限りなく独白に近い告白と神隠しについて


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 二階に上がれば軽い足取りで美沙ちゃんはフロアの奥に向かっていく。吸い込まれるように手芸店に入っていくあたり通い慣れているんだろう。一目散に向かっていく小柄な背中を見失わないように着いていく。太巻きみたいに巻かれた布が積まれているコーナーで彼女はようやく足を止めた。横顔は今まで見たことがないくらい真剣だ。俺はこの子が勉強とかしてる姿を見たことがないから何とも言えないけど多分それよりも厳しい表情かもしれない。

 「布?」
 「…ちょっと前に夏物の試作デザインの話をしていたことがあって…多分こういうシフォンで行きたいと思うんですけど…。……」
 「…なるほど」

 何も分からないけど横にいる子が「なんか違う」みたいな顔をしていることだけは分かるような気がする。俺には手に取っているそのベージュっぽい白の布がやたら薄いくらいしか分からないから何の相談にも乗れないけど。
 だというのに話し相手を求めるように「今更思う話なんですけど」と美沙ちゃんが布に目線を向けたまま俺に話しかけてくる。マトモな返事が出来る気がしないけど相槌を打った。無視だけはしちゃいけない。せっかく話しかけてくれたんだから。

 「服のデザインって自分で決めた時点である程度何を使うかとかって決めていることが多くて…レースの形とかもちょっと違うとやだなって思うんです」
 「…布をあげるのは違うかもってこと、かな?」
 「そうみたいです…」

 「しょんぼり」という言葉が似合う顔で美沙ちゃんが布を布山の中に戻す。まあ確かに言いたいことは分からないでもない。俺もゲームは好きだけど誕プレで相談なくソフトをもらったら「嬉しいけどあれがよかった」みたいなことを多分思う。いや、相談されたらされたでこいつ誕プレくれるんだなみたいなことを悟ってしまって気まずくなるんだろうけど。サプライズで喜ばせられたら理想だけど現実考えるのは難しい。つい最近ものすごく悩んだ話だからよく分かる。

 「布が駄目なら実用品的なので考えたら?道具系とか」
 「そのあたりを思い出そうとしているのですが…ミシンの調子の愚痴しか最近聞いていなくて…」
 「ああ…ミシンは流石に無理だろうね。手芸からいっそ離れてみるとかは?」
 「…そうですね…うう、でも調理器具部門はもうゆーちゃん…妹に取られちゃってるからどうしたら、」
 「分担しててえらいね…」

 おおよそ三週間前の自分もこんな感じで頭を抱えていたことを思い出しながら謎の励ましを贈る。プレゼントの分担をしているくらいなら都多さんと一緒に選びに来ればいいのでは、と思いもしたけど多分都多さんでは役に立たなくて一人で来たんだろう。完全に偏見だから口には出さないけどあの子、成一から聞く限り絶対家庭科と縁遠そうだし。それにしても。

 (人の親は殺せるくせに、自分の保護者は大事なのか)

 手芸屋を出てぐるぐるとモール内を歩きはじめる横顔を眺める。傘は去年買ったとかアロマは合わなかったらよくないだとか、そんなことを時折独り言ちながら店先を通り過ぎていく。戦う相手でも決めるみたいに店を見ている姿は真剣極まりないけど見てるこっちの方が息が詰まる。俺が適当な人間だからなんだろうけど、そこまで悩まなくとも…と思ってしまうのは仕方ない話だろう。いや、観察する分には楽しいし一緒に居れる時間が長いのが有難いのは大前提嬉しいとして。それでも。

 「あんまり思い詰めてたら段々訳わかんなくなるだろうし休憩がてら違うものとか見たらどう? 」

 二階のフロアを一周するというところでさすがに息抜きを提案する。「ちがうもの…」とぼんやり呟いた美沙ちゃんはふらふら引かれるようにさっき通り過ぎたばかりのペットショップに足を向けた。なるほど。いや、うん。息抜きとしては確かに最適解だろう。そういえば人生で一度も入ったことがないことを思い出しながら着いていく。敷地に足を踏み入れた途端、立ち込める獣の匂いが鼻を付いた。広めのガラス張りで出来たケージの中に『生後二ヶ月・ポメラニアン』などとラベル貼りされた犬や猫が転がっている。思ったより鳴き声はあげないようで、どちらかと言えば親と見に来ている子供の声の方がよっぽど目立つ場所だった。

 「動物好きなの?」

 小さい子供に混じって猫のケージをきらきらした瞳で見つめる美沙ちゃんの横に並ぶ。こくこくと首を縦に何度も振って頷いたあと、「飼えないですけどね」と眉を下げた。

 「私以外みんなアレルギーみたいで」
 「ああ…じゃあしょうがないね」
 「でもいいんです。その…あまり私生き物飼うの向いてない気がしますし…」
 「そう?面倒見良いイメージあるけどな」

 三角屋根の庭付きの家で犬を飼う美沙ちゃんを容易に想像しながらマイナスイメージに反論してみせる。転がすと鈴の音が鳴るボールと軽く戯れる猫を見つめる美沙ちゃんの目はどうしてか寂しそうに見えた。
 でもそれも一瞬のことだ。気まずい空気を追い払うように瞬きをして「そうだ」と彼女は独りごちた。

 「そういえば亮介さんって犬と猫ならどっちが好きですか?」
 「定番だね。んー…どっちだろ、あまり考えたこともなかったな」

 ケージの中で昼寝をしている食パンのような色をした犬と、丸い瞳でケージ前に貼りつく子供をじっと見ている猫を交互に見る。まあどっちも可愛い。これを可愛いと言える程度に感性は死んでないのは確かだ。

 「…迷うね」
 「で、ですよね…私も聞いておいてすごく悩みます」
 「うん。まあでも聞かれたからには誠実に答えたいと思うところだけど…そうだな…」

 犬は可愛いし言うこと聞いてくれそうだけど毎日散歩させないといけないのが独り身にはしんどいだろうけど、猫は猫でパソコンやテレビの上に乗ることがあるとか言うからどっちも飼えないのは確かとして。けれど個人的に好きなのは多分猫だ。ああやって子供と見つめあったかと思えばそっぽを向いて遠くに行くところとか美沙ちゃんに似てなくもないし。不用意にじゃれ付かず気まぐれなところもたぶん似ているかもしれない。そうやって考えると猫に軍配が上がる気がする。気がするけど。

 「…犬かな、どっちかと言えば」

 猫は死ぬ時は一匹で死ぬ。自由だからこそ死ぬ時でさえ言うことを聞かないんだ。きっと。
 なんてめちゃくちゃ黒い想像が湧いてとっさに出た言葉が犬派宣言だった。いつの間にか物凄く真面目に考えてしまっていたらしい。ヤバい、俺の声低くなってなかっただろうか。そんな心配をよそに「なるほど…」と俺の答えに感心する美沙ちゃんはいつも通りだった。「そういう美沙ちゃんはどっち派だったの?」と俺もいつも通りの調子に戻る。美沙ちゃんはちょっと下を向いて俺の背後を指さした。

 「たぶん、こっちのほうが好きです」

 一瞬俺のことかと思ったけどそんなわけはなく。背後にはペットフードをがりがりと齧る茶色いウサギが無感情に居座っているのだった。


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