Novels/Crescent Winter
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MerryXmas
 ケーキとワインを並べたテーブルの上でキャンドルを灯す。部屋の明かりを消すとキャンドルの暖かな明かりが狭い範囲を照らす。今日はクリスマス。恋人達や家族が思い思いに幸福を感じる日。そんな日に暗い部屋で一人ため息。
 嫌になっちゃうわ、本当に。
 もう一つため息、椅子の背もたれに体重を預ければ、耳障りな軋む音。いつもは付けっぱなしにしているテレビも今日はお休み。1人が嫌でテレビを付けても、どこもかしこもクリスマス特集で余計に虚しさが大きくなった。早々に消してリモコンはベッドの上に投げてしまった。
中身の入ったワイングラスを中身の入っていないワイングラスに軽くぶつけて、乾杯。ワインを行儀悪く煽れば口の中に広がるアルコールと不快ではない苦み。いっそこのボトル全部開けてしまおうかしら?シャンパンも冷蔵庫の中で控えていることだし。不貞腐れながら、2杯目、3杯目。4杯目を注いだところで全然酔えていない。ワイン瓶を八つ当たりに強く机に置く。
 恋人が忙しいこと位分かっていたし、優しいから同僚のパパさん方のお願いを断れずにお仕事代わってあげちゃうことも分かってた。それでも、2か月前から取り付けてた約束位は守ってほしかった。
「登のばーか! なに人様の家のことばっか考えてんのよー!!アンタの恋人は私でしょー!!!」
 一人暮らしの部屋の中で叫んでも、返事をしてくれる人はいない。もしかしたら、お隣さんには聞こえたのかもしれないけど。
 言葉にすればするほど空しくなってくる。30分前の電話で「しょうがない」と言ってしまった私が悪いのだろう。きっと、電話口で何が何でも来いと言えば、優しくてどうしようもない登は謝りながら家に来たんだろうな。あまり不平を並べるもの良くないんだろう。登は焦りながら、せっせとパソコンに向かって仕事をしているんだろうから。私だけが辛いわけじゃないんだから。でも、できれば、今日中には帰ってきて欲しいな。今日中と言わなくても、明日の日が昇る前には帰ってきて欲しいな。
 キャンドルの火を見つめながら考えていると、瞼が重くなってくる。ワインを煽ったからアルコールが回ったのかもしれない。情けないなぁ、ほんと。
 ゆっくりと、ゆっくりと瞼が落ちる。ゆらりゆらりとキャンドルの火が揺らめいているのが見えた。

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 職場で仕事をしている自分がいる。パソコンと睨めっこしながら書類を作ってる。しかし、我ながら眉間の皺が酷いわ、こりゃ後輩達から怖がられるわけだ。
 場面が変わって、上司と話している自分の姿。確か、休日の申請したときのかな。
「いやね、クリスマスってご家庭ある人を優先的に休ませたいわけよ。大崎さん、恋人いないでしょ? だったら、仕事してくれても良いんじゃないかなって思うんだよね。クリスマスは皆休みたがるから手が回らないのよ」
「ご家庭のある方に優先して休んでいただきたいのは私も同意しますが、私にも予定がありまして。私に恋人がいるかどうかをどのように判断したのかは分かりかねますが、私にも恋人おります。さらに言わせていただきますと、去年も一昨年も一昨々年もクリスマス、大晦日、三が日全て出勤しております。なぜ私だけが、年末休めないのでしょうか? それこそ不公平かと思いますが?」
 なるほど、これは夢か。自分が仕事している時の姿を見ながら、面白く眺める。結局、今日も丸1日は休めなくて、午後休にしてもらったんだよね。第3者視点で自分を見ると、主に人間関係の問題点が良く分かる。自分に毎日挨拶してくれる後輩ちゃんに対する自分の顔が怖すぎる……ごめんね、改善するね。挨拶するだけで怖いね。
 次の場面に移ると、クリスマスに浮かれている街中を歩いている自分。イルミネーションを睨みつけるように見ている。……うん、基本、目つきが悪すぎる。足早に歩きながら、イルミネーションを見ながら仲良く歩いているカップルを羨まし気に見てる。お互い社会人だし、世間が盛り上がるときは商戦時だし、繁忙期だけど、デート位、好きな時にしたいって思ってしまう。我儘なか? でも登はもっと我儘言っていいんだって言ってくれるから。年々、欲深になっていく。
「良いなぁ、私だってベタなデートしたい」
 私だって、ベタなデートして、ベタで恰好悪いプロポーズされたい。「女の子」として見られるのは死ぬほど嫌いなのに、「キャリアウーマン」として仕事だけに生きることもしたくない。1人の人間として、家庭を持って幸せになりたい。
 色々と考えていると、思考が悪い方に悪い方に偏っていく。いけない、いけない。思考を切り替えようと目を閉じる。すると、ゆっくり眠くなってくる。おかしいな、夢の中なのに眠くなることもあるのね。

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「お…………て、......き…….て」
 途切れ途切れに、声が聞こえる。少し高くて、上ずったような声。登、風邪でも引いたのかな? 風邪薬、どれ位残ってたっけ?
