「ほーらほーら、当ててみろってんだ、晴明の孫っ」
 子供のような甲高い声が、安倍邸の庭に響き渡った。
 声の主のその体躯は犬か大きな猫のよう。長い耳を持ち、首の周りには赤い突起が一巡している。白い身体に対してその目もまた、夕焼けのような紅色をしていた。
「孫言うなっ! 物の怪のくせにっ!」
「物の怪言うなっ!」
 その白い生き物――物の怪の挑発に食ってかかったのは、かの大陰陽師安倍晴明が孫、安倍昌浩である。……とはいっても、当人はその『晴明の孫』という呼称をいたく嫌っているのだが。

 冬も終わりの師走の候。しばらく降ってもなかなか積もらなかった雪が昨晩ついに降り積もった。偶然今日は物忌みで、いつもより少しばかり遅めに起きた昌浩がそれを見て「雪だ雪だ!」とはしゃいだ。そしてそれを「まだまだお子様だな、晴明の孫」とからかった物の怪と、雪合戦を始めたのだ。
 だが、物の怪の方が身体が小さく当然身軽な為、なかなか昌浩の玉は物の怪に当たらない。変わりに物の怪の玉は小さく昌浩に当たっても大したことはないのだが、昌浩は物の怪に当てられないことを相当悔しがっていた。
「むむむ……!!」
「ほーらがーんばれ、まーけるな、せーめーのまごー」
「だぁから、孫言うなっ!!」
 昌浩が怒りに任せて投げつけた雪玉は、やはりひょいと物の怪にかわされてしまった。
「あぁもう! 一回くらい盛大に当たってくれてもいいだろ!」
「やーだね」
「むむむむむ……!」
「――昌浩、昼餉の用意が出来たわよ」
 昌浩が唸っていると、廊下から彰子が現れた。悔しさと自分への苛立ちでなかなかに凄い顔をしていた昌浩が、一瞬にしていつものそれに戻った。
「え、もう? 今行く! ……もっくん、昼餉の後に再開だからな!」
 物の怪に有無を言わさずびしっと言い放つと、昌浩はいそいそと彰子の元へ向かった。服が濡れているのを見て、そのままでは風邪をひかないかと心配する彰子とそれに慌てる昌浩の図が微笑ましい。思わず物の怪も顔を綻ばせた。と同時に、くすり、と笑う声が頭上から降ってきた。
「――微笑ましい光景じゃないか」
「勾」
 ふ、と隣に顕現した彼女を見上げると、その黒曜の双眸と視線がぶつかった。
「いつから見てた?」
「多分ほぼ最初から、だな。昌浩とお前が言い合いをして雪合戦を始めたあたりからだ」
「ほぼじゃなくて完全に最初からだぞ、それ」
 突っ込む物の怪に笑うだけで返して、勾陣はおもむろにひょいと彼を抱き抱えた。
「――お?」
 如何せん毛並みが白いからわかりにくいが、物の怪の身体には結構な雪が纏わりついていた。日光にあてるとキラキラ輝くくらいだ。見ていた限り当たってはいないようだから、昌浩からの雪玉を避ける時についたのだろう。投げた本人は気づいていなかったようだが、こちらも案外必死だったようだ。
 ……このままでは寒かろうに。神将には寒暖など意味を成さないと理性ではわかっていても、感情が無意識にそう思った。
「全く。大人気ないな、お前も」
 僅かに抱きしめる力を強めながら、一発くらい当たってやればよかったものを、と言う。物の怪は一瞬狼狽しながらもきまりが悪そうに顔を逸らした。
「……確かに、少しばかりムキになりすぎた」
「なんだ、急に殊勝だな」
 勾陣は苦笑する。物の怪は小さく煩い、と返した。反省はしているらしいが、ちょっとした八つ当たりをしたいのかもしれない。
「まぁいい。そう思うなら昼餉の後に盛大に当たってやるんだな」
「盛大に、はいらん。……ところでお前、いつまでこうしてるんだ?」
「なんのことだ?」
「いや、だからな」
 いつまでこうして抱き抱えてるつもりなんだ、と。
 別に抱き抱えられるのは初めてじゃないし、嫌なわけではないからいいのだが、何と言うか、どこかこそばゆい。しかしこれを、この温もりを、なんとも言えず心地好いと感じる自分も確かにいるから、その矛盾に戸惑うのだけれど。
「で、どうなんだ、勾」
「だからなんのことだ?」
 くすり、と笑いながら彼女は飄々とうそぶく。常なら何事もなく通じる先の会話。というか今でも通じていないはずがないのだ。
「……おい」
「そうだな、まぁ、昌浩が帰ってくるくらいまでは我慢しろ」
「な」
 物の怪の表情に明らかにうろたえたような色が見られた。答えに虚をつかれたからではない。うそぶいたかと思えばさらりと答えを返す彼女に翻弄されたからだ。
 いつものことだ、落ち着けと自分に言い聞かせ、ふぅと物の怪はなんとか大きく息を吐いた。
「あのな、答える気があるなら始めから普通に答えたらいいだろう」
「そんなのつまらないじゃないか」
「面白さの問題か」
「当たり前だろう」
 当たり前なのか、と問うのは諦めた物の怪である。これでは堂々巡りが関の山だ。
 物の怪が心中頭を抱えたのに微笑んで、勾陣はそのまま縁側に腰掛けた。また何か反応するかと思ったが、物の怪は勾陣に身体を預けて何も言わなかった。
 そのまま暖かい時が過ぎていった。





「――もっく…!」
 昼餉を終えて戻ってきた昌浩の威勢のいい足音と声が、ぴたりと途中で止まった。
「あれ……もしかして邪魔しちゃ悪いかな、うん」

 小声で呟いた昌浩の目には、雛のように安らかに眠る物の怪と、柔らかな表情を浮かべて彼の毛並みを撫でる勾陣の、これ以上ない穏やかな光景が映し出されていた。






――――――――
雪なんて溶かしてしまうような
穏やかで暖かい時が、いつまでも続きますように






◇◇◇◇◇◇◇◇◇
た、大変遅くなりまして(焦
春茶様に捧げる相互記念です^^*
春茶様のみお好きにどうぞ。
相互リンクありがとうございました!
あ、リクエストの冬にほのぼの……なってますかね……?←

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