―この状況をどうしようか。

紅蓮は隣にいる存在に頭を悩まされていた。
しかしながら、先ほどから彼の右手は酒の入ったコップを口へと運んでいる。

悩んでいるとは言いながらも紅蓮は内心、この状況を楽しんでいた。

「…ん、とぅ…だ、も、一杯っ…」

「それくらいにしとけよ、勾」

普段、滅多に酔うことは無い勾陣が見事に酔い潰れていた。

その時、紅蓮の携帯が鳴った。

気付いて取ろうとすると、横からきた手が彼より先に携帯を取った。

「おい、勾」

「六合から、だ。…私が出ても問題っ、ない」

そう言って勾陣は電話に出る。

「六合か〜?」

『勾陣?…これは騰蛇の携帯だろう?』

「そうだが、…お前だったら、私が出ても大丈夫だろう?」

六合は電話に出た相手に驚いていた。
そりゃあ驚くだろうと思いながら、紅蓮は勾陣の後ろから携帯を取り上げる。

「あっ…ー」

勾陣は大好きな玩具を取り上げられた子供の様に、不機嫌そうに声を上げた。

顔をしかめる彼女を横に見ながら紅蓮は電話に出た。

「悪いな、六合」

『別に構わんが…、酔っているのか?』

「ああ、かなり」

誰が、とは言わなくてもわかる。
一つ間を開け、紅蓮は本題に入った。

「そういや、何の用だ?」

『先ほど仕事が終わったので今から帰る』

「別に安倍家に掛けてもよかったんじゃないか?」

『いや…、流石にこの時間に掛けるのは…』

「なるほどな」

『お前のことだから、家にいるんだと思っていたんだが…』

「あー、勾に誘われてな…」

少し飲めば満足するだろうと思っていたのだが、甘かった。

「六合も来るか〜?騰蛇の奢り、だぞ?」

携帯を持っている紅蓮の右手に引っ付き、会話に入ってくる。

『そうか。なら、馳走になる』

「なっ…、六合!?」

『…では』

「ちょっ、待て…!」

切られた。
それにしても、何てことを言ってくれたのか。

「勾、お前なぁ…」

「…今更っ、だろう…?」

あぁ。確かに今更だ。
お前が酔うまで飲んでいるのだから。
こいつは絶対自分で払わないから、俺が全部受け持つことになるとは初めから思っていた。
思っていたが、しかし。
こんなに飲むとは……。

彼女も今日、仕事を終えたばかりだ。
一仕事終えて、思いっ切り飲みたいから自分を誘ったのだろうと思い、付き合ったのだが。

「はあー…」

溜息を吐いて紅蓮は酒に手を伸ばした。

誘われたのは素直に嬉しかったし、滅多に酔わない彼女を見るのも何だかんだで可愛いと思う。
普段とは違い、潤んだ目にほんのりと赤く染まった頬。
時折腕や体に触れてくるのもまた堪らない。

相当俺の頭、逝っているかも知れないな。

でも、まあ仕方ない。
俺だって結構飲んでるんだ。
これ以上もこんなだったら、こっちがおかしくなりそうだ。
いっそこのまま襲ってやろうか。

……無理だな。

酔っている間に、なんて言ったら絶対後で殺られる。
そもそもこいつが酔うまで飲むのが悪いのだ。
というか何故酔った。
お前が酔わなきゃ俺がこんなに悩む必要なかったはずだ。

