イヤミのレンタル彼女 リターンズ


「そこのお嬢さん、今時間あるザンスか?少し質問したいことがあるんザンスが」
「はい?」
 赤塚大学に向かう途中、駅前の広場で変なアンケートの人に捕まった。声をかけられて思わず振り返ってしまったのが運の尽き。「お時間は取らせないザンス」とあれよあれよという間に押されて、噴水近くのベンチに座らせられてしまった。
 講義まで時間は少しあるけど、なんだか怪しい感じで、今すぐ逃げたい……。
 紫の派手なスーツを来た、出っ歯と語尾が特徴的な人は、バインダーを構えて色々と質問を投げかけてくる。

「えー、ちょっとした市場調査なんザンスが、お嬢さんは学生ザンスか?」
「あ、はい……大学に通ってます」
「なるほど。何かアルバイトは?」
「飲食店のホールを……」
「シフトは週何回で?」
「週3〜週5くらいですかね……?」
「ほうほう。なかなか忙しいザンスね……」
 頷きながらメモを取っている出っ歯さん。何のアンケートなのか、質問されてもよく分からない。わたしってこんなふうに押しが強いひとをいつも上手く断れなくて、困っちゃうことがたびたびある。
「チミ、他のアルバイトに興味はあるザンスか?短時間で高額収入を期待できる、美味し〜いバイトザンスよ!」
「あっ、これスカウトですか……!?」
 昼間からスカウトってあるんだ!夜の世界には踏み込むつもりはない。やっぱり怪しい人だった……!
 警戒心を顕にしたわたしに、出っ歯さんは両手でまあまあと宥めるようにニッコリと笑った。
「誤解しないでチョーよ。たしかにバイトの紹介ザンスが、無理に勧めるつもりはないザンショ。ただ話も聞かずに断るのは勿体ないザンスよ?これは怪しくもなんともない、危険も一切ない昼間のバイトザンスからねぇ」
「あ、夜系とか、変な撮影とかじゃないんですか……?」
「もちろんザンス!場所も密室は避け、チミのペースで出来るお仕事ザンスよ。ざっくり言えば接客に分類されるザンス」
「……??」
「時給はなんと3000円!チミの働きによってはプラスアルファで収入がさらに跳ね上がるザンス!もちろん雇用主はミーザンスから、福利厚生がない代わりに、手取りはそのままチミのものザンス」
「3000円!?」

 正直、その値段に惹かれるものはあるけれど、世の中そんなに美味しい話には裏があると思う。
 ジリジリと出っ歯さんから距離を取るようにして、わたしは仰け反った。
「あの、わたし大学に行かなきゃなので……」
「まぁまぁ落ち着いてチョ。チミはレンタル彼女って知ってるザンスか?」
「レンタル彼女……聞いたことはあるかも……」
 映画とかにもなってる、最近聞くようになったビジネスだよね。それを題材にしたマンガが好きで集めてるから、ちょっとソワッとしてしまった。
「知ってるなら話は早いザンス。実はミーは彼女代行サービスを立ち上げようとしてるザンス。でも成功するかも分からないのにいきなり大人数は雇えないザンショ?それで今、試験的にバイトとして手伝ってくれる女の子を探しているザンス」
「なるほど……」
 少し……気になる……。雪ちゃんが好きで、やってみようかなって思ったこともあったから。
 でも、赤塚には知り合いがたくさんいるから、色々な人とデートするところを見られるのは噂になってしまう。
 正直にそう伝えると、出っ歯さんは「それなら問題ないザンス!」と前のめりになった。

「実は既に顧客になりそうな相手はピックアップしてるザンス」
「相手?」

 出っ歯さんが言うには、なんと相手は六つ子らしい。前にもレンタル彼女を利用しているから、ルールも分かっているし、六つ子だから他の人にバレる心配もない。彼氏と思われるのが嫌なら、普通にスキンシップせずにお友達のように過ごすだけでもいい、と聞いて少し心が揺れ動いた。
 それを見抜いたのか出っ歯さんが怒涛のように畳み掛けてきて、結局なんやかんやで、レンタル彼女のアルバイトに協力することになってしまった。

