†kiss to heal / 紅勾





「……おい、そこを退け」
「断る」
 まだ朝も早いというのに最早本日何度目かの会話を繰り返す。勾陣は気怠げに、かつ大仰にため息をついた。それで彼の髪が揺れるこの距離が、今は鬱陶しくて仕方がない。



 ――――勾陣は今、紅蓮にベッドに押し倒されていた。



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 先に断っておくと、決して婀娜めいたものではない。相手が酔っている訳でも、まして戯れでも無い。戯れならば殴り倒しているところである。だが今はそんな動作も彼女には億劫だ。
 ――原因は、勾陣の体調にあった。
「……実力行使か」
「それも致し方ないと思うようになった」
「お前にしては随分強気じゃないか」
「心配してるんだ」
「っ……」
 戯れのつもりのその問いに、真摯に即答されたその台詞には言葉に詰まらざるを得ない。勾陣は目を閉じて再びため息をついた。
 ――体温38度7分、止まらない咳。身体の痛みは無いそうだから、紛うことなく典型的な風邪である。
「お前、病人の自覚あるのか?」
「熱のせいで体調がいつもより思わしくない自覚はある」
「……世はそれを病人というんだが」
「煩い。良いだろう動くのに支障は無いんだ、退け」
 ささやかな彼女の抵抗も紅蓮の前には無効だ。特に万全でない彼女では。もし今この状況をだれかに見られたら、確実に襲っている図に思われるんだろうな、と紅蓮は一瞬遠い目をした。
 そう。彼女は、その高熱にも関わらず辺りを普通に歩き回れるのだ。
 その所作は何故か無理をしている様子は見受けられない。始めは彼女の性格を考慮して無理をして動き回っているのかと思いきや、どうやらそうでは無いらしい。顔が異様に赤いことを除けば完全にいつもの彼女と変わり無いのだ。
 だがだからと言って、仮にも病人にそんなことを許せるはずがない。治るものも治らないだろうと散々言っても勾陣は聞こうとしない。ついにやきもきした紅蓮が実力行使で勾陣をベッドに押し倒したのだ。
「動けるのと快調なのは違うだろう」
「動けるならば動く。ただ寝ているなんてまっぴら御免だ」
 今度は紅蓮がため息をついた。その性格はわかっている。だから実力行使なんて方法に出ているのだが。
「動きたいなら俺に何も言われないようにしてから動け」
 お前だってやかましいのは嫌だろ、と言うが見事に突っぱねられる。とにかく動ける内に行動を規制されるのが気に食わないらしい。まるで駄々をこねる子どものように。意識はしていないようだが、少なからず熱の影響が見てとれる。
「――――わかった」
 実力行使、其の二な。
 あれこれ言う勾陣に、紅蓮は突然彼女の唇に自分のそれを押し付けた。
「んっ……!?」
 いきなり二人の距離をゼロにされた勾陣は驚いて身体を硬直させた。
 一応宣言はしたからな、と心中呟いて紅蓮はそのまま容赦なく舌を絡めた。動揺した勾陣が一瞬目を見開く。つかの間暴れそうになったのを押さえ込み、逃がさないように容赦無く絡める。
「…っは……っ」
 しばらくし、くた、と勾陣の身体から力が抜けた頃合いを見計らって身体を離した。
「…な……にす……っ!」
 殴り倒すつもりが身体に力が入らず起き上がれない。不意打ちだったのもあるのだろう。いつもより荒く息を吐きながら勾陣は紅蓮を睨みつけた。それを涼しげな顔で受け流して紅蓮は言った。
「これで動けないだろ。大人しく寝てるんだな」
「なっ……!?」
 紅蓮は口許を拭いながら、思い切り抗議の視線を寄越す彼女をきちんとベッドに寝かせて布団をかけ、「諦めてちゃんと寝てろよ」と念を押して部屋を出た。
 後から来るであろう仕返しの事は一切考えないようにして。





 廊下を歩きながらふぅ、と一息ついた。これであれも大人しくなるだろう。
 要するに動けるんだから動きたいだけなんだから、動けなくすればいいだけの話なのだ。
 強引な実力行使の自覚はある。だがそれをするくらい心配してるのだと気付いて欲しかった。
 台所でコップに一杯、水をつぐ。そのまま一気に流し込んだ。冷たい無味の液体が火照った喉を通っていく。案外水分を欲していたらしく、惰性のようにもう一度蛇口を捻った。
 ……ま、これであれも治るだろう。風邪は移した方が治りやすいと聞いたことがある。真偽の程は知らないが、もし間違っていたらあんなキスをした意味が無い。
 どうか移っていろよと願いつつ、紅蓮は水を飲み干した。




 それならが貰うから



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とっとと治して心配かけさせないでくれ、頼むから



 
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