なまえが来た日のことは憶えてる。まだ俺たちが四つにもならない頃、親父に 「今日からお前たちの妹妹だ。出ておいで、お前の哥哥たちだ」 と言われ、親父の後ろから小さな女の子が出てきた。小さな手で親父の指を握り、大きな瞳をきょろきょろさせ俺たち兄弟を見た。 「なまえはなんていうんだ?」 俺が口角を上げて気さくに話しかけると少し恥ずかしそうに口を開き 『なまえ』 と言った。それが俺たちの出会い。 *** 『注文〜!肉万 回鍋肉 麻婆豆腐〜!』 「「知道了!」」 「今日も客足が多いな」 『本当ね、唐松大哥!頑張らなくちゃ!』 なまえは口角を上げた。あれから十数年が経った。中華飯店を営むうちの家業をなまえは嫌がる顔一つせず今日まで手伝ってきてくれている。 親父も松野家の一人娘であるなまえを特に可愛がり、俺たち兄弟も末の妹を大事に守ってきた。というのも表は中華飯店をするうちの店は、裏社会の中国マフィアに武器を引き渡す武器商店なのである。親父はその親玉。俺たちはその後継者として関わっている。なまえがうちに来たのも親父の裏商売で親しかった男が別の商談が決裂し殺されたから。 最期の言葉が残された一人娘のことだったこともあり、なまえを養子にした。なまえはそれを全て知っている。 俺たちの稼業のことも、父親のことも。全て知っている上で俺たちとの関係を続けているのだ。 「ニイハオ〜!なまえちゃんいる〜?」 客たちの話し声で活気溢れる店内に飄々とした声が入口から聞こえる。見るとそこには見慣れた赤い中華服に身を包んだ男、おそ松がいた。 「あらおそ松ちゃん!また来てるの!?」 「はは!それ言うなら姑姑もだろ〜?」 「あたし達はここの店の料理の虜だもの! でもあんたは違うだろ?」 「まぁね〜」 「ははは!なまえちゃんもこんな男に好かれて困ったもんだねぇ!」 『姑姑ったら、笑い事じゃないのよ?』 人懐っこい笑顔で常連客たちと話すこいつも、裏稼業の者だ。 おそ松の家、松野家は苗字こそ一緒だが、別の家系だ。そして俺たちの品物の出荷先。お得意様。ここらの地域を丸ごと牛耳っているマフィアの息子。それがおそ松だった。 そんな男がどうしたものか、うちの可愛いなまえを眼中に入れている。女なんてあいつの周りには群がる程いるはずなのに。どうしてなまえなのだろう。 「なまえ!料理が上がったよ!」 『あっ、はーい!』 「あ〜!なまえちゃ〜ん!」 「お客さん、席ならこっちが空いてるぜ」 「よぉ唐松! あ、椴松!肉万と餃子!」 「はいはーい」 「…お前も飽きないなぁ」 「なまえちゃんのこと?」 「あぁ」 「飽きねぇよ!あの娘は俺のたった一人の女の子なんだよ!俺となまえちゃんの結婚式の二次会はお前の店でやってもいいぞ」 「何だそれ」 「なまえ、またおそ松哥哥来てるね」 「また来てんのか!あいつも飽きねぇなあ。なまえちゃん、そろそろ振り向いてやったりするのかい?」 『もう!私はまだここでパパや哥哥達と一緒にいたい!』 「〜〜っなまえちゃん…!」 「ちょっと、仕事中でしょ?泣かないでよ!」 「冷たいなぁ椴松は… 俺の可愛いなまえちゃんをおそ松なんかにやるかってんだ! な、なまえちゃん!」 『そうよ!私を守ってね、パパ!』 「任せておけ!」 「ホントかなぁ」 椴松の心配は当たる。 親父はおそ松の稼業のトップから割のいい話を持ち掛けられる。 その時の条件に“娘を松野家の嫁に一人寄越すこと”だった。 うちの松野家に娘は一人しかいないことくらい、分かっているはずなのに。初めからこれが目的だったんじゃないか?と思うほど。 しかもそれに親父はまんまと乗ってしまった。 「俺の運命の女の子!いらっしゃーい!」 『パパの嘘つきー!!』 2020.10.27 |