「これミーの連絡先ザンス。空いてる日を教えてチョ」

 彼はそう言い残して、名刺を押し付けると嵐みたいに去ってしまった。
 出っ歯さんはイヤミさんって言うのか……。
 うーん、でも嫌になったらすぐに辞めていいって言ってたし、普段出来ない経験をしてみるのもいいのかなぁ……。

*

 1週間後、わたしはイヤミさんに指示された場所へと向かっていた。あ、イヤミさんじゃなくて「オーナー」って呼ぶように言われていたんだった。
 大学の講義が午前中だけで、バイトも入れていないのでお昼ご飯を食べて、地図アプリを見ながら辿り着いたのは小さなビルの間に挟まれた一軒家だった。表札に「松野」と書かれている。

 呼び鈴を鳴らすと、しばらくしてピンク色のパーカーを来た、眠そうな表情の青年が気だるい仕草でドアを開けてくれる。
「はぁい……どちら様……っ?!ちょっ、ちょっと待ってくださいね!」
 バタンッ、とドアを閉められ、少しして顔を出してくれた青年は、表情がシャッキリとして寝癖もなくなっていた。
「えっと、うちに何かご用件ですか?まさか兄さん達の知り合い……なわけないから、母さんのお知り合いとか?」
「いえ、彼女代行サービスのご利用でお伺いしました。オーナーから指示があって、このお宅に伺えと……」
「彼女代行サービス?」
「えっと、レンタル彼女ってご存知でしょうか?」
「はぁっ!?レンタル彼女!?」
「あ、はい……」
「いつの間にそんな……すみません、ちょっと確認して来るので玄関で待っててくださいね」

 青年はバタバタ駆けて行ってしまった。人様の玄関で取り残されて少し居心地が悪い。
 六つ子らしいから誰が指名してくれたのか、あのピンクさんは分からないよね。イヤミさんにはただ行けとしか指示されてなかったんだけど、名前を聞いておけばよかった。
 何やら奥から怒鳴り声とかが聞こえて、しばらくして何故か六つ子のみなさんがゾロゾロと玄関にやってきた。同じ顔が6個も並んでいて少し圧倒される。

「レンタル彼女の人?」
「は、はい」
「へえ〜、めっちゃ可愛いね!でもさー、俺たち誰もレンタル彼女とか頼んでないはずなんだけど」
「えっ?」
 赤いパーカーの人に言われて素っ頓狂な声を上げてしまった。どういうことだろう……。場所間違えてきちゃったのかもしれない。でも、オーナーは最初の説明の時、六つ子って言ってたし……。
「すみません、確認して参りますので少々お待ちください」
 6人に断って、外に出てオーナーに電話をかける。

「もしもし?なんザンスか?」
「あっ、オーナー!松野さんのお宅に伺ったのですが、誰もレンタルしていないとのことで、何か手違いなどあったのではないかと……」
「ああ、そのことザンスか。それはチミが営業をかけるザンス」
「えっ?」
「あの童貞ニートのことだから、女にちょっと押されればすぐにレンタルすると必ず言い出すザンス。前と同じ手はおそらく通らないザンスからね。チミの手腕に任せるザンス」
「え、いや、え?わたしが彼らにわたしをレンタルしてもらうように営業するってことですか?」
「そう言ってるザンショ。料金設定はメールでさっき送っといたザンス。しっかり搾り取ってやってチョ」
「あ、ちょっ……。き、切れた……」
 無機質なプーッ、プーッという電子音を響かせる携帯片手に、わたしは呆然としてしまった。何それ。こんなのもバイトに入ってるの?てか、押し売りみたいにならないのかな……。レンタル彼女も初めての上、営業なんてしたことないのに、ほんとに困る……。

