらの反応を無視してスパイクを脱ぎ、逆さに振った。


「ふ、不動お前……」
佐久間がやっとそれだけ言った。
「そういうことだったのか……」
鬼道も驚きからさめると納得の声を漏らした。
なぜ影山のチームと試合をする直前のタイミングで、という思いもなくはないが、ここで鬼道の疑問は解消された。

『不動明王は水を被ると女になってしまう』のだった。



とりあえず鬼道が佐久間と円堂に手を貸されて飛び移る。
四人そろった間に沈黙が降りたとたん、不動が勢いよく立ち上がり、佐久間は頭突きを食らわせられそうになり体をそらした。


「チッ ジロジロ見てんじゃねえっ」
不動は鬼道に向かって舌打ちした。

「何故俺だけに言う!」
「お前が一番見てたからだろ!」
クソッともう一度不動は悪態をついた。


「どいつもこいつも間の抜けたツラしやがってよォォー」
「とりあえずこのことは今どうでもいい!オレは早く影山のチームと対戦してえんだよ!」
不動が叫ぶように言った。
フィディオはその勢いに気圧されて「あ、ああ、こっちだ」とまた走り出す。
不動はまだあっけにとられている三人を一瞥し、フィディオを追った。
状況も思惑も飲み込めていない円堂は目を白黒させながら鬼道と佐久間を見た。
二人はすばやくアイコンタクトし、円堂の肩を叩く。
「不動のことはあとで話す、円堂」
「そうだ、とにかく今はイタリア代表のことに集中しようぜ」
そう言われた円堂は、ぱっと顔を晴らした。
「そうか!そうだな!」円堂も「待ってくれよフィディオー!」と言いながら二人を追い掛けた。
鬼道と佐久間はもういちどお互い目配せして、同じくフィディオの後を追った。






しばらくして赤煉瓦のひしめき合う路地を抜けると、小さな広場に出た。
すぐ向こう側にオルフェウスの合宿所のようなものも見える。
噴水のまわりにいたフィディオのチームメイトたちが、フィディオの姿を認めてこちらへ向かってきた。
神殿のように柱が立ち並ぶ日影で円堂たちは対面した。


「これが俺達オルフェウスのメンバー」
「ええと、それで、こっちはイナズマジャパンの円堂、鬼道、佐久間、不動だ」
フィディオが円堂たちと自分のチームメイトを引き合わせる。


「代表決定の試合に助っ人として出てくれると言っている」
イタリアのメンバーはそれぞれ顔を見合わせる。当然だろう。
円堂たちは一応FFIで対戦するかもしれないイナズマジャパンなのだから。
「円堂はすごくいい奴なんだよ。俺はオルフェウスをイタリア代表にするためにも、彼らとプレイしたいと思ってるんだけど……」
怪訝な顔をしているメンバーにフィディオがフォローを入れる。
円堂、鬼道、佐久間もその後ろで大きく頷いた。


「あの、フィディオ」
赤毛のマルコが言いにくそうに切り出した。
「足りない数は四人だろ?そこの…イナズマジャパンが入ってくれたって、まだ一人足りないよ」
マルコの言葉に不動の肩がピクッと動いた。
ジロリと無言でマルコに視線を向ける。
その態度に、アンジェロも口を開いた。
「そっちの子は女の子でしょ?いくら公式試合じゃなくてもちょっとキビシイよ」
オルフェウスの幾人かが無言で頷いた。
可憐な少女のような見た目のアンジェロにもそう言われて、不動の眉間に皺が寄る。
今にもアンジェロにつかみかかりそうな雰囲気に、佐久間が一歩身を乗り出した。


「えっと……彼女、彼は、さっきまで男だったんだけど……」
フィディオもしどろもどろに弁解してくれるが、チラチラと円堂や鬼道に視線を向け、言いにくそうにしている。
しかし鬼道にもどういう理屈か説明できない以上、何も言うことはできない。
鬼道は不動に視線を流した。



「湯」
すると、さきほどから喋っていなかった不動が一言発した。
「え?」
「湯はねえのか?鍋でも風呂の水でもなんでもいい」
「ケトルで沸かしたのがあると思うけど、それでいいなら」
「ああ」
フィディオが合宿所に向かおうとすると、マルコがそれを制して「俺が取ってくるよ」と走っていった。


すぐに戻ってきたマルコは、強い眼で不動を見つめながら、銀色のケトルを差し出す。
「ふっ、わりーな」
疑念あふれる態度のマルコから笑いながらそれを受け取ると、おもむろに湯を頭からかけた。
みるみるうちにむくむくと不動の身長が伸び、鬼道と同じぐらいの高さに戻っていく。
肩幅もきちんと合うサイズになり、細身だが確かに元の男の体になった。


「えっ!」
「何!?」
目の前で起こったイリュージョンに、周りは驚きが隠せない。
もちろん、鬼道、佐久間、円堂もだ。円堂が目を見開いて驚くところなんてそうそう見られるものではない。
周りのざわつきに、不動はフンと鼻を鳴らした。

「ああ、これ、ありがとなあ」
あっけにとられた様子のマルコに空のケトルを押しつけ、オルフェウスのメンバーを見渡しながら、不動はニヤリと笑った。
「ほらよ、これで文句ねぇーだろ?」
「だいたいオレは元々男なんだからよ……」
不動は証明するように両手を広げてみせる。


「そーゆーワケでオレもチームに入れてもらうぜ。影山に会うためにオレはここに来たんでね……とにかくこれでオルフェウスも11人そろったってワケだ」
よろしくと言うように抜かりなくさしだされた手を、驚きから覚めないフィディオはつい「あ、ああ」と握りかえしてしまう。
とまどいのうちにではあるが、予想もしていなかった不動のパフォーマンスのせいで、オルフェウスのメンバーも、不動を入れたイナズマジャパンの助っ人を受け入れざるえない雰囲気になっていた。




――――――――ほぼ最後は不動の剣幕というか口上に流されたようなチーム決定ではあった。
しかしそれは吉と出たのか、円堂たちは午後からのチームKとの試合で快勝を納め、
オルフェウスは見事イタリア代表に返り咲くことになった――――――――








つづく?






−−−−−−
なぜか〆に入ってしまったので笑、
小ネタを拍手でやるかもです
いちおうアニメに沿って書いてましたが
勝って泣こうぜでおもいっきし雨に濡れた不動が出てきたのを思い出してしまいました……チーン笑