「〇〇!ちょっと手伝ってくれんかー!」
「はいはーい!」
声の主が居るであろう部屋に入ると職人さん達がたくさんの書類を前に頭をかかえていた。だからいつもためるなって言ってるのに。
「また、なのね」
「すまん」
申し訳なさそうに笑うカクの奥に書類なんか無いもののように見向きもせず優雅に葉巻を吸う男を見つけてまたため息が出る。
「パウリー?」
「なんだよ?」
「なに休んでるの?」
「息抜きだよ息抜き」
「後で泣きついてきても知らないからね」
葉巻の煙をはらってカクに向き直るとどこか私を責めてるような目で私を見てた。すぐにいつもの目に戻っておどけた調子で平謝りしてくる。それを適当にあしらって意味も何もない文字が並ぶ紙を次々と片付けていく。ただ黙々と書いてあることの意味なんて何も考えずに片付けていく。カクの分の終わりが見えてきた頃にことんと少し大きな音をたてて視界のはしっこに何かが置かれた。
「どうしたの?」
「さっきは悪かった」
「自業自得」
「頼むよ」
「パウリーがいれたコーヒーで許してもらえるとでも?」
「今度何か奢る!」
「じゃあこの間出来たお店でランチね」
「あそこ高いって噂じゃねえか!」
「じゃあ私そろそろ帰ろうかな」
わざとらしく席を立ってみせると骨ばった手に止められる。手首から伝わるパウリーの体温に目眩がしそうだ。ランチのために新しい服を買おうかななんて馬鹿げてる。こんな気持ちカクに知られたらなんて言われるか。
「全部終わるまで吸っちゃだめだからね」
「なっ…わかったよ」
他のみんなは次々と仕事を終わらせて帰って行く。薄暗くなってきた部屋には冷めきったコーヒーと顔色の悪いパウリーと私だけ。浅黒い肌と色素の薄い髪がオレンジに照らされて何よりも綺麗に見える。見るからに男らしい顔立ちと時々苦痛に歪む目元に釘付けになる。
「〇〇!」
「ん?」
「終わった!終わったぞ!」
「ん、お疲れ様」
私が軽く笑って見せると子供みたいにはしゃぎながら葉巻に火をつけてまたこちらに向き直った。
「いつもいつも、」
「ん?」
「ありがとな」
「あ、あぁ…うん」
「なんだよ」
「らしくないなって」
「失礼すぎだろ」
ひとしきり笑ってまた静かになった。気まずいとはまた違う不思議な沈黙が続く。
「そろそろ帰ろっか」
「なあ」
妙に熱い手が少し冷たい私の手に重なる。なんでどうしてそんな目をするの?普段のそれとは違う、熱を持ったような目。
「すげーありきたりなことしか言えなくてわりいけど…」
「うん」
「お前が好きだ」
「〇〇!まだ残っとったんか?」
ああ素晴らしいタイミング。ごめんねパウリー私もう行かなきゃ。
「ランチ忘れないでよね?」
「お、おう」
「〇〇!置いてくぞ!」
「待って、今行く!」
急いであきらかに不機嫌そうなカクの背中を追いかける。パウリーとは違う細めの背中をただ見つめる。整ったカクの顔がこちらを向く。パウリーとは違う意味で男らしい手が私の頬をなでた。
「〇〇、わしがおるじゃろ」
「うん」
「あいつは明日死ぬんじゃ」
私にしか聞こえない声でそう囁かれた。カクはいつも必ず私を現実に戻してくれる。そうだよね、そう。私は任務を遂行しなきゃいけないよね。
「私はカクだけを愛してるよ」
「わしもじゃ」
(この小さな世界で貴方だけを愛して生きていくのが私の人生)
20150527.