鬼道はイナズマジャパンを結成してから、どうしても気になることがあった。
気になるというか、疑っていること。
誰かに相談するにしても、荒唐無稽すぎて頭がおかしくなったのかと言われそうな話だ。


つまり……イナズマジャパンのチームメイト、不動明王は『水を被ると変身する』のではないか?


この疑念が目下鬼道の頭を悩ませていた。







もちろん鬼道も証拠もなくこのような考えを持つに至ったのではない。
まず、FFIで韓国との試合を控えた日の出来事。
練習を終えた鬼道たちは、明日の練習のためにグラウンド整備をしていた。
そこでホースで水をまいていた綱海が、円堂に水でっぽうを食らわせた。
当然のように円堂ももう一つのホースで応戦し、周りにいた人間もそれに巻き込まれた。

脳天を直撃するような真夏日だったのもあって冷たい水が心地よく、皆はしゃいで水を相手にかけまくり、すぐに全員濡れ鼠のようにびしゃびしゃになった。
そこにタオルを取りに戻っていたらしい不動がやってきた。円堂がすぐそれに気付いて、例外なくホースを不動に向けた。
先端をつまんで水を発射する。ほぼ直線の軌道を描いたそれを、不動はものすごい勢いで避けた。


「あーっ何で避けるんだよーーっ!気持ちいいぞ!」
笑いながらホースを構えた円堂が不動を追いかけ回す。
いつものニヒリストぶりはどこへやら、不動が必死でそれから逃げる。
「バッカ!やめろ、この…!!」
不動のことだから「ガキくせーことしてよろこんでんじゃねーよ」とか、イヤミの一つでも言うのではないかと思っていた鬼道は、正直その必死な様子が印象に残った。


「オレはもう戻る!今日の練習は終わったんだからな!」
水の届かない距離まで逃げた不動は叫ぶようにそう言うと、風のような早さで合宿所のほうへ駆けていってしまった。
やはり不動の態度を意外に思ったらしく、側に居た風丸も「水が嫌いなんて、そんなところまで猫みたいなヤツ……」と呟いていた。




それからいろいろあり、決定的に鬼道が不動をおかしいと思ったのは、ある日のことである。

古株さんが知り合いの農家から野菜を大量にもらってきてくれたときがあった。泥付きの新鮮なものだ。
だが、この量を洗うのは女子にはきついということで、その日食事を手伝う当番だった鬼道、木暮、土方それに不動が引き受けることになった。
部屋が汚れるからと4人で合宿所の隅にある井戸に向かう。
手押しポンプ式のそれは力のある土方が数回取っ手を上下させると勢いよく水が流れ出した。
それぞれジャガイモやにんじんが山積みになった籠を下ろす。
土方が慣れた様子でてきぱきとたらいに水を汲み、それぞれに手渡してくれる。
しかし思ったよりも重いたらいに鬼道がよろけると、後ろにいた不動がすかさず鬼道をどなりつけた。

「もしこぼしたりしたら承知しねえぞ!」

鬼道はすぐには返事を返さなかった。ゆっくりとたらいを地面におろす。
泥だらけのにんじんを水につけながら鬼道は言った。

「なぜそんなに俺につっかかるんだ?」

「まさかお前、水が怖いとか言うんじゃないだろう?」
「ハ!誰が怖いって……」
即答した不動の顔はやはりこわばっていた。
鬼道はぴっと水を不動の足にかけた。
「ギャッ!」
不動は大げさなぐらいにとびのいた。
「てめ……」

「ほれ、お前も」
険悪な雰囲気になりかけたのを知ってか知らずか、土方が不動にもたらいを差し出した。
しぶしぶといったように不動が受け取る。
すぐに土方はどんどん野菜を洗い出した。
木暮も既に泥水に手をつけて、結構楽しそうにやっている。
不動はチッと舌打ちをすると、3人のいるところよりかなり離れたところにたらいを引きずっていった。


さすがにこの態度はおかしいと鬼道はこのとき思い始めた。
濡れるのが不愉快とかいうレベルの反応ではないと思ったのだ。
不動の反応は、もっと重大なことが起こるといった感じだった。
まるで水に濡れると溶けてしまうかのような。




あとから思い出してみると、他にも気になることはたくさんあった。
たとえば監督が泥のフィールドを作った時も不動はいなかった。
グラウンド整備の水まきが始まると一人でボールなどを片付けに行ってしまう。
雨の日はもちろん外に出ない。練習は休みになるからいいといえばいいのだが、他の奴らは気にせずどんどん大雨の中自主練に出かけてしまうのにだ。
たまに円堂や立向居が不動を誘うことがあったが、一人で黙々と室内でフィジカルトレーニングをしているようだった。
ナイツオブクイーンのパーティに招かれたときも、大きな噴水やシャンパンタワーのそばには絶対近寄ろうとしなかった。
さらに朝など、水場にたくさん人が居るときはその廊下すら通らないほどの徹底ぶりだった。


鬼道が一度水という共通点に気付くと、不動の挙動不審は余計目についた。
そして今、このライオコット島で鬼道のモヤモヤは頂点に達していた。

とにかく、一人でこうやっていてもらちがあかないと鬼道は判断した。そして、信頼している友人の佐久間にまず事を相談することにしたのだった。






「う〜〜ん……」
「どう思う?佐久間」


鬼道は佐久間に一から順に説明した。佐久間の部屋で、二人頭をつきあわせる。佐久間は腕を組んでなんとも言い難いといった声を上げた。

「不動が水になにかあるのは間違いないと思う」
「だろう!?」
「重要なのはそれをどうやって暴くかだな……」
「えっ、暴くのか?」
「当たり前だろ!もしかしたら弱みを握れるかも」

そうしたらもうちょっと大人しくなるかもしれないしと佐久間は続けた。
今度は鬼道が唸る番だった。


「う〜〜ん……」
「鬼道はそう思わないのか?」
「そうだな……いや……」
しばらく考えるようにしたあと、鬼道は呟くように言った。
「ただ俺は不動が気になる……というか……」
「ええっ……」


佐久間が絶句する。その顔を見て鬼道はあわてて否定した。
「あ!そういう意味じゃない!そういう意味じゃないぞ!」
「わかってるから!わかってるから鬼道!」
二人で必死に言い合う。


だが鬼道はうすうす自覚してきていた。
自分が不動を好きになりかけていることを。
そして佐久間も、鬼道が不動を気にかけていることを知っていた。
しかし今日鬼道に不動が挙動不審だと言われるまで、佐久間はまったく不動のことには気付かなかった。
佐久間が思うに、不動は巧妙にそれを隠しているのだ。
しかし鬼道は気付いた。
それは鬼道がもともと不動に目を配っていたからに他ならない。
そして今の態度。
だが、恋をわざわざ本人に指摘するほど、佐久間は鈍感な人間ではなかった。


「……」
「……」
やや気まずいというか気恥ずかしい沈黙が部屋におりた。
鬼道は頬を赤くするとこほんと咳払いを一つする。


「ま、そういうことで……不動の秘密が知りたいんだ」
「わかった、俺も鬼道に協力する」
「ありがとう、佐久間」
佐久間は帝国時代から鬼道のいい友人だった。


「で、具体的にはどうするんだ?俺は背後から水をぶっかけるのが一番手っ取り早いと思うぞ」
「いやもうちょっと穏便な案を頼む」
意外と過激派な佐久間の意見を鬼道は却下した。





この作戦会議はその日かなりの間続けられたという…………。