隣で酔っ払っている勾陣をよそに、紅蓮の目は段々と据わっていった。

「…ぅ…だ、とうだ、…おい、騰蛇」

「ん…?」

何度も名前を呼ばれ、思考の渦にはまりかけていた紅蓮は顔を上げた。

「何だ?六合」

いつの間に来たのだろうか。
先ほど電話で話していた相手がそこにいた。

「勾陣が…」

「勾…?」

彼女なら自分の隣にいるはずだ。
しかし、紅蓮の予想に反して勾陣はそこにいなかった。

はっとして首を巡らせると、近くのテーブルの客―サラリーマンだろうか、に絡んでいる彼女を見つけた。

「勾…!?」

道理で先ほどから隣が静かだと思った。

絡まれている彼らはうわーなどと叫んでいる。

…そうだよな。いきなり酔っ払った美人が自分達に絡んでくるなんて。
嬉しいんだか、驚いた方がいいんだか。複雑だよなぁー。

そんなことより。

紅蓮はその場に駆け寄ると、今にも若い社員に襲い掛かろうとしていた勾陣を引きはがした。

「すいません、連れがお騒がせしましたっ!!」

ガバッと頭を下げると、彼らの席から離れた。

その彼らは突然のことで暫く呆然としていたが、また話しながらビールを飲み始めた。

「はぁー…」

「災難だったな」

戻ってくると、六合が紅蓮と飲んでいた酒を店員に用意してもらったコップに注いで飲んでいた。

紅蓮はとりあえず勾陣を壁側に座らせ、自分もその隣に座る。

「飲むか…?」

「…ああ」

というか、初めに飲んでいたのは自分だったはずなのだが。
まあいいかと、紅蓮は六合が注いだ酒を飲み始めた。

彼女はいつの間にか隣でテーブルに突っ伏して、寝ていた。

それから紅蓮と六合は暫く酒を飲み交わしていた。


◇ ◇ ◇


「…ぅん…」

目が覚めて首を巡らせる。

―私の部屋では、無い…?

部屋の様子を見て勾陣は目を見張った。

「……騰蛇の部屋、か…?」

落ち着いて考えてみると、見慣れた彼の部屋だった。

しかし、何故自分が彼の部屋で寝ている?

確か、昨日は騰蛇を誘って飲んで、六合から電話が来て……。
…そのあとの記憶が無い。あのあと六合は来たのだろうか?
どうやって帰ってきたのだろう?

…そして昨日、自分は酔っていた。

まさか、酔った勢いで……!?

記憶が無いため真偽はわからないが、どうしても考えがそっちに行ってしまう。

その時、部屋のドアが開いて紅蓮が入ってきた。

「…っ!」

無意識に体が強張る。
相手はそれに気付かず、勾陣の方へやってくる。

「…大丈夫か?
 昨日散々酔っ払ってたからなあー」

ほら、と薬を差し出される。
それを素直に受け取り、紅蓮を見遣る。

「ん…?なんだ、勾?」

「昨日、私は……」

本当は聞きたいのに、そのあとがつっかえて出て来ない。

それでも、彼は察してくれたようで話し始めた。

「ああ。大変だったぞ。いろいろ仕出かしてくれたからなぁ…」

…何をした、私っ!?

そのいろいろを想像し、勾陣は布団に顔を埋めた。

「あのあとお前が他の客襲おうとして、俺が止めて、六合と少し飲んで、その間にお前が寝たから俺が背負って帰ってきたんだ。」

「…では、何故お前の部屋にいる」

一番知りたいのはその後だ。

「や、別にそういうのがあった訳じゃ無いからな。誤解するなよ」

勾陣があまりにも冷たい視線を向けてくるので、紅蓮は顔の前で手を振って否定する。

「天后が寝ているところに俺が入れると思うか?

 …だからお前を俺の部屋に運んで、俺はリビングのソファーで寝てたんだ」

勾陣と天后は同じ部屋を使っているのだ。

「そうか…。すまなかった」

彼の話を聞いて、勾陣は謝罪した。

とにかく、自分が大きな騒ぎを起こしていないことに安堵した。

「じゃあ、俺は洗濯が残ってるから」

紅蓮はひらひらと手を振って部屋から出て行った。

勾陣は彼の持ってきた薬を飲んで、もう暫く布団に潜っていた。




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勾陣姐さんが酔うまで一体どれくらい呑んだんでしょう……。お疲れ様、紅蓮(笑)
そして六合ナイスキャラ←
樹様、本当にありがとうございました!
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