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(五条悟と幼い妹の話)

side:夏油












『おにいしゃまどこぉ…?』




授業も任務も無い土曜日。談話室の棚に置いている映画がふと見たくなって取りに行くと、私を映す大きなビー玉のような丸い二つの目がじっとこちらを向いていた。




「……おにいしゃま?」
「夏油が言うとキモイ(笑)」
「……」




小さな女の子を膝に乗せたままヘラヘラと笑う硝子。

どういう状況だ。




「硝子、簡潔に説明求む」
「名前はなまえちゃん。“ じいや ” と来たらしい。一人で歩いてたから私といる。ねぇなまえちゃん」
『ねぇ、しょうこおねえしゃま』
「硝子お姉様だって。可愛くない?」
「変な呼ばせ方するなよ」
「違うって。なまえちゃんが自分から言ったんだよ」




ねぇ、とまた顔を見合わせる目の前の二人に小さく溜息が出た。




「呪術師関係者のお子さんかな」
「そうじゃない?しかも育ちのいい家柄のね。じいやだよ?しかもこんな高そうな服着てさ」




生憎ファッション等に疎い私には白いワンピースで安っぽくはなさそうだ、くらいの判断しか出来ない。硝子が言うのならそうなんだろう。




「誰がエルメスのワンピースなんて着せるんだよ」
「悟ん家みたいな家だったら有り得そうだよな」
「あー、確かに。五条家なら有り得そう」




はははと笑う私達を見上げるなまえちゃんが目をぱちぱちとさせた。




『なまえもごしょおだよ』
「……なまえちゃんの名前って、五条なまえ?」
『うん!ごじょおなまえちゃん!』



じいや……

エルメスのワンピース……

五条……


“ おにいしゃまどこ ”



徐々に点と点が、繋がっていく。




「……え、硝子…?もしかしてなんだけどさ…」
「……、
いやぁ、流石に違うだろ。遠縁の親戚なんじゃないか…?」
「いやそうだよね…だって、ねぇ…?髪色だって、目の色だって違うし、…ねぇ…?」
「そうだろ。絶対違う。違うと、思いたいんだけど証拠が揃いすぎてる…」




私と硝子の考えは今同じようで顔を見合わせては乾いた笑いだけが出た。

その時だ。




「なまえちゃん見ぃつけた!」




ぬるりと硝子の後ろから伸びてきた腕がなまえちゃんの両脇の下へ入り、抱き上げられた。

気配消すなよ。いつの間に入ってきてたんだ。




『しゃとるおにいしゃまあ!』
「探したよなまえー!ああ良かった!心配したあ!」




抱き上げた悟の首に抱きつくなまえちゃん。

そのほっぺたに愛おしそうに何度も唇をくっつける奴は、本当に昨日祓った呪物を足で踏みつけて遊んでいた狂った男と同じなのだろうか。

硝子を見ると、彼女も同じ気持ちだったのだろうか。目が合った。




「なぁ五条、その子ってさ……、お前の親戚?」
「いんにゃ、妹」
「…腹違い?」
「いんにゃ、親一緒。」
「マジか」




当たりたくない推理が、当たってしまった。




「見てみ?俺となまえ、似てんだろ?」




頬っぺたをくっつけた悟となまえちゃんの顔が真正面に私達の方に向く。



……似てると言えば似てる。

例えば整った顔とか、目とか、鼻とか。

髪色や目の色は同じでは無いものの、なまえちゃんの顔には悟の面影がある気がする。



いや、それにしたって…、




「「……いやあ……」」
「何がいやだよ。似てるだろ?可愛い顔とか」
「自分から言うなよ」
「なまえちゃんがお前みたいにクズにならないことを願うよ」
「硝子、なまえの前で言うな。俺はなまえの前では完璧なお兄様なんだ」




何が完璧なお兄様だ。




「そういえばお前、朝から任務だったんじゃないの?」
「本家から書類持ってくるって言うから急いで帰ってきたんだよ」
「君が?本家の為に?」




自分の家を嫌う悟が書類如きで急いで帰ってくるなんて有り得ない。春に入学してから冬を迎えたばかりだがそんな律儀な姿は見たことがないぞ。




「ハア?ンなわけねーだろなまえちゃんの為だよ!この子連れてくるって言うから、それならくだらねぇ書類受け取ってやる、っつったの」
「「あぁ…」」




それなら納得だ。

きっと今までも郵送したりしてたんだろうが、こいつが捨ててきたんだろう。痺れを切らして直に持っていき、妹を餌に受け取らせるつもりだったのか。五条家も必死だなぁ。




「なまえちゃんに会うためにお兄様はお仕事頑張ってきたんだよぉ。お兄様のこと好き?」
『だーいしゅき!』
「俺もなまえちゃんだぁーーいすき!…あぁ可愛い…。 何だよこの天使…可愛い…つらい…」
「五条ってなまえちゃんにはこんな感じなんだ」




