†万愚節にはご注意を / 紅勾(現代)








 カチリ。
 長針がひとつ時を刻んだ。
 示されたのは午後0時ちょうど。
 キッチンでコーヒーを飲んでいた勾陣は、昼食の支度をしていた紅蓮の隣にふと歩み寄った。
「騰蛇」
「ん? ……っ!?」
 ぐい、と引かれた襟。


 ――――好きだよ。


 耳元で囁かれた、言葉。

「…っ……、っ……!!?」
 突然の事態に、包丁を構えたまま真っ赤になってうろたえる紅蓮の様子に、思わず勾陣は噴き出した。
「お……い…っ!?」
 ぎくしゃくと言葉を紡ぐ彼に、笑いながら背中を向けて寄り掛かった。
「戯け。今日が何の日か考えろ」
「今日……?」
 呆けた声音で疑問符を浮かべる彼の面前に、勾陣は一歩離れて携帯のディスプレイをつきつけた。
「な…お前……っ!!」
「予想くらいしていたろうに」
 全てを悟った目の前の男に彼女はニヤリと口角を吊り上げると、ぱたんと携帯を畳むと同時に椅子に座り直した。
「今日は4月1日だ」
「っ……勾、お前それ絶対悪意あるだろ!」
「失礼だな。愛の言葉に悪意があると言うのか」
「お前がそれを言うか!」
 ったく、と未だ頬が僅かに赤いままの紅蓮は、中断をやむなくされていた昼食の支度を再開した。その肩が心持ち下がっているのは多分、気のせいではない。
 再びリズムよく鳴るまな板の音に耳を傾けながら、勾陣はひとり穏やかに微笑んだ。
 今日は確かに4月1日だ。ただし、
「……午後なんだがな」
 カチリ。時計の針は刻まれる。示されたのは午後0時3分。

 ――さて、いつ種明かしをしてやろうか?

 誰も言っていない。今日がエープリルフールだなんて。
 勾陣が言ったのは、今日と言う日が4月1日ということだけ。

 そして。

 また誰も言っていないのだ。





 ――エープリルフールが、午前中だけのイベントだなんて。





 誰も嘘だなんて言ってない


――――――――――
それは、素直になれない僕からの、精一杯の嘘の日の本当





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