限りなく独白に近い告白と神隠しについて


▼ 5

 「…はじめてでした。あんなにも私に優しくしてくれて、私のことを連れ出そうとしてくれた人は、亮介さんがはじめてでした」

 外は今日もいい天気らしく、青空が広がっている。でも、昼下がりの晴天の空と比べてこの部屋は相変わらず薄暗い。部屋の入口、扉前のいっそう暗い所に立つ女は、当時の情景を愛おしそうに思い出して目を閉じていた。

 「あの後、妹が今日はいい日だった?って聞いたんです。いい一日だったって、そう思いました。ただいつもと違う4月19日を過ごしただけなのに、こんなに幸せだって思えたのは本当に、【あの時】以来でした。はじめて家族にもおめでとうって言ってもらえて、私、ありがとうって、そう思えた…」
 「……」
 
 嬉しそうにしていた姿を幼いながらに思い出す。もう遠い、失くした過去の情景だった。あの頃、私は彼女をどう思ってみていただろうか。立ち尽くす幽霊の足元に私は目を落とす。幽霊の足元は、誰かの血で赤く染まっていた。

 「あの時から私は、佐藤亮介さんのことがもうきっと、好きだったんだと思います。でも、だからずっと怖かった。どうしてこんなに優しいんだろうって。なんで、私なんかを、諦めずに拾おうとしてくれるんだろうって」
 
 「その答えが分かった時、私は失恋したんです」
 
 天野美沙の死因は水死と聞いている。
 兄の幼馴染みだった都多由香子は海岸に打ち上げられているところを発見された。死体の肺には海水がほとんど入っておらず、肌が黒焦げていたと聞いている。
 天野美沙の死体は、入水の目撃証言があったにも関わらず未だに発見されていない。

 「そして私は、彼を殺した。私が亮介さんを、殺した」

 幽霊はずぶ濡れの姿をしていた。ずぶ濡れで、誰かの新しい血で足元を染めている。膝部分に付いた血と、手のひらに付いた血はまるで死んだ誰かに寄り添った痕のようだった。

 「私があのひとの、こころを壊したんです」
 
 外から見える空が遠い。もうすぐ秋が来る。忌々しい八月がやっと終わってくれる。兄が死んだ夏がやっと過ぎてくれる。暗い部屋の中、私は遠ざかった地獄の始まりを思い返す。聞きたくない。興味なんかない。お兄ちゃんを返してほしい。すべてを飲み込んで、私はそれでも神様のふりをして部屋のカーテンを閉め切った。

 To Be Continued.

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