夜。晩メシの準備を終わらせた俺は、なまえちゃんを呼びに彼女の部屋(音楽室)へと向かっていた。
『マイルーム/音楽室』と書かれたプレートがかけられたドアの前で一時停止。

途切れ途切れのピアノの音が聞こえる。ワンフレーズ弾いて、しばらく止まり、また弾き始める…
少々不思議に思いながらも、ノックをするため扉に手を近づける。
ノックをしても集中している彼女から返事がこないのは分かっている。それでも軽くドアをコンコンと叩いたあと、ガチャリとドアノブを回した。


「なまえちゃーん…あれ、いねえ…」

広々とした部屋の中央に置かれたグランドピアノ。
そこには誰も座っていなかった。でも確かにピアノの音は聞こえる…

「(おい…ウソだろ…)」
背筋にぞわりと奇妙な感覚が走る。心無しか冷や汗らしきものが頬を伝ったような気がした。
きょろきょろと当たりを見渡す。すると、ピアノの後ろ側に、細い手が見えた。
その手は確かにピアノの鍵盤を押している。でも顔は見当たらない…

「って、なまえちゃん?!」
「あ、サンジ君。やっほー。」
「いや、やっほーじゃなくて…何で床に座り込んでピアノ弾いてるんだ?」
「だってピアノの上だとガクガクして書きずらいじゃん。」
「書きずらい?何が…」

言いかけた言葉が、彼女の目の前に広がる楽譜が目に入ると止まってしまった。
その楽譜は、いくつも訂正部分などが書き加えられている。
そして、途中から真っ白…その真っ白の部分をなまえちゃんの持ったシャーペンが次々と音符で埋めていく。
これは、もしかして──


「作曲中かい?へー、こうやってできていくんだな。」
「作曲っていうか、普段即興で弾いてる曲を、こうやって楽譜に書き起こしてるんだけ。」
「即興で曲が作れるのかよ…」

天賦の才能って本当にあるんだな…ふとそんなことを考えてしまう。
高校生がこんなクソうまいピアノ弾けて、作曲もできるなんて普通にすげェとしか言いようがねェな。
素直にそう言うと、彼女は花が咲いたような笑顔になった。ほんと、クソ可愛いなこの子。


「そういや、今書いてるこれはどんな曲なんだい?」
「え?ああ、これはさっきお腹すいたときに弾いてた曲で…」

見計らったかのようなタイミングで、なまえちゃんのお腹が小さく「ぐぅぅ…」と鳴った。
真っ赤になりながら恥ずかしそうに下を向くなまえちゃん。


「クックッ… ピアノ・ソナタ『空腹』か。いいな。」
「う、うるさいな!」

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