 体を揺すられてる。あー、部屋の電気全部消してたんだっけ。今、起きるからちょっと待って。今起きるから……
「起きてってば! ほら、起きて!」
 一際大きな声で起こされた。びっくりして目を開けると、目の大きな子供が3人いる。
 うわっ!と声を出して、飛び起きた。飛び起きて、見えた景色は、白。今まで横たわっていたらしい地面には白い花が所狭しと咲いている。そして、空から雪が降ってくる。でも寒くない。どちらかといえば、暖かい位だ。びっくりしてしまって言葉が出てこないでいると、私を起こしてくれた子供達が話し出した。
「そんなに驚かないでよ、僕達がびっくりしちゃうじゃない」
「そーよ、そーよ、びっくりしちゃって転んじゃったわ」
「急に起き上がるから、花びらが少し散っちゃったじゃないか」
 そう言いながら、フリルのたっぷり付いた袖を上下に振る。歳は6歳位だろうか、水色、桃色、薄緑色の服をそれぞれ着て、私の周りに立っている。
 ごめんと謝ると、可愛らしく笑いながら、良いのよ、それじゃあ行きましょう、みんな待っているよ、と口にする。そして、急ぐように私の腕を引っ張る。
「待って、待って、今立つからちょっと待って」
 慌てて立ち上がろうと地面に手をつく。そこで、白だと思っていた花が銀色ががって光っていることに気付いた。
「珍しいお花ね。光っているお花なんて初めて見たわ」
「お姉さん、何を言っているの? お花なんていつも光ってるわ」
「でも、お姉さんは外から来たから見たことないかも」
「もしかしたら、ユキのことも知らないかもね」
 子供達の様子から、これは夢の続きなのだと分かった。それだったら、光る花も暖かい雪も納得ができる。子供達がわちゃわちゃとおしゃべりを始めた。袖を振りながら話している姿を見ていると可愛いなぁを思って少し笑ってしまう。
 すると、桃色の服を着た、おそらく女の子が、あっ、夢だと思ってるでしょ! と言って頬を掴んできた。ちっちゃい手でむにっと掴まれる。よく電車の中で赤ちゃんに頬を掴まれているお母さんがいるけど、こんな感じなのかなと悠長に構えているとあまりの痛さに、声を上げてしまった。
「あっ、ごめんなさい。力入れすぎちゃった」
「あっ、赤くなってる」
「あっ、お姉さんちょっと涙目」
「うん、もうちょっと優しくしてくれたら嬉しかったかな……」
 頬を摩りながら、立ち上がる。思いの他、痛かった。痛かった……あれ、痛かった?
