Novels/Crescent Winter
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Merry Xmas
 聖母様、聖母様、私共の子供たちに、どうか、どうか命をお与えくださいませ。
 ああ、光が私に降ってくる

ガラクタ行進曲

 目を覚ますと、視界に入るのは鈍色の空と落ちてくる白いかけら。手を空に向かって伸ばしてみた。その手は、指と指、手の甲をつなぐ球体、色は白いものの所々にヒビが入っている。驚いて、手を下して体を起こした。手を着いたところから金属がぶつかる音がする。周りを見渡すとゴミの山だ。捨てられたのだろう冷蔵庫や、洗濯機などの耐久消費財、缶に割れた瓶、関節があらぬ方向に向いている人形の数々、大きいものから、小さいものまで、多くある。
どうして、今、人形を人形と認識できたのだろうか。どうして、わかったんだろうか。
手をもう一度見てみる。捨てられた人形と同じ手、他にも動くものがあるかもしれないと思って手近にある人形をゆすってみるが反応はない。揺すっていた人形の顔を見る。突然、頭が痛くなる。無理矢理締め付けられるようだ。頭を手で押さえながら倒れて、呻く。ガラガラと缶やら金属やら、他の人形が崩れたような音がしたが気になどしていられない。体を丸めて痛みが過ぎ去るまで待つ。痛みをやり過ごそうと、目をつぶると、映像が流れてくる。
エプロンをつけた15人の人達、赤い幕の向こう側の無数の人々の顔、操られる手足、状態の悪くなった人形をゴミの山に捨てていく3,4人の人、真っ白なドレスを着た女性が一体の人形の額に手を添える。女性の姿が霧のように消えた後に、人形が目を覚ます。
痛みが過ぎ去り、体を起こす。ふらふらとしながら立ち上がる。ひざの関節球が軋む。幸い服も靴も身に着けている。下を向いて顔を見られないように、手をポケットに入れて見られないようにすれば人ではないとは、ばれないだろう。私は人形だ。



 空から降る白いかけらは雪というのだろう。真っ白なドレスを着た女性が私に与えたものは、私という個、必要な知識、ある程度の感覚、というのも見えていて、聞こえていて、触れたものが分るのに、寒さを感じていないからだ。そして、1時間。その1時間で人形工房に行くことが目的のようだ。道順は分かっている、歩いて20分程度の場所にある。私が目覚めてから、自らのことを理解するまでに約5分、確実にたどり着けるだろう。
問題は関節球だ。どうにも動きが悪い。手や腕、首は動くのだが、ひざや足首の関節球がうまく動いてくれない。ゴミ山から出て、ゆっくりと歩きだした。ゴミ山から出ると、大通りに出た。街の木々はイルミネーションを施され、子供を連れた親、手をつないだ恋人同士が楽しげに歩いている。その様子を眺めながら、足を進める。
歩いていくと劇場の前にたどり着いた。小さい劇場だ。今日の演目は「クリスマス・キャロル」だ。人形劇でそれなりに客は入っているようだ。劇場の前では男が一人、ビラ配りをしている。受け取ったビラは演目の大まかな説明と人形のほとんどが新しくなったことが書いてある。受け取った時に袖を伸ばして手を見えないようにしたが、不自然には思われなかっただろうか。少し、興味を持った。ほとんどの人形が新しくなったことが気にかかった。

「少しよろしいですか?」

ビラを畳んでポケットにしまい、やや顔を上げて男に話しかけた。

「はい、なんでございましょう。」

男はこちらの方を向き、にこやかに笑いかけた。

「こちらの人形は全てオーダーメイドなのですか?」
「はい、もちろんでございます。私共の劇場で使っております人形は全てオーダーメイド、一体として同じものはございません。」

にこやかに笑う男は私が劇場の中に入るのを期待しているのだろう。残念だが金は持っていない。

「人形が新しくなったというのはなぜでしょうか?経年劣化ですか?」
「いやぁ、わが劇場は毎年クリスマスに合わせてほとんどの人形を入れ替えるのです。中でも12月24日に完成されて、12月25日に搬入される人形にはマリア様への祈りの言葉が入っているのです。」
「ほとんどというのは、全てではないのですね。」
「はい、先ほど申し上げました、マリア様への祈りの言葉が入っているものは2年間使用します。今年はその人形も入れ替えられるのです。ささ、お気になりましたら中へ、お席が埋まってしまいます。」

まだ、思い出していなかった記憶が蘇ってきた。この男は居た。私をゴミ山へ投げ捨てた3,4人の中に、この男は居たのだ。まずはこの場から立ち去ろうと思い、男の話に少し考えるふりをした。

