「わ、もうこんな時間か。」
時計を見ると、下校時刻まであと10分を指していた。下校時刻をすぎると強制的に玄関は閉まってしまうので、さっさと玄関に向かわないと先生の説教をもらって帰らなければならなくなってしまうのだ。 いつもは時間がたつのを忘れて没頭してしまうので、気づけた今日はラッキーな方だ。 よっこいしょー、と立ち上がると突然と開いたドアの音で私は振り返った。
「あれ、サンジ君?どうしたの?」 「や、部活終わったから覗いていこうかなー、と。」 「あ、そうなの。私も今終わったとこ。」 「うん、知ってる。」
ピアノの蓋をしめながら、「え?」と聞き返す。 こいつ、聴いてたのか。
「邪魔しちゃ悪いと思って、そこのドアの前で。」 「廊下で?入ってくればよかったのに。」 「入っても練習に夢中になってて多分気付かなかっただろうね。なまえちゃんのことだから。」
それについては否定できない。何しろ一回ハマりだすと周りが見えなくなってしまう性格だから。 初めてサンジ君が私の演奏を聞いてたときも、入ってきた彼に気付かなかったし…
鍵盤にカバーをかけていた手を止める。そして振り返り、彼に向かって口を開いた。
「あのさ、サンジ君。」 「何だい?」 「えっと…さっきはぶつかってごめんなさい。」
急に謝り出した私に、少し驚いたような素振りを見せるサンジ君。でも、またすぐにあの優しい笑顔に表情が変わる。「いいよ。」って意味にとっておこう。
「そ、それと、」 「ん?」 「お弁当、おいしかったよ。ありがとう。」
早口で言い、また譜面台をたたむことに専念する。 照れ隠しなのは自分でもよくわかった。テンパりすぎて噛み噛みだし、途中声が裏返ったし…でも、何だかスッキリした。 背中の後ろから、今度はサンジ君の「ありがとう。」が聞こえた。
「朝から楽しみにしてくれてたんだっけ?」 「だってホントにおいしいんだもん。」
素直にそう言うと、何故かは分からないけどサンジ君はバッと顔をそらしてしまった。あれ、私何か変なこと言った?
「サンジ君ー?もしかして片付け遅いの怒ってる?何なら先に帰っててもいいよ。私走って追いつくから。」
しかし、彼の答えは無い。かわりに、私の目の前にスッと手が差し出された。
「…この手は何?」 「一緒に帰ろうの手。」
(あ、じゃあサンジ君。帰り買い物付き合って?) (えっ、いいのかい?!)
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