「えっ、夢じゃない!?」
 声を上げて驚く私に子供達は、にやりを笑って、
「「「夢じゃないよ、本当だよ! ようこそ、クリスマスカウプンキへ」」」

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子供達に手を引かれるままに、花の中を歩くと、街が見えてきた。街に近寄ると、街の出入り口に空港にあるような、入国審査を行っているような場所がある。門があって、その周りに小さい人影が走っている。建物全体を見てみると、よく世界遺産にある城塞のように見える。でもそこまで大きいものじゃない。建物の先には、高層ビルが見え隠れする。
建物に目を奪われていると、水色の服を着た子があっ、そうだ、と言った。
「そうだ、お姉さんの名前教えて」
「名前分からないと入れてくれないかも」
「僕達で手続きできるけど、名前は必要かも」
 街の出入り口となる門も前に着くと、そう訊かれた。門の部分には、私をここまで連れてきてくれた子供達と同じくらいに見える子供が書類に羽ペンで何か書いている。書類を運んでいる人も小さい子供だ。大人はいないんだろうかと首を傾げつつ、質問に答える。
「『おおさき りんご』だよ。えっと、漢字って教えた方が良いかな?」
「うーん、どうだろう?」
「今まで必要だったっけ?」
「今、訊いてくるからちょっと待ってて、必要だっかかも?」
 門の中に入ると、薄緑の服の子が漢字も必要かどうかを訊きに先に行ってしまった。門の中は、外よりも暖かく、オレンジ色の明かりだ。ランプを見てみると、太陽を模したようなものを何かの花を模したものをある。可愛いなぁと思って、眺めていると。水色の服を着た子が飲み物を持ってきてくれた。
「あっ、ありがとう」
「お姉さん、ランプ好き?」
「門のランプはこんなだけど、街に入ればもっと色々なランプがあるよ」
 受け取った飲み物の中身は暖かいココア、一口飲むと体の芯から温まるように感じる。もう少しかかるかな? 今日は混むからね、しょうがないね。と隣に座っている子供達は話している。
「今日は混むって、何かあるの?」
「えっ、だって今日はクリスマスなんだよ」
「クリスマスだから、いつもより人が多くなるんだよ」
「街に来る人が一番増える日だから、みんな忙しくしているんだよ」
 クリスマスだからいつもより人が増えるのかと何となく納得すると、たった今、帰ってきた薄緑の服の子が説明を追加してくれる。
 一緒に居た2人は、お帰りーと声をかけている。
「ただいまー、あのね、漢字もいるみたい、向こうの窓口が空いてるからそこで書類書いて欲しいって」
 子供達に連れられるままに移動すると、白に金糸で刺繍された服を着ている子が窓口に居た。
「お疲れ様です、待っていただきありがとうございます。今回は入国書への作成となりますので、こちらの書類にお名前の記入をお願いします」
 渡された書類にざっと目を通して、名前を書く。うん、書類には変なことは書いてなかった。この入国書では、観光まではできるけど、永住と就労はできないこと、滞在は最大3か月であることだ。
 名前を記入し、窓口の子に書類を返す。
「大崎 倫子さんですね。『りんこ』ではなく、『りんご』でお間違えないですね?」
 名前の間違いがないかの確認をした後、入国書の記入漏れがないかの確認、注意事項の確認を受ける。うちの上司よりもしっかりしてるわね。
「はい、入国書の方に問題はないようなので、入国証を発行しました。ご確認をお願いします。あと、こちらのキャンドルをお持ち歩きくださいね」
 窓口で入国証とキャンドルランプを渡される。入国証はクリスマスカードのように2つ折りにされていて、内側には私の名前と性別が書かれている。
 入国証を見ていると、何となく不安な気持ちになってきた。頭のどこかで違う違うと駄々をこねているような感覚。ぼんやりと、少しづつ浸食してくる靄をはっきりと知覚したような。キャンドルの火が私の気持ちに呼応するように揺らめいている。ぼんやりと、帰らなきゃって思ってくる。夢から醒めなきゃ、早くしないと帰れなくなるよと後ろから囁かれているような気分。
「お姉さん! 早く早く」
「手続き終わったんなら、早く行こうよ!」
「今度は、正式にようこそだよ! 僕達の街、クリスマスカウプンキ!」

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 手を引かれるまま、門の中から出ると、そこはクリスマス一色の街並み。イルミネーションに彩られた公園の木々。大きなモミの木の頂点には星の飾り、甘い香りと美味しそうなご飯の匂い。
 子供達は、どこから行こうか? 何から見せようか? 何を食べてもらおうか? と作戦会議をしている。その様子が微笑ましくて、口角が上がってしまう。お話を聞いていると、最終的に近いところから順に回ることになったみたいだ。
 そこで、私は致命的な失敗をしたことに気付いた。お金を持っていない。この街のだけでなく、日本円も持ってきていない。マズい、このままだとマズい。一応、質問はしておかないといけないかな?