 仕方なく玄関に戻って、「どうでしたか?」と尋ねる緑色のパーカーの人に眉を下げて事情を説明した。
「実は、えー……手違いだったみたいで。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「住所違いとかですか?」
「いえ、その……デートの予定もなくなってしまったというか……」
 なんと説明すればいいのか困ってしまって、少し口ごもる。
「うわ、ドタキャンされたってこと?ついてないねー」
「君すっごく可愛いのに!もったいないなぁ」
「あ、ありがとうございます……」
 ナチュラルにピンクさんに褒められてはにかむと、六つ子がまったく同じ顔でぽっと頬を染めた。

「レンタル彼女ねー。前に使ったことあるけど、お姉さんは慣れてんの?」
「あ、わたし始めたばかりで……今日が初めてのデートだったんです」
「は、初めて!?」
 6人は突然目を見開いて叫んだ。圧倒されてわたしは無言でこくんと頷く。
「初めて……」
「初めてのデート……」
「えー、僕少し気になってきた……。料金っていくらなの?」
「え!あ、えと、1時間3000円です」
「前よりは高いけど、相場ってそれくらいだよね。今月バイト代入って余裕あるし、それなら僕がデートお願いしちゃおっかな」
「ほんとですか!?」
「ひょ」

 ピンクさんの言葉が嬉しくて、思わず感情のまま手をギュッと握ると、彼はヒヨコみたいな顔で固まって一気に赤くなった。わ、ウブ……。
「トド松テメー!何抜け駆けしてんだよ!」
「そうだよトッティ。つか痛い目見たのにまだレンタル彼女なんて使うつもり」
「ブラザー、残念だが彼女はカラ松ガールだ。俺を見つめる熱い視線が、俺への愛を語ってい……グハッ!?」
「クソ松はスルーして、トド松よく考えなよ。僕らレンタル彼女にはいい思い出ないんだから」
「僕もデートしたい!あはー」
 6人が話し始めると、同じ顔も相まって誰が何を言っているのかごちゃごちゃして分からなくなる。でも、彼らがレンタル彼女にいい思いを抱いていないことは分かって、わたしは帰りたくなった。ここで営業かけるなんてやっぱりむりだよ……。
「もー、兄さん達この子の前でお仕事ディスるなんてデリカシーなさすぎ!ごめんね?でも僕は他の奴らと違うから。君みたいな可愛い子とたった3000円でデート出来るならぜんぜん大歓迎」
「ありがとうございます、えっと、トド松さん?」
「うん、トド松だよ。君の名前を聞いてもいい?」
「刹那です。あの、ほんとうにわたしをトド松さんの彼女にしてもらえるんですか……?」
 申し訳なさと期待で恐る恐るトド松さんを見つめる。彼は一瞬固まって、物凄い勢いで首を縦に振りまくった。首が取れちゃいそうだ。

「も、もちろんだよ!あ、えと、デートって今からで大丈夫!?」
「はい」
「すぐ準備してくるからちょっとだけ待ってて!」
 返事をする前にトド松さんはバビュンといなくなった。

「はー!?ずりぃ、トッティだけ!」
「出た出た末っ子のあざとさ……うまくやるよね……」
「僕は別に興味無いけど、目の前でデートの約束見せつけられると殺したくなるな」
「次僕!僕がいい!」
「いーや、俺だろ、なぁカラ松ガール?」
 青いパーカーの人が流し目をしながら微笑んできたので、もしかして話しかけられているのかと驚いて、小首を傾げた。
「カラ松ガール?」
「うわわわ気にしないでください!初対面の女の子に変なこと言うなよお前!」
「フッ、シャイなキティだ……」

