二礼、二拍手、一礼。
 大混雑の賽銭箱の前を、彼らの義務を終えた、人のようでその実人ではない二人が後にした。その容貌に、喧騒が僅かにおさまり、歩み去ろうとする彼らに思わず誰もが振り向く。
「……これも毎年か」
「あぁ。……だが慣れないな」
 その二人――紅蓮と勾陣は集まる視線に顔をしかめながら、とりあえず人混みが少ない境内の端へ抜けた。
 2011年、元旦。安倍家の者にくくられる一員として、この初詣は毎年の義務だ。だが、その都度向けられる奇異の視線が未だどうにも慣れない二人である。今言った通り、安倍家の者は、全員一緒には行かないにしろ今日中に参詣するため、人型をとった十二神将は自分らだけが来る訳ではないが、今周りに居るのは残念ながら自分らだけだ。珍しく勾陣はうんざりした顔でため息をついた。
「……だから人混みはあまり好きじゃないんだ」
「仕方ないだろ……」
 来る度毎年思うが、いくら人型をとって行くとはいえ、年の始めに神が神に詣でるというのはどうも何か頭に引っ掛かる。まぁ、それも毎年共に行く隣の女――勾陣に言わせれば、「神の神に対する礼儀だと思えばなんら問題無いだろう」とばっさり斬られてしまうのだが。人混みをあまり好まないのは自分も同じだが、何だかんだでこいつうんざりしながらも初詣楽しんでないか。
 日本人とは不思議なもので、大半は――宗教をあまり気にしないとは言え一応――仏教徒に分類されるのに、年始めには寺ではなく神社、つまり仏ではなく神の元へ参詣する。いわゆる神仏習合だ。明治初期に廃仏毀釈の運動が起こり、神道色が強くなったが今はなんのその。キリスト教まで混ざっているから、夏は墓参り冬はクリスマス、年始めには神社に初詣だ。この実にめちゃくちゃな感じは、自分にはよくわからないが勾陣にとっては面白いものらしい。見てて飽きないとか。
 とにもかくにも義務はこれで終了。これからはこのまま帰って家でそれぞれのんびり過ごすのが常だ。今日も紅蓮は帰ったらあらかた家事をしてからバイク雑誌を読むつもりでいた。
「勾、そろそろ帰るか?」
「……ん、ちょっと待て」
 制止した勾陣を見遣ると、目線の先には人混みの間をぬってちらちらと見える、『おみくじ 二百円』の筆で書かれた達筆な文字があった。
「引きたいのか?」
 そういえば例年、誰かに頼まれた時以外お守りも絵馬も見に行かない。自分らには必要性を感じないからだ。よって数年おみくじも引いた覚えがなく、記憶にあるのは昌浩が小さかった頃に何度か一緒に来てつきあったくらいだ。勾陣と来るようになってからは一度もない。占いとかそういうものにさして興味はないと思っていたが。
「去年天后が引いたらしくてな。話を聞いてから今年は私も引こうと思っていた」
「……そうか」
 確か天后は毎年青龍と行っていたはずだ。……聞き出しはしないが、天后とどんな会話をしたのか興味がわいた。天后だけならばいいが、よもやあいつがおみくじを引いている姿など想像出来ない。だが話が出来るくらいなら引いたのか。あいつが。
「というわけだ。お前も引け」
「俺も!?」
 どうして今ここでそう繋がったのか。わからないのは考え事をしていたからでは絶対ない。
 だがささやかな抗議つきの疑問文は彼女に見事にスルーされた。ほら、人混みが減った今だ、行くぞ、と先に行かれてしまった。いつ人に呑まれるかわからないから慌ててついていく。
 この女の気まぐれは今年もしっかり健在のようだ。紅蓮は歩きながらちょっと遠い目をした。まぁ、新年と共に変わられても気味が悪いが。
 おみくじは右側に小さな賽銭箱があって、そこにお金を入れてから左側のおみくじを取る、というものだった。確かにちょうど今人が少ない。さっさと引いて帰りたいところだ。
 勾陣からお金を入れて、おみくじを引く。引いたら他の人に邪魔にならないよう元の場所に戻っていた。
 留めていた薄い紙をそっと破いて、勾陣は中身を開き見た。

 ――大吉。

 勾陣は心の中でほぅ、と呟き軽く目を見開いた。吉や中吉は大きさの順にいろいろな噂があるらしいが、大吉は紛うことなく一番良い。実は紅蓮の思った通り興味が無かったため、おみくじというものを初めて引いたから純粋に嬉しかった。
 その時ちょうど紅蓮が引き終わって帰ってきた。既におみくじを開いた勾陣を見、なんだった、大吉、……ほぅ、という会話が続いた。
 同じく開き始めた彼の隣で、勾陣は下に書いてあるそれぞれの内容を読みはじめた。
 やはり大吉とあってだいたい書いてある内容は良いものばかりだ。調子に乗りすぎるな、というようなものも書いてあったが。なんだこれのことかと一瞬隣の男に視線をやる。無言で手元の紙を読む彼はそれに気がつかない。
 視線を戻した勾陣は、ふと自分の紙の、まだ読んでいなかったある欄に目を留めた。


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「ほぅ……?」
 今度は感情が吐息と共に音になって現れた。再び隣の男を横目で見る。それから口元に笑みを乗せた。
 ……ついに、これが動くか?
 なんだかんだで公認なものの、当人らの間にはその関係に未だ名前がついていない二人である。俗に言う、直接的な告白の言葉など聞いたこともなければ言ったこともない。クリスマスにそれっぽいことを言われなくもなかったが、あれはまた少し違う。
 言葉の無い、けれども確かなこの関係。言葉の要らない関係。これが一番心地よかったから。
 だがこれは周りがやきもきするらしい。何故か親友によく言われるのだ。はっきりしてください、と。だから向こうが何も変わらなそうなら寧ろこっちから言ってやろうかと考え始めていた。……が。
 どうやら大丈夫らしい。視線を戻して一瞬目を閉じ、口元の笑みを更に深くした。
 これが動くとは理性的に言えばほとんど考えられないが、

 ――信じてみようじゃないか、神の示す運勢とやらを。








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神が定めた神将(カミ)への運勢(サダメ)。
果たして神将(ひと)は、どう動くことになるのか

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