「ねぇねぇ、私、この街のお金持ってないけど、お会計はどうするの?」
「あっ、説明してなかったね」
「キャンドルもっているよね」
「それがお金の代わり。この国に住むって決めたら、別にお金が必要になるけど、今は入国だけだから、キャンドル見せるだけで大丈夫だよ」
 子供達の説明を聴き、なんだか心配になってきた。この街というか、国の経済はどうなっているんだろう。クリスマスだから人が増えているってことは、今日、出ていく商品も多いというわけで、売られた商品と収入が合わなくなるのでは……
「りんごさん、怖い顔になってる!」
「難しいこと考えている顔になってる!」
「りんごさんは楽しむために来たんだよ!」
 そのまま、手を引かれて街に繰り出した。キラキラした街、すれ違う人は皆、笑って幸せそうだ。色々なランプに、美味しそうなお菓子、暖かい飲み物。ああ、幸せだな
 子供達はりんごさん、りんごさんと名前を呼んでくれて、手を引いてくれる。名前で呼ばれたのって友達とか以外では久々かも。そこまで多くない苗字だから、大抵は苗字呼びだし、会社の中で、名前で呼んでくるのは友達か、変な気を起こしてる奴ばっかりだし。なんだろう、名前を呼ばれただけで楽しいって感じてしまうな。
「りんごさん!次、どこ行く?」
 子供達に呼ばれて返事をしようとしたとき、小さな声で『りんご』と呼ばれた気がした。後ろを振り返ってみても知り合いのような人はいない。
「りんごさん? どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。次はどこに行こうか? おすすめはどこ?」
「あのね、向こうにね美味しいサーモンスープのお店があるの!」
 子供達に連れられて、街の中を進む。そこで気付いた。皆、幸せそうな顔をしているけど、全員1人だ。2人で行動している人はいない。中には、まるで隣に知り合いがいるかのように独り言を言いながら歩いている人もいる。
 キャンドルを見ていた時に感じた、違和感。違うという感覚。自覚した瞬間に、違和感が気味の悪さに変化する。
「ねぇ、この街の人は皆、笑顔なのね」
 子供達と一緒に歩いていた足を止めて言う。子供達は振り向いて、笑顔で答えてくれる。
「うん、そうだよ。この国では皆幸せなんだ」
「皆、好きなお仕事をしているんだよ」
「皆、好きなことを好きなようにできるんだよ」
「素敵な街ね」
 けれど、違和感だけが肥大していく。都合の良すぎる世界はある種の悪夢だ。そこに退化や衰退はあっても、進化や発展はない。
『りんご』とまた私を呼ぶ声がする。次ははっきりと聞こえた、大好きな声。
ふわふわと暖かいユキが降る。けれど、そのユキはけして積もらずに消える。この街は理想だ。好きなことができて、幸せに暮らす。例えそれが虚像だとしても、この国で暮らすことを選べば、きっと幸せだ。
「この国では、皆幸せなんだよ」
「誰かが凍えて苦しむこともない」
「誰かが怖い思いをすることもない」
「だからね、りんごさん」
「この国で一緒に暮らそうよ」
「恋人さんもすぐに会えるよ」
 手元にあるキャンドルの火の揺らめきが大きくなる。子供達の目が不安気に変わる。まるで、お母さんとはぐれて、壁際に居る子供みたい。
 子供達から少し離れた所を見れば、登の姿がある。でも、この登は、私の登じゃない。
 『りんご、起きて、ただいま』より強く声が聞こえる。キャンドルの炎はさらに揺らめいて、子供達の目には不安、焦燥、困惑が見て取れる。
「ごめんね、私は私の思い通りになる登が好きなんじゃないの、優しくって貧乏くじを引いて、私に謝りながら沢山の人から愛される登が好きなの」
 子供達の目に涙が浮かぶ。ごめんね、と小さく呟いて最後の言葉を言う。
「だから、この国に私の幸せはないの」
 言い切った瞬間、世界が崩れる。街もユキも花さえも、子供達の目は悲しみに染まっている。ごめんね、大人って我儘で、自分勝手で、人の好意さえもふいにしてしまう、ダメな生き物なんだ。
 目の前が白くなり、キャンドルの火は静かに消えていく。真っ白の世界、そして暗転。

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「りんご、りんご、起きて」
 体を揺すられている、ゆっくり瞼を開けると登の顔がある。
「……おかえり、遅かったのね」
「ただいま、待っててくれてありがとう。ケーキ買って来たんだ。明日の朝にでも食べようか」
 ぽやぽやした笑顔を浮かべながら、有名なケーキ店の袋を見せる。私が一番好きなお店の袋。でも、まだ眠くてぼんやりとしか頭が動かない。
「うん、冷蔵庫に……」
「まだ、寝ぼけてるね? 冷蔵庫の中に入れておくよ」
「よろしく」
 笑いながら、台所に向かっていく。あとでベッドまで運んでもらえばいいかと思って、そのまま机に突っ伏した。うつらうつらしていると、登に頭を撫でられているみたい。何となく心地よくて、そのまま眠りに入った。だから、登の言葉はほとんど聞き取れなかったけど、最後の、ありがとう、だけは聞き取れた。

「……君こそおかえり、帰ってきてくれてありがとう」
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