Mourn’


▼ 青薔薇−3

 羽音ちゃんが学校に小なくなったことに気づくまで時間はそうかからなかった。夕斗の様子もおかしかったし、きっと羽音ちゃんも何かあったんだろうとおもって教室のほうに行ってみれば、案の定羽音ちゃんも学校に来ていなかった。その時、不意に瑞崎君とも目が合ったけれども、私は会釈をするくらいしかリアクションをとることが出来なかった。彼と初めて話をしたあの日の最後のやりとりはあまりちゃんと記憶に残っていない。
 
 『決めるなって?うん、わかるよ。でも、夕斗分かってるんだよね?羽音ちゃんが死ぬことって現実なんだよ?誰にもどうにもできない。神様から与えられたそれに、私たちは勝てない。…羽音ちゃんは死ぬんだよ、夕斗を置いて』

 そのあと無事に羽音ちゃんと話をして、話の経緯を理解した後にそんなことを夕斗に言った。…のが、さっきの話。考え事でいっぱいになってしまった夕斗は私に呼び出されたその足で家に帰っていった。私といえば、自分で口にしてしまった地雷ワードに一人で頭を抱えて中庭にしゃがみ込んでいる状態だった。
 瑞崎君と話していてうっかり出てきたあの記憶はもう忘れてしまおうと思ったけれど、そんなに都合のいい頭を私はやっぱり持っていないらしい。どうしても思いだしてしまう。正直、さっき夕斗に喋ってしまったことは八つ当たりに近かった。昔の自分に言い聞かせるような、そんな言葉。

 「『死にゆく人の望みって本当にたったひとつ』……『叶えてあげるべき尊いことだと思う』、ね……」

 自分で言ってしまった自分を正当化する言葉に頭を抱える。白い髪が頭の中でちらつく。思いださないようにしていた分、思いだしてしまうとどうしても離れなくなる。

 年の離れた姉は、羽音ちゃんと同じ病気だった。
 病気といっても正式な病名なんてなくて、強いていうなら『劣性能力が原因の何か』って感じだ。私も姉も瑞崎君みたいな何かすごい能力とか、そういうものは見つかっていないけれど街の神様の呪いを引き継いで生まれた忌み子だった。けれど髪の色が違うくらいのことだし、私は花が好きだったからこのまま花を育てられたらそれでよかったから別に大した問題じゃないと小さいころから思ってた。でも、姉はそうではなかった。姉だってなんの能力も見つかっていないはずなのに、姉は何か見えないものに脅かされているようなすさまじいスピードで弱っていった。突然悪い細胞が見つかったとかそんな話が上がってからずっと姉は寝たきりになって、私に出来ることといえば綺麗に育てられた花を切って見せてあげることとか、退屈しないようにその日あったことを話すことくらいだった。
 姉は本当はそんな私のことを迷惑に感じていたかもしれない。鬱陶しいとか、羨ましいとも思われていたかもしれない。だけど心の優しい姉は、幼い私に気を使ってくれていたのか、そんな私にいつも微笑んでくれていた。真っ白な髪につられて肌も白くなっていく姉は、いつか雪みたいに真っ白になって融けていくような儚さがいつもあった。そんな姉を私は美しい人、優しい人だと感じていた。同時に、いつ消えるかわからない存在を慕うことに恐怖も感じていた。

 姉が病に倒れた一年後、とうとうこの街での治療は不可能だと匙を投げられた。延命をするならもう外に行かないとだめだと。両親は毎日、姉をどうするか相談をしていて、私は何も分かっていないそぶりをしながらいつも聞き耳を立てていた。助けたい。なんとかしたい。でもなんとかするためのお金がない。生きていくだけでも限界なのに、それでもそれでも。とか、そんな話だった。両親はそうして「それでも助けたい」という道を選んだ。
 そのあと、若い黒髪のお兄さんがやってきて、私や姉と三十分くらい話がしたいと尋ねてきた。三人でした話は知らない人に話しても差し支えのないないようで、この街をどう思うかとか、好きなものはとかそんなありふれた話だった。お兄さんは帰りがけに両親と何か難しい話をしていて、最後に書類を渡して帰っていった。
 今にして思うとあれは外に行くための検査の一環だったのだろう。そして、姉はそれに気づいていた。だから、お兄さんが帰った後に私にあんな頼みごとをしたのだろう。

 『お父さんとお母さんを説得してほしい』
 『私はこれ以上生きていたくない』
 『苦しい思いをしてまで望まない未来を生きることは辛い』
 
 ゆっくりと静かにお願いされた言葉は衝撃的だったけれど、なんとなく姉の良い分は理解できていた。理解できたからこそなおさらにつらかった。だって、姉の支えに少しでも私はなれているとあの時はそう思っていたのだ。私は姉に生きてほしかった。姉だってそうだと思っていた。でも、姉の望みと私の、家族の望みは間逆のものだった。
 もちろんどうしようもないくらいに悩んだ。でも、姉の命は姉のものだということが最終的に私の選択の決め手となった。幼いなりに考えて、姉が思うことを叶えないといけないということに気が付いた。
 そうして姉と一緒に、お父さんとお母さんを説得した。説得が通った七日後には、姉は白い顔に頬笑みをたたえながらすぐに逝った。ずっとその時を待っていたかのように、姉は唐突に息絶えた。
 
 涙は出なかった。お葬式がひととおり終わったあとも、なぜか実感という実感がまるで一つも湧かなかった。泣けたのは姉の部屋にすべて終わってから行ってみて、布団も何もかもが畳まれているのを見たときだった。どうしようもない虚無感で胸が一杯になって、私は姉の死を悲しむ自分の心を呪った。
 姉は、笑っていたはずなのだ。喜んで死を望んだはずなのだ。
 でも私はどうしようもなく辛くて辛くてたまらない。埋めようのない心の距離だった。もう二度と埋めることのできない悲しみだった。私は何を優先したらいいのかが分からなくなった。

 そういうどうしようも出来ない後悔が、今もずっと続いて終わることを知らないのに。
 瑞崎君に言われたこととか、夕斗に言ってしまったことを思いだしてまた一人で頭を抱えてしまう。なんでこんなに苦しまないといけないんだろう。こんなことなら未来なんて知りたくなかった。何も教えてくれないままに運命に巻き込まれた方がずっと幸せだったのに、どうして私にこんなことを選択させるの?…なんて、どうもしようのない文句を一人で飲み込む。それが彼の優しさだと、なんとなく気が付いていたから恨むに恨めないことがまたひどく胸を痛ませた。



 To Be Continued.

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