がっかり
2018/01/30 08:02
蝋燭兎
蝋燭兎

「おい、志田。大丈夫か」
 先輩刑事の山際が志田の背を撫でながら問いかける。志田は胃の中のものすべてを地面に戻している最中だった。
 志田の目の前には、殺人事件の被害者の遺体が転がっている。血の臭気があたりに立ち込めていた。
「志田、ほら」
 嘔吐の波が止まった志田の頬に、冷たいものがあたる。汗をかいたペットボトルの水だった。恭しくそれを受け取る。
「ありがとうございます……。情けないです、もうちょっと耐性あるかと思ってたんですけど……」
「無理もねえ、こんなエゲツないのは俺も滅多にお目にかからねえからな」
 被害者は学校の制服と思しきプリーツスカートとブラウスに身を包んだ少女だ。腹部は人の頭が入りそうなほど大きく切り裂かれ、内臓がぼろぼろこぼれ出ていた。制服はほぼ全面が赤黒く染まっており、元の色が判別出来ない。
 少女は目を閉じており、表情にも苦悶の色は見えない。血が飛んでいなければ、その顔は眠っているようにも見えるだろう。





2017/04/17 00:38
光の中


 腕も脚も全部切り落としてやるからどこへも行くな。ずっとそこに這いつくばっていろ、俺がなんでもしてやるから、どこへも行くな、行くな。
「そんなことをしなくてもどこへもいかないのにどうしてそんなことをおっしゃるのですか。ずっとずっとここにおいていてほしいのに」
 嘘をつくな、心にもないことを、心にもないことを。そう言って扉を開けたまま俺は眠ってしまったが、おまえは俺に静かに寄り添い、夜明けを待っていた。おかけで腕や脚を切り落とす理由はなくなってしまった。
 おまえは夜明けにふさわしい姿をして夜を忘れてほほえんだ。いま、朝が来たのだ。俺は生まれたままの姿のおまえを抱きしめる。美しいおまえの姿が誰からも見えないように。


2014/10/18 01:37
好きだよ


「嘘でもいい、今だけでいいから、好きだって言ってくれませんか」
 何度も握ってやった手が俺の頬に伸びる。もっとも、この手を昔握りしめたのは励ますためで、下心などかけらもなかった。
 俺のことをまっすぐ慕ってくれる可愛い後輩が、泣きそうな顔で見上げてくる。ああ、これで男でなければ、いや、男でも構わないような気さえして来ていた。どうも俺はまだ酔っているらしい。
「何でおまえにそんな嘘つけるんだ」
 伸べてきた手を取ってぎゅっと抱きしめると、細身の身体がすっぽりと腕の中に収まる。腕の中からひくひくと泣き声が聞こえてきた。
「おまえが好きだよ」



2014/05/25 18:35
虹の彼方へ

なんだあれは。怪物じゃないか。藍子は怯える身体を必死で動かし、そろりそろりと家への道を戻ろうとした。
「きゃっ!?」
「お嬢ちゃん。ここにいたあんたが悪いんだ、死んでもらおう」
人ならざるものが少女の細い手首を掴み、冷たい目で見下ろしていた。
ああ、わたしは、ここで、死ぬのか。
諦観に支配され、少女が目を閉じたその瞬間、怪物の向こうから声が聞こえた。
「待て!」

青年は、怪物を蹴っ飛ばして、少女を庇うように間に立ちはだかった。





2014/05/07 14:25
不幸と幸福
「これが罪だと言うのならおまえは私を許容するだろう」
そう言って目の前の長身の女は眼鏡を持ち上げる。強張った笑みを貼り付けて近づいてくる彼女を、心底不幸だと思った。俺の所為だ。俺の所為でこの女は、人並みの青春を過ごすことが出来なかった。

「どうしてほしいんだ? 俺はおまえのために何をすればいい? 靴でも舐めりゃ気が済むのか?」
「何も。ただそこに転がっていればいればいい」
ビニールテープで拘束された両手を、ぐいと床に押し付けられる。
「はは、冷たいな」
「減らず口を叩くな」

彼女は鞄から鞭を取り出した。マンガに出て来るような、一本鞭だ。ひええ。俺はおどけたように笑ったが、肝はかき氷並に冷えていた。
背中をぐいとめくられる。そして、鞭で思いっきり殴られた。バチン! と高い音が響く。
「ひっ……!」
痛いっ!と叫びそうになるが、ぐっとこらえる。そして彼女の顔を盗み見ると、堪え難いといったような笑みを浮かべていた。
ああ、これでいいのか。
これでおまえは救われるのか。




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