私達が遠くを見つめたくなる中、悟に抱きしめられて嬉しそうに笑うなまえちゃんが『おにいしゃま』と悟を見上げる。「ん?」と返事をした悟の声、甘すぎだろ。そんな声出せたんだね。ウケる。




『じいやおこる?』
「…怒らないよ。何で?」
『おにいしゃましんぱいしたから』
「なまえがいなくなったらそりゃ心配するよ」
『じいやとなまえゆびきりげんまんしたの。おにいしゃまにしんぱいかけちゃめーよって。
……めーしたからなまえ、おしおきのおへやなの。』
「お仕置きの部屋…?」




静かな悟の声は妙に談話室に響く。どんな所かと聞いたが、なまえちゃんは何も言わない。いや、言えないのか。生まれて数年しか生きていない子でも言ってはいけない空気を理解しているのだろうか。特殊な環境で生きているこの子は、生きる為に、順応するためにすでに空気を読むことを理解しているのが今分かった。




「なまえ一人で入るの?」




悟のあくまで優しい問いかけになまえちゃんは小さく頷く。(なまえちゃんはまだ呪力は感じないのだろう。悟の呪力から隠しきれていない怒りが滲み出ている…)




「部屋には何があるの?なまえの玩具はある?」




首が横に振られた。




『ばあやがいいよっていったらおかあしゃまのところにかえるの。』
「…使えねえ親だな…。」
『おしおきのへや、いかない…、やぁの…』




悟の顔がどんどん曇っていく。

めー、って、駄目ってことだよな。
叱られる、ってことかな。

悟の機嫌を損ねないようになまえちゃんは言いつけられたのだろうか。そんなことをすれば尚更悟の機嫌が悪くなることくらい、この兄妹の姿を見たばかりの私でさえ分かるのに。


それに最後に小さく溢れ出るようになまえちゃんの口から出た嫌がる言葉。

これくらいの小さな子を前にスーパーで見たが、お菓子を買ってもらえずに床に寝そべり大声で泣いていた。大声で感情を叫んでもいいのに、この子は声を抑えることを先に覚えてしまったのだろうか。

悟を含め、なまえちゃんが生まれてきたのが普通の家庭とは違うことを痛感した瞬間だった。




「…なまえ、今日は一緒にお泊まりしようか」
『おにいしゃまと?』
「うん」
『おうちかえる?』
「ううん、ここで」
「え、」
「さと、」




口を挟みそうになった時、「ちょっと待て」とでも言うように悟は私の顔も見ず手のひらをこちらに向ける。




「一緒のお布団で寝よう」
『なまえ、おにいしゃまといっしょ?』
「うん、一緒。
…じいやにはお兄様から話しておくからね、大丈夫」




大丈夫


その言葉を聞いた時のなまえちゃんと言ったら、蕾から花が開いていく時はこんな感じなのかと思わせる愛おしさを見せてくれて




『やったぁ!』
「そんなに嬉しいかぁー!」
『うれしい!おにいしゃまといっしょ!わあい!』




ぶつかるように悟の首にしがみつき抱きしめる。

あぁ、泣きそうだ。




「今日は何しようか!」
『おしゃんぽしてぇ、ごはんたべてぇ、おふろはいってぇ、ごほんよんでぇ、いっしょにねんねしゅるっ!』
「お兄様が全部してあげるっ!」
『わあい!』




大変な思いをすることが多いこの二人が、今だけはせめてでもあたたかな時間を過ごせれば。

そう願わずにはいられなかった。




「なまえちゃん」




そっと悟が抱いていたなまえちゃんを私の方へ連れてきて、そのまま抱かせる。

そのまま受け取り今度は私に抱っこされるなまえちゃんは突然のことに目をぱちぱちさせている。




「なまえちゃんは今日お兄様とお泊まりするねーって、じいやに話してくるからね?なまえちゃんの荷物もじいやが持ってるだろうし。」
『おにいしゃま、』
「すぐ帰ってくるから、それまで傑と散歩してきな?硝子、お前はだめだ」
「何でだよ」
「ヤニ臭い。なまえちゃんがお前についた副流煙を吸い続けるなんて許せない。ファブってから来い」
「ウゼー(笑)」
「すぐ帰ってくるからねー!」




すぐ帰ってくる、か。“ じいや ” は一体どうなってしまうんだろうね。知ったことじゃないし、どうなったっていいんだけど。


嵐のようにあっという間に談話室を出て行った悟。硝子はいつになく素直に「…ファブってくるわ」と言い、彼女もまた談話室を出て行った。残されたのは私と、腕に抱かれたなまえちゃんだけ。




「あー、…お散歩、行く?」
『いくー!おててちゅなぎましょ!』
「ふふ、喜んで」




小さな足を床に下ろし、もみじのような丸い小さな手をそっと握った。






.