 5分程してトド松さんがまたバビュンと戻ってきた。
「刹那ちゃん、待たせてごめんね。それじゃあさっそく行こっか」
「はい、よろしくお願いします。トド松さんオシャレですね」
「そう?トレンドはチェックしてるから嬉しいな。刹那ちゃんもそのワンピース凄く似合ってるよ」
 パフスリーブの水色のワンピースを褒められて笑顔を返す。5人に頭を下げて、わたしとトド松さんは玄関を出た。デート出来ることになってほんとうに良かった。わたしは何もしてないけど、トド松さんがいい人でとっても運がいい。

 それにしても、レンタル彼女って何をすればいいんだろう。彼女になりきって、楽しくデートするだけでいいのかな。
 少し考えて、隣を歩くトド松さんをチラッと見つめると、彼は直ぐに気づいて「どうしたの?」と声をかけてくれた。
「トド松さんの彼女になれたから……その、良かったらタメで話してもいいですか?」
「うん!むしろ僕がお願いしたいと思ってたんだ!それから、良かったらあだ名で呼んで欲しいなーって」
「あだ名?どんな?」
「トッティって呼ばれてるんだ、僕。刹那ちゃんにも呼んで欲しいな」
「分かった、トッティ」
 微笑んで、その流れで彼の手のひらをキュッと掴むと、トッティは「わ」と小さく呟いて眉をへにょんと下げた。
 嫌がってはない、よね。
「今日は楽しいデートにしようね、トッティ」
「う、うん、刹那ちゃん」

*

「どこにいく?」
「うーん、カフェとかショッピングはどうかな。僕いいお店知ってるんだ」
「ほんと?どっちも大好き」
「良かった〜。じゃあまずは駅の方でお店見て回ろっか」

 手を繋いで歩きながら、たわいもない雑談をする。空が綺麗だねとか、通り過ぎた猫がかわいいとか、咲いてる花がいい匂いだとか当たり障りのない話題でもトッティがうまく弾ませてくれるからすごく話しやすい。
 会話しながらわたしは機を伺っていた。
 この彼女代行サービス、デート料は良心的だけど、オプションが色々細かく設定されているみたいだから、最初に説明した方がいいよね。
 でもお金の話をすると、せっかく打ち解けてきた空気が白けてしまいそうでなかなか言い出せない。

 会話が途切れたタイミングで、わたしはちょっと勇気をだして「トッティ……」と手に力を込めた。
「な、なあに?」
「あのね、デートの他にオプション料金があって余計にお金かかっちゃうから、最初に言っておこうと思って……。これなんだけど」
 携帯にオーナーから送られてきたメールを開いて画面を見せる。トッティが屈んで画面を覗き込むので、髪が触れるほど近い距離になった。トッティはあんまり気にしていないようだから、わたしも気にせず画面をスクロールして説明する。

 手繋ぎや腕組み、写真などの一般的なものの他に、胸チラ見料とか優越感料とかおかしなものが多々混じっている。しかも、かなり高額。
 これでも随分低くなっている方だった。ハグなんて最初60万円もしたからオーナーに猛抗議して、かなり額を引き下げてもらったのだ。ハグなんて別にそこまでお金をとるほどのことじゃないのに怖すぎる。仲良くなったらキスまでなら大丈夫って言ったら、キス代は100万円になった。これは一切の値段交渉に応じて貰えなかった。うーん、バカなのかな……。こんなのにお金払う人なんていないと思うけど。
「説明する前に手を繋いじゃってごめんね。お金が厳しそうだったら、手を離すから今までの分はサービスでいいよ」
「このくらいならぜんぜん大丈夫だよ!でも、サービスしてくれるなんて刹那ちゃんって優しいんだね」
「優しくないよ。トッティはわたしの初めての彼氏だから、特別」
「はわ……」
 ちょっとあざといことを言ってみたら、トッティは真っ赤になって唇をキュッと引き結んだ。これ、照れてる顔なのかな。
 普通に話せるし、普通にオシャレだから女の子慣れしているかなって思ったけど、意外とそうでもないのかもしれない。
 ふと、トッティの手のひらが湿っているのに気付いた。わたしは手汗をかかないタイプだから、多分トッティの汗だ。ニコニコお話してくれながらも、ずっと緊張していたのかも、と思うとなんだかすごく可愛く感じて「ふふ」と笑みが零れる。
「ん?何かあった?」
「ううん、トッティと一緒にいるの楽しいなあって」
「……僕もすごく楽しいよ!」
「なら一緒だね。ふふ」

