▼ 青薔薇−5
場所は、と悩んでいる間に何か察したのかやってきた未来が「店番代わってあげるから行っておいでよ」と私と瑞崎君を外に追いやった。なんだかとても未来の頬が今までにないほど緩みきっていたから、多分私は今日の夜になれば色々根掘り葉掘り彼女に質問攻めに遭うのだと思う。そういうことに今から怯えながら、私は瑞崎君に連れられて海辺の方まで向かって歩いていた。本当は学校近くにある広場でもよかったのだけど、そこは夕斗と羽音ちゃんが最近よく一緒にいるスポットだったから提案できなかったのだ。私がぐずぐずと燻っている間に、夕斗と羽音ちゃんは何かの答えを出したらしくて、ある日を境にいつも一緒にいるようになっていた。
だから少し遠くても違うところにしよう、と考えたけれど…実際はうまく場所なんて選べたものじゃなくて、かといっていきなり私の部屋に連れてくとか、家に連れていくとかもハードルが高い。逆もしかり。ということで、出た結論は「歩きながら話す」というものになった。落ち着きがちょっとないかもしれないけれど、でも顔を突き合わせて話をしなくちゃいけないとかよりはずっと離しやすそうでよかった。
適当に家の周りをふらふらと歩きながら、はじめは花屋のことを聞かれて色々と答えた。前から家の手伝いをしている偉い子、みたいに認識されていたらしい。でも実際はよそから手伝ってもらうひとを雇えるほど家がまわってないだけだ。病院に近いところに一軒しかない花屋だから、たまたま利益がそこそこあるってだけで。手伝うしかないから手伝っているだけ。でも、それでも瑞崎君は「偉いね」と私を褒めた。少し複雑な感情になる。偉いとか偉くないとか、そういう考えの中で頑張ったことなんてなかったから。でも瑞崎君からすればそういう私もすでに偉いらしくて、なんだか段々年下に褒められることに対しても居心地が悪くなってきて、私は話題を逸らすように「それよりさ」なんて声を上げた。
「あ、あの、本題。そう、本題入っちゃおう?前の、夢の話のこと」
「…おれはいいですけど、答え出てるんですか?」
「夢でもう知っていたりするんじゃないの?」
なんとなく尋ねてみると、本当にそうだったみたいで瑞崎君は一瞬言葉を詰まらせてから、「まあ、こうして梢さんがおれを拒絶しなかった時点で」と答えを言った。私も瑞崎君の夢と自分の答えが同じだということをそれで悟った。だけど、だからつたえなくていい、とは思うことはなかった。
「泰仁君」
伝えることは正直、それでも怖いとは思っている。もしかしたら彼は夢から逃れたくて、私にこのことを教えたのかもしれない。彼が望んでいることは夢とは違う答えだったかもしれない。そういう不安はあった。私は期待外れのことをしようとしているのかもしれないという怯えはあった。でも、地面を見ながら歩いているせいか少しは話しやすいような気がした。
「泰仁君からしたら何もかもが必然だったのかもしれないけれど、私から見たら何もかもが偶然で出来てたよ。泰仁君からすれば私が貴方を好きになったのは当たり前だったかもしれないけれど、私にとっては奇跡だった。私は、はじめて泰仁君を見た時から、ずっと泰仁君を好きだよ。泰仁君は、どうなの?私に対しての気持ちは、泰仁君にとっては、何もかもが必然だった?」
半ば恐る恐るでそう尋ねる。しばらく無言が続いた。もうすぐ私の家が近づく。いつの間にか一周してしまっていたらしい。ゆっくり歩いていたつもりだったけれど、やっぱり進む分は進んでいたみたいだ。でもまだ家に帰るつもりは当然なくて、帰す気もないみたいで、そのまま未来ちゃんが店番をしてくれているであろう家の前を通り過ぎる。狙ったように泰仁君が「おれは」と返事を返してきて、思わずギュッと眼を瞑った。
「…おれも、何もかもが必然だとは、考えてみれば思ってはいませんでしたよ。夢で見ただけで、きっと梢さんを好きになんて、なってないです」
「……」
「…おれも、そう信じたいです」
ややあっての返事に目を瞬かせる。思った以上に前向きな言葉にひどく安心した。確認するように「わたし泰仁君を好きでいてもいいの?」と尋ねると、泰仁君も「おれこそ今後も付きまとって大丈夫ですか?」と私に尋ねてきた。もちろん、と返しながらまた安心する。よかった、じゃあ私たちはきっとこのままでいいんだろう。
「ねぇ泰仁君、未来は確かに泰仁君が言う通り辛いものになるのかもしれない。でも、未来は未来なんだからこれからいくらでも変えられるって私は思うの。気にしないなんて、もちろんそんなことは私も泰仁君にもうまくできるようなことじゃないかもしれないけど…でも、未来は決まったことじゃないだって思えるそれだけで、私は変えられるって信じられる気がする・・・あああ、何言ってるのかわからなくなってきた」
「いえ、でも、わかります。…わかります」
「うん、だから、泰仁君、一緒にいようよ。一緒にまず、今を信じてみよう」
恥ずかしいこと言ったかもしれない。なんて思いながらももう後には引けなかったから歩きながらそう提案してみると、泰仁君が無言でこちらに手を差し伸べてきた。つなげと言いたかったのだろう。伸ばしてみるとゆるく繋がれる。次に言葉を形にするときは、もっとちゃんと彼の顔を見て話せる気がした。
To Be Continued
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