勾陣は痛みに顔をしかめた。次の瞬間、屋根に押し倒された。

「騰蛇!?」

一体何のつもりだ。
勾陣は紅蓮の行為に驚きを隠せなかった。

「酒にでも酔ったか?今ならまだ許してやるからさっさと退け」

戯れでやったのだろう、と勾陣は思っていた。
だから軽く睨んでやれば、すぐにすまんとでも言って身を起こすだろうと。
しかし、彼女の予想に反して紅蓮は動かなかった。

「おい、騰蛇!」

「別に俺は酔っていないし、気が狂っている訳でもない」

「じゃあ、さっさと…っ」

離せ、そう続けようとしたが、紅蓮が一気に距離を詰め勾陣の口を己の口で荒々しく塞いだために叶わなかった。

いきなりのことで目を見開き固まった勾陣だったが、どうにかこの状況から抜け出そうと必死に顔を背けようとする。
また、肩を押さえられているおかげで何とか動く腕で紅蓮の肩を押し返す。
が、やはり女である勾陣に腕力で紅蓮に勝てるはずもなく、彼が口内を、舌を弄ぶのに耐えるしかなかった。
そんな自分が嫌で、悔しくて、目の前の男が、

―――恐くて、彼女の目に涙が滲んだ。

















紅蓮は勾陣を口付けから解放し、そのまま彼女を見下ろす。
涙で潤んだ目は気丈に己を睨んでいるが、その奥には恐れが見て取れた。
無理矢理に唇を奪ったせいで肩で荒い呼吸を繰り返している。

その様子に紅蓮は嗤った。

いつもの強い彼女を見ているのもいいが、こうして潤んだ目で怯えている姿を見るのもいいものだ。

いつもと違う彼の雰囲気に気圧され、勾陣の肩は震えた。







―――こわい。







ただ、そう思った。
先ほどまで、本当についさっきまで何をするでもなくたわいない話をして笑い合っていたのに。どうして。

「なん、で……」

「俺はただ、お前が欲しいだけだ、勾」

そう。心も、体も。
お前の全てが。
ただ隣に居て言い合ったり笑い合っている時間は楽しい。
だが、それだけでは物足りなくなったのだ。
その怯え、濡れた瞳がしだいに甘く蜜のように溶けていく様を見たい。
今までに見たことのないお前の心の奥、理性の裏側をさらけ出した姿を、全て自分のものにしたい。

「だから、お前も素直になったらどうだ…?」

彼女の耳元で低く誘うように囁いてやる。


彼の言葉に勾陣の肩は小さく跳ねた。

――このまま堕ちろということか。

そんなこと出来る訳がない。
自分達は同胞で、戦友で、甘い関係などとは無縁なはずだ。
守る者が、主がいるのに(朱雀と天一の場合は別だが)そんな関係になんてなれない。

しかし、“なれない”と思っているのであって、“なりたくない”と思っているのではないのだ。

けれども、勾陣は今のままの関係でよかった。
隣で笑い合って、些細な言い合いをして、穏やかに時が過ぎて行くのを感じていられればいいと。
いざという時には背を守り合い、支え合って。
二人の間に甘い雰囲気など要らないのだと。

堪え切れずに勾陣は目をきつく閉じた。
それにより、彼女の眦から一筋の涙が伝った。











紅蓮はその涙を舐め取った。そして自嘲するように笑う。
彼女が嫌がっているというのに、自分は何をしているのだろうか。
こんなことをして、果たして何が得られるというのだろうか。
先ほど、気が狂っている訳ではないと言ったが、本当は狂っているのかも知れない。

確かに彼女の全てが愛おしく、欲しい。
強く、誇り高く、皆に頼られる存在である勾陣。
そんな彼女の普段見せないような、今だに誰も知り得ない、彼女自身も知らない“慧斗”を俺だけに見せて欲しい。

一方でこのままの関係でいたいと思っている自分がいる。

このまま彼女の意志を無視して体を重ねたとして、今までのように笑いかけてくれるのだろうか。
もし、今の関係が崩れたとして、それ以上に心地良い関係など築けるのだろうか。

ただわかることは。

この瞬間『何か』が失われ、新たに『何か』が生まれるということ。
その『何か』が自分達にとって善いものなのか悪いものなのかはわからないけれど。

ああ、何故今更こんなにも不安になるのだろう。
この状況を作り出したのは自分で、勝手に後ろめたくなっているのも自分なのに。



このまま彼女にだけに囚われて、このあやふやな感情を、迷いを、関係を誤魔化せないだろうか。
また、彼女の意志など気に留めない自分が顔を覗かせる。

このままどうにでもなってしまえ。

自分が彼女を押し倒し、無理強いしたときからすでに、あの日常(カンケイ)に戻れなくなると知っていたはずだ。

ならば、このまま非日常へ逃げ込んで新たな日常へと作り替えてしまえばいい。


紅蓮は勾陣の指に己の指を絡ませた。
すると、彼女も指先に力を込め握り返してきた。
はっと顔を上げて彼女の顔を見ると目は潤んでいたが、その目に怯えている様子はなかった。



彼と同じように勾陣も考えたのだ。
きっと彼は今、迷っている。
紅蓮は優しいから。
きっと自分が拒絶したなら、二度と同じことはしないだろうと。
だが、その心の中には罪の意識が残ってしまうのだ。
ずっと、たとえ自分が彼に気にしていないよと、もういいからと言ったとしても、彼の中には存在し続けるのだろう。
そんな彼を見るのは辛い。
これまでに何度も罪の意識に苛まれた彼を見てきた。
もうそんな彼を見たくはないのだ。
その罪悪感の原因が自分だなどと言ったら、お笑い草もいいところだ。
それだけは何としてもなりたくなかった。


それなら、彼の言う通りに素直に受け入れてしまおう。
甘い快楽に溺れてこの迷いなど忘れ去ってしまおう。

勾陣は空いている手を伸ばし、紅蓮の頬に触れた。

「騰蛇……」

お前の好きにしていいから。
心の奥に、わずかにある恐れを誤魔化すために、彼を受け入れよう。

紅蓮は彼女の手に自分の手を重ね、そのまま口付けた。勾陣もそれに答えた。





今度の口付けは互いの迷いを誤魔化すためのものだった。











…非日常(アブノーマル)から逃げて ずっとあのままでいたかった

私の忘れた籠の鳥 愛しい名前は『charActer』…





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リクエストはボカロ曲『charActer』イメージです。
二回目のキリリクも快く受けてくださいました。
それにしても、纏めるのがお上手過ぎる……うらやましいです(笑)
樹様、再度のキリリク本当にありがとうございました!


 
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