「今日はやめておきます。また別の機会に。」

そう言って早足で立ち去った。終始にこやかだった男が何やら言っていたが気にしないことにした。歩きながら考える。あの男が言っていることはあっている。定期的に人形を入れ替えるのは特別なことでも、観客を楽しませるためでもない。人形が使い物にならなくなるからだ。碌にメンテナンスせずに酷使すればどんなに出来の良い人形でも動きは悪くなってくる。新しい人形を導入するのはイベント化していて客が入るのだろうが、毎年、毎年、人形の破棄に高い金は払えない。オーダーメイドだからリサイクルにも回せない。その結果がゴミ山行きということだ。
 膝の関節球の軋みが酷くなった。少し休もう。
 街の大通りに面している壁に背中を預ける。息が切れるということはないが関節球の動きがおかしい。早足で歩いたのがひびいたようだ。ため息をついて目を閉じる。頭の中に「残り45分」と出てきた。驚いて目を開くと先程とたいして変わらない風景。なんとまぁ、親切なものだ、残り時間まで示してくれるとは。自分のことを理解するのに5分、立ち話で3分と今の休憩で5分、歩いている時間で2分、残り45分。劇場から離れようと思い、工房と反対方向に来てしまった。ここから歩いて約20分。良かった、まだ時間はある。再び工房に向かって歩き始めた。



膝の状態が悪い。左右で比べると右の方が状態は悪いようだ。下を向いて右足をやや引きずりながら歩く。これは20分ではつかないだろう。早足で歩いてから、顔に違和感を感じ始めた。店の窓を少し見る。左の眉の上から目じりにかけてと、左寄りの顎のラインで微かにだがひびが入っていた。ゴミ山に投げ捨てた時か、それ以前に強い衝撃で傷が入っていた部分に歩くことの振動がひびき小さな傷がヒビに変わっていったのだろう。
先程まで歩いて分かったことは、下を向いて歩くにしても限界があるということだ。全く人と顔を合わせないで歩くことはまず不可能だろう。子どもが多くいる時点で、下から見上げられる可能性が高い。困ったと思いながらも歩みを止めるわけにはいかない。歩き始めて10分経ったが、工房までの距離は1/3縮まった位だ。あと2/3、今のペースで歩き続けたとして20分、残り35分だ。

 顔を手で押さえながら歩く。ようやく2/3地点まで来たかと思えば、顔の破片がボロボロと落ち始めた。一か所剥離してしまえば、被害は周囲へと広がっていく。顔を抑えるために左手はポケットから外に出している。足も右をかばって歩いていたから左に負担が言ってしまい、左の足首の動きが悪くなっている。右足をかばって歩くのは限界かもしれないと思っていると、前方に小さな工房が見えた。つりさげられている看板には「Puppet Studio ~the Virgin Mary~」と書いてある。ようやくたどり着いた。目の前には重そうな扉がある。扉を叩く前に目を閉じる。「残り10分」ここまでたどり着くのに50分もかかったのか、そう思った。人心地ついて扉を叩いた。



 目の前には湯気をかげている紅茶がある。顔の割れにはニスのような液体を塗った貰い固定してもらった。足の関節には油をさしてもらった。
 扉を叩いた後、少しして扉が開けられた。顔を出したおじさんは関節球を担当した人だった。

「どちら様ですか?」

と言われて、顔を抑えていた手を下した。

「只今、戻りました。」

と笑って行ってみた。その拍子に顔の破片がいくつか落ちてしまった。おじさんは驚いたが、笑って

「おかえり」

と言って工房の中に入れてくれた。それから、休憩していた人も作業していた人も、全員集まって15人、次々に「おかえり」「おかえりなさい」と言ってくれた。「ただいま」と返そうとした時に

「先に固定しなくちゃ、あと足の状態が悪いみたいね」

と椅子に座らされた。私に触れる手は暖かい。
 出してもらった紅茶を飲み一息。事務を一任している人が向かいに座って静かな、穏やかな声で話をしてくれた。他の人は今日完成させなければならない作品があるから作業に戻っている。

「この工房は毎年1体、12月24日に完成させる人形がある。その人形の左胸、そうだな人間の心臓のあたりか、その部分に願いの言葉を入れるんだ。我々が思う、人形にこうなって欲しいと思う内容なんだ。」
「祈りの言葉ではないのですか?」
「うん、願いの言葉だとね、他の工房とか取引相手に嫌な顔をされるからね。体面上、祈りの言葉にしてるんだ。」

驚いた、祈りの言葉ではなく願いの言葉だったとは。少し、目を瞑る「残り2分」、あと2分しか残っていないのか。いくつかの資料が目の前に広げられる。

「記録を確認してきたんだ。君は2年前の今日完成された『Merkel』、おかえりメルケル、君はこの工房に帰ってきた3人目の子だよ。君の名前が見つかってよかった。」
「私の名前を探してくれたのですか、ありがとうございます。すごくうれしいです。」
「自分の子を名前で呼ばない親はいないと思う、それだけだよ。」

目の前にいる人も、作業している人も皆笑ってる。うれしいな

「うれしいです。」
目を瞑る 「残り30秒」

笑って言いたいことがあるんだ。一番伝えたいことがあるんだ。

「ありがとうございました。」

皆の代表のように頭をなでてくれる人

「どういたしまして」

髪をくしゃくしゃにする手がとても暖かくて、気持ちがいいんだ。

うれしい、うれしい、ありがとう、ありがとう

「残り0秒 終了します。」
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