リビングでふ、と時計を見上げた。現在の時刻、午前九時。
 始まりは、騰蛇のその一言だった。

「勾」
「ん?」
「今夜、出掛けるからな」
「拒否権は?」
「……無い」

 その間がなんとも言えなかったが、この時間に誘ってきただけ、まぁ及第点だろう。
「わかった。支度しておこう」
 了承の意を示せば、彼は緊張が伺えた顔からほっとした表情になった。じゃあ、また夜なと言い残し、去って行った。
 それを見届けて、勾陣はテレビの上にあるデジタル時計を見遣った。時計の日付は、自分の記憶と違(たが)いなく、俗に言うクリスマスの日を示していた。

 ……珍しく強気に誘ってきたじゃないか。期待するからな? 騰蛇よ。

 誰も居ないリビングで、勾陣はひとり口元に孤を描いた。



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 今の季節の街中は、昼と夜とで全く顔が違う。昼はたまに白い華が舞うくらいで常とさほど変わらないが、夜は光り輝くイルミネーションに彩られる。それを目当てに行き交う人も増えるため、夏などとは別の賑わいがある。残念ながら雪は降っていないためホワイト・クリスマスとはならなかったが、それでも申し分ない華やかさだ。
 朝の会話から時計の長針が十一回ほど回った時刻に、そこそこ混み合う道を騰蛇と勾陣は二人乗りのバイクで進んでいた。後ろで騰蛇に捕まっている勾陣は、親友と無愛想な同胞がそうするように家から近いこの通りのイルミネーションを歩いて見に来るものと思っていたので、バイクで出掛けると言われヘルメットを渡された時は少々驚いた。どこに行くのか問うても、言葉を濁して答えてくれない。勾陣も、まぁそのうち着くだろうとそこまで追求しなかったため、しばらく二人の間には特有の沈黙が流れていた。
 しばらくして、イルミネーションの通りからは少し外れた、森林公園とおぼしき所についた。とは言っても周りにあるのは電飾されていない木々だけだ。バイクを降りてヘルメットを外している騰蛇につられて同じことをしながら、勾陣は再び彼に問うた。
「騰蛇? 一体どこに行くつもりなんだ?」
 だが、答えは彼女が求めていたものとは違ったものだった。
「勾、ちょっと目つぶれ」
「は?」
 勾陣は思い切り怪訝そうな顔をした。何故そうなる。
「おい騰蛇、私の質問に答えろ」
「今にわかる。だからとりあえず目をつぶってくれないか」
 言いように少しばかりむっとしたが、ここは朝に免じて特別に譲ってやることにして、勾陣は大人しく目をつぶってやった。
 ――と、その瞬間、浮遊感を感じた。
「な……っ!?」
 驚いて目を開けてしまった。同時に顔の距離が近くなった彼と目が合う。
「こら、目閉じてろ」
 騰蛇は、横抱き――つまりお姫様抱っこした勾陣に事もなげに言った。
「……待て、お前人にいきなり何をしている」
「何って、見ての通りだろう。これからまた少し移動するからな。目を閉じてるのに歩かせたら危ないだろ」
 きょとん、としてすら見える彼の言動にうそぶいている様子は見られない。要するに素。この状態の彼には勝てる自信が僅かばかり揺らぐ勾陣は、再び目を閉じろと言う彼に諦めて全てを預ける事にした。今の最善策は間違いなくこれだ。下手になにかしたらこちらが被害を受けることになるのは既に経験済みである。
 目を閉じれば、慣れない奇妙な浮遊感を覚えながら、勾陣は騰蛇に運ばれていった。





「――降ろすぞ」
「ん……」
 五分から十分経ったあたりだろうか。言葉と共に、勾陣は地面に降ろされた。目を開けていいとは言われていないから、まだ一応閉じたままだ。
 どこにいるかは皆目見当がつかない。騰蛇が歩いている時に、たまにパキパキと乾いた枝が折れるような音がしたから、木々の間を進んだのだろうという予想はつくが、他には別段変わったものは無いためわからない。
「目、開けていいぞ」
 言われ、何となくそろそろと目を開けた。
 すると、……視界が、青かった。
 今彼らが居たのは、辺りを一望出来る小高い丘の上。もちろん今しがた通ってきたイルミネーションの通りも見られる。
 だが、何より綺麗だったのは、その電飾の淡い青と月明かりに包まれてぼんやりと映り、幻想的な雰囲気を醸し出す周りの木々だった――。
「綺麗だろう」
 流石に言葉を失っていた勾陣に、騰蛇が言う。ゆっくりと彼を見上げた勾陣は、綺麗に笑った。
「あぁ。……よく見つけたな」
「まぁな。ここは元々月がよく見えるから気に入ってたんだ。この時期にこうなってるとは、俺もついこの間気付いたがな」
 気に入って貰えたようで何よりだ、と続けて騰蛇は勾陣の頭にぽん、と手を置いた。
「……なぁ、騰蛇」
「ん?」
「来年も、また来たい」
 滅多に言わない我が儘を口にしたら、彼は一瞬意外そうな顔した。だがそれも本当に一瞬だけで、なら、とある条件を出した。
「――また一年間、傍に居ろよ」
 俺は大切な奴しかここに連れて来ないからな、と素なのかそれとも照れ隠しなのか、勾陣とは目を合わせずに、ただ淡青の森を見つめて呟いた。……おかげでこちらの心臓が跳ね上がった。
「……戯け。今更何を言っている」
 千年来の付き合いで、言わなくても伝わっていること、伝わっていないこと、それぞれたくさんある。だが、これは、伝わっていることの部類に入っているはずだ。

「――――私は、」


 いつまでもそばにいる。


 微かに零れたその音は、月明かりに照らされた森に、静かに吸い込まれていった。




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たいせつなひとと、たいせつな場所で。このかけがえのない時間は、きっと聖なる夜の贈り物。

 
 
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