 秋服まだ買ってないから見たいな。そう言うと、駅ナカのモールでお買い物に付き合ってくれることになった。
「女の子のショッピングって長いけど、トッティこんなデートで大丈夫?」
 不安と申し訳なさから訪ねると、トッティはキョトンとしてニッコリと破顔した。
「何で?楽しいに決まってるよ!ただでさえ可愛い刹那ちゃんがもっと可愛くなるお手伝いが出来るんだもん」
「トッティ……」
 わ〜……なんか、恥ずかしいことをさらっと言う人だな。肩がほっと軽くなって胸の中がじんわりあったかくなる。
「トッティモテそうだね。わたしなんかがトッティの彼女になれるなんて、すごく嬉しいな」
「モテ……そう……!?ぼ、僕が……!?」
「?うん、優しいし、話しやすいし、オシャレだし。お買い物にも笑顔で付き合ってくれるんだもん。理想の彼氏って感じ」
「え、うそ、ほ、ほんと……?僕少しは自信持ってもいいのかな……!?」
「ふふ、何言ってるの?トッティがすごくいい彼氏で、わたしこそ不安になっちゃうくらいなのに」
 手を繋いだまま、ぎゅっと腕にくっついてじゃれるように肩に頭を乗せると、トッティはびくっと肩を揺らしてカチンコチンになった。
 見上げると耳まで真っ赤になって、少し潤んだ目をしている。
 やっぱりピュアなんだ。彼氏として条件は絶対いいほうなのに、なんでだろう?男兄弟の六つ子だから、女の子との恋愛の仕方が分からないとか……?でもトッティわたしと話すこと自体には緊張してないよね。触れ合いは慣れていないみたいだけど。

「っ、刹那ちゃん、好きなブランドとかはあるの?」
「うーん、ブランドよりデザインと値段で決めるかなぁ?わたしプチプラが好きで……まだ学生だから、高い服はなかなか」
「そっか、そうだよね。女の子の服はプチプラブランドも種類が多いし」
「うん。トッティ詳しいね」
「まあねー。じゃあ今日は値段なんか気にしないで、気になる服があったら全部買っちゃおうよ!あ、あそこなんかどう?ちょっと大人っぽいけど可愛くて、刹那ちゃんに似合いそうだよ」
 腕を引っ張られてショップに入る。たしかにどれも可愛くて、フェミニンな大人っぽさがあってどれも欲しくなっちゃうデザインだった。

「あ、これなんか良くない?ブルベなのかな、紺色が似合うね」
 ネイビーっぽいプリーツワンピースを合わせて、トッティがニコニコ笑う。
「可愛い……」
「試着してみる?」
「でも……」
 値段を見ると、2万以上もする。わたしだったら、普段プチプラで似たデザインの探そーって諦める値段だ。今日は手持ちがそんなに多くないし、今金欠だし……。躊躇っていると、トッティが首を傾けた。
「ちょっと好みと違った?」
「ううん、すごく可愛い。でも、これすごく高いよ」
 店員さんに聞こえないように、トッティの肩に手をかけてひそひそ耳打ちする。あ、ほわっと耳が赤くなった。
「値段は気にしなくていいよ!僕今余裕あるから」
「そんな、いいよいいよ!申し訳ないもの……」
「も、申し訳ない……?」
「うん。トッティが頑張って貰ったお金なのに」
「刹那ちゃん……」

