Mourn’


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 「…ねぇ、イチ。私ね」

 返事なんてもう返ってこないというのに、それでも私は彼に語りかける。
 暗い世界。一寸先は闇。この先に、一歩足を踏み出したら終わりという場所に立ち尽くす。一番暗い時刻に家を飛び出した。引き留めてくれる人は誰もいない。選んだ場所は通っている学校。本当はにいなちゃんがいなくなった場所で逝ってしまいたかったけれど、小学生がかわいそうだとかいう無駄な良心が働いた。それにこの学校の非常階段の鍵が開いていることは知っていたし、此処が一番死にやすい場所だと確信していた。
 誰にも聞かれることのない遺言を続ける。無駄だと分かっていても聞いてほしかった。聴いてもらっている、というそんな想像を最後まで続けたかった。物語は私を幸せにしてくれる。そんなまやかしを最後まで「希望」として信じていたかった。裏切ってしまったのは私だという矛盾を抱えていたとしても。

 「…私ね、本当は仕返ししたかった。私が受けた痛みを、世界に返してやりたかった。どうして私だけがこんな目にって、いろんなことを吐きだしたかった。どうして私がこんなに美沙お姉ちゃんのことで責められないといけないんだろうとか、どうしてお兄ちゃんは待ってたのに来てくれなかったんだとか、私は凛の願いをかなえるだけの機械じゃないとか、いろいろ言いたいことがあって、叫んで私は私だってことを表明したかった。…もっと、もっと生きて直接何かをしたかったよ。でも何かをする勇気なんて、私にはないんだ。ごめんね、だからみんなに八つ当たりしちゃった。八つ当たりで済むことじゃなかったね、ごめんね」

 「誰か悲しんでくれるかな。お母さんやお父さんは、私を守ればよかったって後悔したりするのかな。少しでも私のことをいつか愛していたなんて思ってくれたりしないかな。慶さんとかどう思ってくれるんだろう。凛とか、もしまだ壊れてなかったら、謝ってくれるのかな。あっちに行ったら…みんな、待っててくれてるのかな」

 結局私は壊すことしかできなかった。
 とんだ愚か者だと思う。
 いったい、私は何のために生きてきたのだろう。
 何も変えることが出来なかった。
 何かをつくることもできなかった。
 仕返しをすることはおろか、声を出して泣き叫ぶこともできなかった。

 「…誰かに愛されたかったなぁ」

 もう二度と叶うことのない最期の願いを吐きだす。叶わないと知っているのは、本当に愛してほしかった人がもうこの世にいないからだった。遠くの空がオレンジ色に染まりはじめている。もう時間だ、ということを空が私に告げた。もう逝くべき時であると。臆するようなことは何もなかった。目を閉じて、スケッチブックを抱きしめたことを感覚で確認して、もう一度私は目を開いた。漆黒が少しずつ橙色に染め上げられていく。私は足を一歩踏み出した。これまで重ねてきた殺戮と何一つ変わらない。
 散り散りになって、呪いを掛けて、狂って、束縛されて、守れなくて、忘却して、声を亡くして、取り落して、落下して、逆らえなくて、追い詰められて、奪われて、受け入れられなくて、割れ落ちて、残らなくて、犠牲になって、取り残されて、傷だけが残って、懇願して、首を絞めて、永遠に咲かせて、嘘に捕らえて、破滅させて、嘘に溺れて、塞いで、夢へ引き込んで、置き去りにさせて、慈悲として、切り落として、殺していった彼らのように、さあ、

 「私を」

 
 



 殺して。





To be continued in Prism'

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