ふと目にしたとき、それだけ光ったような気がした。
「……これ」
 紅蓮はひとつのアクセサリーを手に取った。浮かんだ顔はもちろん彼女。
 これだ。
 何も考えずにレジへ向かった。否、直感がそう訴えたのだ。

 さて――――。

 恋愛運最悪の今年。それでも女神は微笑んでくれるだろうか。



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 はらり、ひらり。
 季節外れの六花が舞う。傍らで月が雪雲の狭間から顔を覗かせていた。
 母屋の外れの縁側に座っていた勾陣は、雲間から漏れ出た薄明かりと共に顕れた足音の方へ意識を向けた。
 刹那。僅かな風切り音と共にやんわりと孤を描いて飛んできたそれを、左手で受け止めた。
「……部屋に居ないかと思えば」
「時期外れの雪を見るにはちょうどいい場所だからな」
 浮かび上がる赤色の影。足音に遅れて姿を現した紅蓮は、無言で隣に片膝を立てて座った。
 勾陣は小首を傾げながら掴んだものを見た。それは約10cm四方の箱だった。淡い青のチェックの紙で綺麗に包装されていて、バレンタインで勾陣が紅蓮にあげた時のようなリボンつきシールがやはり右上に貼られている。ひとめでプレゼント用とわかった。
「……これは?」
 予想はついたが敢えて訊いてやった。口調は純粋な疑問文、しかし口元には笑みを乗せて。
 紅蓮は一瞬戸惑った表情をすると、照れたように目を逸らしてぽつりと呟いた。
「バレンタインのチョコ、美味かった」
 ぼそりと呟くと、言うことはそれだけだと言わんばかりに押し黙る。勾陣はくすりと笑うと「開けても?」と問うた。
 すぐに首肯が返ってきたのでテープをはがし始める。包み紙が破れないように丁寧に。外に見える洒落たテープ以外に3つ程普通のセロハンテープをはがすと、無地の藍色の箱が月明かりに照らされた。

 そっと蓋を持ち上げると――。

「……ブレスレット?」
 きらり、と桃色の花が光った。
 それは比較的シンプルなブレスレットだった。使われているのは3色の水晶。紫水晶、紅水晶、それから普通の透明な水晶だ。透明な水晶の球ををはさむように紫の水晶が通っている連が、いくつか丸い金属の飾りで繋がっている。
 そして中央に咲いた紅水晶の花は、桜の形をしていた。
「綺麗、だな」
 紡がれた言葉は無意識のもの。手にとるとしゃらり、と音が鳴った。留め具を外して右腕につける。
 右手を空に翳した。重力に従って少しだけブレスレットが下がった。
「真実雪月花……か」
 降りしきる雪。雲間から覗く月。――そして、右腕に咲いた桜の花。
 その意味を、彼は知っているのだろうか。
「ありがとう」
 掲げたままの右腕に目を細めた。きっと悩みに悩んでくれたのだろう。今日が近づくにつれて様子がおかしかったのは知っている。3倍返しを要求したのはこちらだが、彼がそれほどお返しを気にかけてくれたのが嬉しかった。
 それに、――これは彼から貰った初めてのアクセサリーだったから。
「……ん」
 紅蓮は勾陣と頭にポンと手を置いた。勾陣の視線が彼の方を向く。
 僅かに口を動かした。何か言いかけて、止める。
「……なんだ?」
「いや、あの……な」
 三日月を見上げる。月はちょうど厚い雲に覆われたところだった。辺りが薄暗くなる。
 ……今なら、いいか。
「勾、」
「うん?」
「ものすごく、今更な気がしないでも無いんだがな」
 紅蓮は髪をかきあげると、真剣な眼差しを勾陣に向けた。それから一度ゆっくりまばたきをし、大きく息を吸い込んで一瞬息を止めてから、ソレを言葉として吐き出した。

「――――好きだ」

 トクン、と心臓が鳴った。心地好い低音で告げられた言霊は、ずっと聞きたかったものだった。
 ふわり、と。驚くことなく勾陣は幸せそうに笑った。
「……やっとか」
「うるさい」
 雲が流れる。再び顔を出した三日月に紅蓮の顔が照らし出される。逸らされてしまった彼の顔は、耳まですっかり真っ赤だった。
 軽く噴き出した勾陣は、おもむろに立ち上がると紅蓮に後ろから抱き着いた。向こうの心臓が跳ね上がったのがわかった。
「……ずっと待ってたよ」
「あ、あぁ……」
 目を閉じて、囁いてやる。さらに真っ赤になって視線をさ迷わせる紅蓮が面白くて仕方ない。
 あぁ、思った以上に顔が熱い。覚悟はしていたからそうなるつもりは一切なかったのに、どうやら自分も赤面しているらしい。
 ただの気まぐれに抱き着いたと思ったが、これを隠すためなのかもしれない。
「……こ、勾」
「ん?」
「それで、お前は」
 どう想ってる。
 相変わらず目が合わないまま緊張した声音で問われる。聞かずにはいられなかったのだろう。勾陣は知らないが、恋愛運最悪と銘打たれたあの御神籤の中、やっと踏み出したのだから。
「私が拒否すると思ったのか?」
 疑問に返す疑問。それが答え。
 でもきっとそれじゃあ彼が不安がるだろうから、ちゃんと言ってやるんだ。

「私も、好きだよ」

 そう、すきなんだ。何度も心中呟いたあの言葉は、いっそ声に出してやろうとして結局心に秘めたもの。
 初めて引いた最高の御神籤に想いを馳せる。――なんだ、案外当たるじゃないか。
 勾陣の腕の中で紅蓮は大きくため息をついた。安堵のため息だろう。彼女は気づかなかったが、彼は声に出さずに「――微笑んだ」と呟いていた。






 はらり、ひらり。
 季節外れの雪が舞う。
 雲間からは月が覗く。
 彼の前に組まれた彼女の右腕には花が煌めいた。


「………………」
 どちらからともなく、視線がぶつかる。
 近い近い2人の距離は、自然と近づいて――――。

 雪明かりに映された彼らの影は、ひとつに重なった。







――――――――
『雪月花ノ時、君ヲ憶フ』
千年越しの想いのカケラが、今繋がった。


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