 俯いて震え出したので、慌てて背中を撫でる。
「どうしたの?具合悪い?」
「う、ううん。刹那ちゃん、ほんとに遠慮しないでいいんだよ。僕今日すごく楽しいから、刹那ちゃんにお返ししてあげたい」
「トッティ……。ほんとうにいいの?」
「うん!」
 ここまで言ってくれるなら、トッティを立てるって意味でも甘えた方がいいのかな……うーん……。
 迷った末、ワンピースを買ってもらうことにした。最大限可愛く甘えるようにお礼を言う。
「ほんとうにありがとう!あのね、このワンピースすごく可愛いから、次のデートで絶対着てくるねっ」
「うん!うん!絶対またデートしようね!」
「約束だよ、トッティ」
 指を絡めて、あざとく「えへへ」とはにかんで見せると、何かを噛み締めるような顔をしてくれた。良かった、トッティに刺さったみたい。

 その後もトッティは色んなお店に入っては「これが可愛い」「あれが似合いそう」「すっごく可愛いよ刹那ちゃん!」と色々買おうとしてくれた。
 断るたびに何故か困った顔、というよりは悲しそうな、不安そうな顔をするから、いくつか比較的安いものを「ありがとう、トッティ!」と買ってもらうと、顔をへにゃへにゃにして全力で喜んでくれるので、ついつい色々買ってもらってしまった。
 多分ショッピングだけで5万くらい飛んでる……。
 今までの彼氏にも、両親にもこんなに買ってもらったことないよ。
 申し訳なかったけど、トッティがとっても嬉しそうだから、だんだんまあいっか、という気分になってきた。トッティが買いたいって言ってくれてるんだし、わたしはそのお金の分、あとからトッティが後悔しないためにたくさん楽しいデートをさせてあげなきゃ!

「けっこう歩き回ったね。そろそろ休憩しない?」
「あ、疲れちゃった?ごめん、気付かなくて。刹那ちゃん食べたいものとかはある?」
「ううん。トッティは?」
「甘いものとかどうかな?」
「スイーツ大好き!甘いの大好き!」
「えへへっ、僕も!駅の近くに美味しいパンケーキ屋さんがあるから案内するね」
「さすがトッティ!お店にも詳しいんだね」
「いや、そんな……まあね〜」
「今度はトッティのオススメのカフェ巡りとかもしたいね」

 次にしたいこととか、買ってもらった服のお礼とか、すごく楽しいこととかを一生懸命伝えながらパンケーキ屋さんに向かう。
 午後4時くらいだったので、お店はあまり待つことなく入ることが出来た。
 少し薄汚れたビルの3階だったけれど、店内はとてもお洒落でなんだか隠れ家的なお店を見つけた気分だ。木でできた小さな看板と、斜めになった天井が雰囲気がある。
「わ〜、すごく映えそう!」
「インスタでけっこう人気なんだよ〜」
「ちょっとレトロっぽくてエモいね!」
 ここはパンケーキ専門店というわけではなく、喫茶店らしい。おしゃべりの声もあんまり響かなくて落ち着いたお店だ。

 わたしはビターチョコレートソースのパンケーキを頼んで、トッティはフルーツと生クリームのパンケーキを選んだ。珈琲が美味しそうだったのでそれもセットで注文する。
 運ばれてきたパンケーキはちょっと大きいけど、綺麗に飾り付けてあって「うわぁ〜]!」と歓声を上げてしまった。携帯を構えてカメラアプリでいい感じに何枚か撮る。あとでインスタに載せよう。
「美味しそう!」
「ね!あ、刹那ちゃん」
「ん?」
「刹那ちゃんの写真も撮っていいかな?食べてるところとか……」
「えっ?食べてるとこ?」
「ぜんぜん嫌だったらいいんだけど、だ、だめかな……?」