.






.






校内に入ってすぐ、玄関口にその男は待たされていた。任務から帰ってきてすぐになまえに会いにきた五条がこの男から告げられたのは

“ 申し訳ございません、なまえ様を見失ってしまいました…! ”

という焦燥感に満ちたその言葉。
なまえを俺に安全に連れてくる、なまえの傍から離れず安全を保つ、それだけのことすら出来ないのかこの老い耄れは。五条は頭に血が昇りそうだったが、言葉を聞いて…、いや、男の姿を見てからその近くになまえがいないと理解してからすでに六眼で校内を意識しなまえの居場所は分かっていること、それからすぐ近くに硝子の気配があることからこの時は静かに落ち着いて「玄関口で待ってな。」と伝えていたのだった。




「なまえ見つかった。今日は俺の所に泊まるから、荷物寄越せ」
「は、はぃ…!あ、あの、悟様、も、もうしわけございませ、」




その言葉が終わる前に五条はなまえの“ じいや ” の首に手を掛けた。

先ほどまで愛しい幼妹の柔らかな頬に触れていた手は今や老い耄れた男の皺くちゃな首にある。どれほど不快か。だが五条はその不快感以上にこの男に憤りを感じていたのだ。




「謝って済むなら俺は来てねぇんだわ。分かんねえ?」
「ヒッ…」
「一人になったなまえが悪いのか?」
「め、目を離した私に責任が、」
「当たり前だろ。
つーか……、」



五条は言葉にすることすら吐き気がして、




「何だ、お仕置の部屋って」




眉間の皺が深まる。




「そ、それは、!」
「俺を心配させたら?お仕置の部屋だって?
じゃあお前は俺をキレさせてんだからお仕置どころの話じゃねーよな?死刑の部屋か?」
「さ、悟様!どうか、どうか命だけは、!」
「今までなまえが死なずにいたのは、まぁ多少なりともお前のおかげだし?俺優しいからお情けで退職金は弾んでやる。だから辞める前にお仕置の部屋とかいうクソなもん無くしてくんない?あとそういう教育方針企てたの、誰?それも教えて」
「し、しかし…、」
「いいか?これは提案じゃねぇんだ。命令だ。
言え。じゃないとお前を殺す。五秒以内に答えなくても殺す。俺の聞いてること言わない時も殺す。

さぁ、言え。」






.





.






.



「ただいまなまえちゃーん。ってあれ。なまえちゃんは?」
「夏油と散歩」
「マジで行ってくれたんだ傑(笑)ウケる」
「ところで五条」
「あー?」
「なまえちゃんのその服って、エルメス?」
「おー、そうだよ。硝子よく分かったなー」
「お前が買ったの?」
「そうだけど?」
「三歳の子に?」
「そうだけど?」
「馬鹿なの?」
「なまえちゃんを愛してるだけだしー」
「はは、キショ」

『ただいまぁ!』
「おかえりなまえちゃん!ただいまのちゅうして?」
『ちゅう』
「かあいいねぇ…
傑にありがとうございましたは言った?」
『しゅぐるおにいしゃま、おしゃんぽあいがとうごじゃいました!』
「いいえ。また行こうね」
『いいのぉ!?』
「もちろん」
『わぁ!しゅぐるおにいしゃまだーいしゅき!』
「ア"ァ"!?
傑、表出ろやァ!!」
「子どもの言うことだろ、聞き流せよ」
「なまえちゃんに大好き貰っておいて聞き流すなよ!!」
「とことん面倒臭い奴だな」

「なまえちゃん、硝子お姉様のお部屋行こうか」
『なまえちゃんしょうこおねえしゃまもだーいしゅき』
「硝子!!お前も来い!!!二人まとめて相手してやる!!」
「ダリィー」
「悟落ち着けよ」
「落ち着くか!!なまえちゃんの愛は俺が独り占めだ!!」




(end.)