煙とは昔馴染みだ。 元々私は「花煙」の常連で、アンケートに「今後食べてみたいメニューはありますか」とあったので書いてみたら、後日煙本人から連絡が来た。私の書いたメニューを気に入ったらしい。そしてレシピの開発に携わり出来たのが「ボスのこだわりそば」である。 それからの付き合いになるので、彼とは長い付き合いだ。付き合いと言っても恋人的な意味では無い。第一、私は悪魔を敬愛している。単なる魔法使いでは私を満たすことは出来ない。 煙ファミリーの幹部として名を連ねているものの前線に立つことはほとんど無い。尋問に掃除屋さん達と一緒に行うことはあるが、私の役目のほとんどは煙の話し相手だ。(彼ほどの地位になると気兼ねなく話せる相手も少ないらしい) 毎朝の日課である悪魔礼拝堂へ行く。 お供え物をして跪き、そして祈る。 『大魔王サタン様、どうか私の大切な人達だけに素敵な事が起こりますように』 目を閉じて瞼の裏に大切な人達を思い出す。 掃除屋さんも、ターキーさんも、煙ファミリーの皆も、 そして一番初めに思い浮かべた赤い髪のあの人も… 「何だその願いは。利己的も甚だしいな」 礼拝堂に響いて聞こえたその声に目を開ける。振り返るとそこには思った通りの赤い髪。 『悪魔信仰者だもの』 「誰のことを思い浮かべた」 突然言われて何のことか理解していない私に気付いた煙が「祈りだ。“大切な人達”と言っていただろう」と付け足した。 『煙ファミリーの皆のことよ』 そう言っても煙は納得していないようで目をそらす。何て言って欲しいかくらい、手に取るように分かってしまう。 『でも貴方が一番に思い浮かんだから、きっと煙に一番幸せになってほしいんだと思うな』 そう言うと漸く煙は満足したようでフンッと鼻を鳴らして「当たり前だろ」と満足気な目で私を見た。 あまりに私の思う通りな反応をしたから、つい面白くて口角を上げてしまった。マスクの下で、だからバレないはず。 「お前今笑っているだろ」 『あれ、バレた?』 「当たり前だ」 当たり前なんだ。 煙にとって、私の感情を読み取ることは当たり前のことなんだ。 その事実がなんだか嬉しくて気持ちが満たされていく。私はまた噛み締めるように口角を上げた。 『何か用があってきたんでしょう?どうしたの』 私が毎朝礼拝堂に通っているのは煙も知っている。だから何も連絡が無くても私がここに居ることが分かったんだと思う。でも彼自身がここに来るなんて。いつもは部下を私の元に出向かせて彼の元に行くよう伝えるだけなのに。緊急事態だろうか。 「あぁ、そうだ。いや、なに。お前を伴侶に迎える準備が出来たからそれを知らせにな。」 緊急事態だった。 2020.11.02 |