 食べてるところか……。は、恥ずかしい……。
 でも今日はトッティにいっぱい尽くしてもらっちゃったし、少しの恥ずかしさは我慢しよう。
「うん、いいよ。でも可愛く撮ってね」
「いいの!?ありがとう!バッチリ撮るから任せてね!」
 ハムスターみたいな形の口がきゅるるん、とさらに上がって喜んでるし、まあいっか。
「あ、写真は別料金がかかるみたい……」
「ぜんぜんいいよ!」
 料金設定を思い出して慌てて付け加えるけど、トッティはまったく意に介さずいいお返事をした。お金に余裕があるって言ってたけど、そんなにこのデートに使っちゃっていいのかな……。

 パンケーキを食べながらパシャパシャ撮られて、ポーズとか指定されて、羞恥と照れで顔が熱くなる。
 珈琲を飲みながら一息ついて、お喋りとかしているのそろそろいい時間になってきた。
「あ、もうこんな時間なんだ……」
「楽しかったから、時間が早く経っちゃったね。そろそろ出よっか」
 伝票を持って立ち上がる。トッティが「えっ?」と目を丸くした。
 悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「ここはわたしが払うね。このくらいじゃお礼にもならないけど」
「そんな、いいよ刹那ちゃん……!」
「もう取っちゃったからだめでーす。トッティは黙ってわたしに奢られること!」
 鼻をぴょんっ、とつつくと、もごもご言ってたのがピタリと止まって黙り込んだ。赤い顔でフリーズしてる間にお会計を済ませる。3000円もしないくらいだから、ほんとうにお礼にもならないくらいだ。

 お店を出ると、死ぬほど申し訳なさそうな顔でトッティが「ごめんね……」と呟いた。そんなになるほど?クスクス笑って、ほっぺたをつつく。
「気にしないでよ」
「でも……」
「んー、ごめんねじゃなくて、ありがとうだと嬉しいな。大好きなトッティに喜んでほしくてやったんだもん」
「だっ……!ぼ、僕も大好きだよ刹那ちゃん……!」
 涙目で何度もお礼を言ってくれるトッティに、何だか罪悪感が沸き上がる。こんな簡単な「大好き」にここまで喜んでくれるなんて。

 最後、駅のベンチに座って料金を計算すると、20万近くまでいってしまっていた。胸チラ料とかカフェに一緒に入る料とか肌が触れ合う料とか、意味不明なものをほぼ省いたのにこの金額……!怖すぎる……!
「え、たったのこれだけ!?」
「これだけ、って」
「でもちょっと現金が足りないな。コンビニで下ろしてくるね!」
「トッティ!って行っちゃった……」
 バビュンと走っていったトッティがまたバビュンと戻ってくる。キラキラ笑顔で手渡された封筒の厚みに生々しさを感じて、少し頬が引き攣る。
「刹那ちゃん、本当にありがとう!!今日はすごく楽しかった!またデートしてくれる……?」
「う、うん。でもむりしないでね。けっこう高いから、ほんとにほんのちょっとの時間でも大丈夫だから……」
「ううん!任せてよ、僕もっとお金稼いでくるから!」

 そう言って、トッティは大満足で帰っていったけど、わたしはやっぱり少し申し訳なさが残ったままだった。キャバクラとか、ガールズバーとか、レンタル彼女とか、需要があるからビジネスとして成立しているんだろうけど、そのお金の分の価値を今日わたしはちゃんと提供出来たかな……。
 デートが終了したメールを送ると、オーナーからすぐ電話がかかってきた。

「お疲れ様です」
『チミもお疲れザンス。ウヒョヒョヒョ、ミーの思った通り、あの童貞ニート共はちょろかったザンショ?いい商売すぎて笑いが止まらないザンス!ウーッヒョヒョヒョ!!』
「あ、あの現金はどうしたら……」
「6割はミーの口座に振り込んでおくザンス。明細もきっちり送ってチョ。残りはチミの手取りザンス」
 20万の4割って……8万!?日給8万!?
 ゴクリ……。唾を飲み込む。
 レ、レンタル彼女って……やばい……。申し訳なさとか、戸惑いは吹き飛んでしまって、わたしの頭の中に「日給8万」の文字が踊っていた。
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