あれから私は煙屋敷に住んでいる。廊下を歩いている時に会った掃除屋さんの二人には「やっとくっついたのか!」「煙さんとは同じ部屋なのか?」とよく分からないことを聞かれた。 やっと、ってどういうことだ。そもそも煙と私は気の合う友達みたいなものだ。煙がパートナー探しをしていてその人を伴侶にしたいと考えていることは皆が知っている。煙はきっと「時を操る魔法使い」が魔法を使えなくなったことを知って、暇になったから私を話し相手として煙屋敷に呼んだだけだ。それを「伴侶」と呼んでいるだけ。きっとそう。 それから部屋は別。 矢継ぎ早にそう答えると二人は「何だ」とつまらなさそうに離れていった。何だ、とはなんだ。失礼だな。 「おぉ、なまえ。ここに居たのか」 『煙』 今度はキクラゲを抱いて喉元を撫でながら煙が来た。 「ここの生活には慣れたか」 『慣れたも何も、半日が経っただけですけど』 「それもそうか。部屋の場所は覚えたのか」 『今探してた』 「一度で覚えろ、馬鹿め」 そう言いながらも煙は「こっちだ」と案内してくれる。ここは広すぎるんだよ。 「これからお前が死ぬまで暮らす家なのだ。早く屋敷全体を覚えておけ」 『死ぬまで…』 何の気なしに言われたその言葉に私はふと気付いて、足を止める。歩いていく煙と距離が出来て、それに煙が気付いて「どうした」と振り返った。 『煙、それは私と一生一緒に生きていくってこと?』 「…そうだ」 『煙は良いの?時の魔法使いを伴侶にしたかったんでしょ?ニカイドウちゃんはもう魔法を使えないけど、他にも時間関係の魔法使いはいるんじゃないの?』 「何だ、お前は俺の伴侶になるのが嫌なのか」 『嫌、じゃないけど…』 近付いてくる煙の目を見る。 あれ、嫌じゃないの? 煙は友達でしょ、話し相手でしょう? 伴侶って、要するに結婚だ。煙と結婚するんだ。 『煙は、私のこと好きなの?』 「あぁ。魔法使いの中じゃ気に入っている方だ」 何それ。 「俺はお前が求める物は全て与えてやるつもりだぞ。俺が求めて手に入らない物は無い。さぁ言え、今何が欲しい」 『そんな急に言われても…』 この人は何でこうも突然なんだろう。 どうして私は今困ってるんだろう。 朝からの数時間であまりに色んなことが決まっていくから思考が追い付いていない。 なんだかムカついてきて、煙を困らせてやろうという気持ちになってきた。 『チダルマ。』 「何」 『チダルマよ。チダルマ様に会いたい。』 「チダルマ、様?!お前、チダルマのことが好きなのか」 『そうよ。言ったでしょ、私悪魔信仰者だって。今悪魔を統一してるに近いのはチダルマ様だもん。ずっと憧れてたの。だからチダルマ様に会いたい』 「ぐぬ……」 困ってる。煙が眉間にシワを寄せて困ってる。いい気味だ。 「…分かった。チダルマに連絡して会う機会を作ってやる」 『え、ホントに…?』 煙がチダルマと交流があることは知っていた。でも、そんな簡単に悪夢と連絡って取れるの!? 『え、煙、そんな、別にいいんだよ?一生に一度、いつか会えればいいなって思ってたくらいだし…』 「いや、会わせてやる。言っただろう お前の願いは何だって叶えてやる」 私を見つめる強烈に真っ直ぐな瞳が煙の真剣さを物語っている。何も言えず口をぽっかり開けていると「その代わり」と煙が追加してきた。 何だろう。内臓を切り取って寄越せ、とかかな。うーん…チダルマ様と会えるなら一つくらいは…「もうチダルマ様、等と呼ぶのはやめろ。 好いている女が他の奴を“様”等と付けて呼ぶのを聞く義理は無い」 今、何て言った? 『煙… 本当に私のこと好きなんだ』 「あぁ。」 『ずっと、好きだったの?』 「…、あぁ」 絶対嘘だ。じゃなきゃそんな変な間が出来るわけない。 時の魔法使いがいなくなったから、私に興味持ってくれたのかな。 『煙、私も貴方のことは好き』 「なまえ…」 『でも、今は悪魔が一番なの』 「何だと?」 『前は煙が一番だったけど、今は悪魔が一番好きなの。 貴方の伴侶…パートナーにはなるけど、私の心は悪魔のものよ。』 そう言うと、煙はあからさまに機嫌が悪くなって行く。腕に抱かれたキクラゲが「ニャッ!」と鈍い声を出して逃げ出したくらいに。 「お前… 俺がこんなにもお前に尽くしてやると言っているのに…!!!」 煙から黒い煙が滲み出る。そこからにょきにょきとキノコが生え始めている。まずい。私のせいで屋敷中がキノコになってしまう。 『ほ、ほら!そういうところ!すぐ怒る! 私そういう煙、キライ!!』 「キライ…、」 慌てて声を張った私の言葉に、煙の目がパチリと動いた。怒りがおさまっていくと共に黒い煙も静まった。 「怒る俺は、キライか」 『そ、そうよ。キライ。怖いもん』 心做しか、煙がしゅん…と少し落ち込んでいる気がする。 「…もう怒っていない ほら」 ほら、と煙は控えめに両手を伸ばす。 え、何。ほらって何。どうしたらいいの。こればかりは何を求めているのか全く分からない。おずおずと伸ばされた手を取り、そっと手を握ると煙も握り返してきた。 煙の手って、意外と大きい。温かい。そして少し硬い。 「もうキライじゃないだろう」 『…うん。怒ってない煙はキライじゃないよ』 「好きか」 『うん』 「言え」 『好きだよ』 「よし」 何がよし、なのか。 私には分からないけれど、煙が満足そうにしているからそれでいいかと思えた。 今までもこうして付き合ってきたんだ。 友達の延長線として、この付き合いを続けてもいいかな。 煙は私の手を握ったまま、部屋への案内を再開した。 「悪魔信仰を辞めろとは言わんが…やはりチダルマ“様”は辞めれんのか」 『うーん、ダメ。やめない』 「ぐぬ… じゃあ会わせん」 『ええー!?私の願いは何でも叶えてくれるって言ったのに!』 「それとこれとは話が別だ!もうこの話は終わりだ!」 やっぱり伴侶なんて無理なのでは!? 2020.11.03 |