/ 栓 \
「いーいお天気ー」 その言葉に向かいの●は笑みを返す。 木村は座席で寛ぎながら窓の外を眺めている。外は和やかな田園風景で、春のこの時期には生き生きとした緑が眩しい。 木村園芸がまとまった休みをとったのは久しぶりだった。両親の都合だそうだが木村には僥倖という他無く、すぐに●に連絡を取った。二つ返事の承諾の後、さっそく木村は情報誌を買いに家を飛び出した。 そして本日。2人は目的地へと電車で向かっている。いつもは木村の車を出すのだが、生憎と自家用車は両親が持っていってしまっている。しかし2人席が向かい合った形の座席は、旅行気分を盛り上げるのに一役買っていた。 「たまにはいいもんだね、電車も」 「私、駅弁とか初めてです」 乗り込む前に購入しておいた駅弁を掲げながら言う●。その様子に木村は頬を緩めながら「もう食っちゃおうか?」と提案する。 「まだお昼前ですけど…うん、食っちゃいましょう」 木村の予想通り●はすぐに乗ってきた。いつもはあまり気持ちが表情に出ないタイプであるが、今日は心持ち頬が紅潮している。 窓下の小さなテーブルに弁当2つを載せ、付属のお絞りで手を拭く。●はすぐに弁当の包みを開けたが、木村は脇に置いたまま荷物を探っている。 「食べないんですか?」 「いや、食うよー。一緒にね、あった。これこれ」 片目を瞑りながら木村が手にしているのは、小ぶりなビールの瓶。そういえば駅弁と一緒に地ビールも売っていた。いつの間に買ったのだろう。 「こういうところも、車じゃ味わえないもんなー」 「おっさんくさ……」 思わず出た●の言葉に、木村はデコピンして返す。そして改めてビールに向かったところで「あ」と呟いた。 「どうしたんですオッサン」 「オッサン言うな。これ駄目だ、栓抜き必要だわ」 見ると確かに瓶には王冠がぴったりと嵌っていた。お土産店で売っていたからスクリュータイプだろうと思い、考えもしなかった。 「残念。おあずけですね」 「いやいや、ちょっと待ってて」 そう言うと木村は席を立ってどこかに言ってしまう。しかしすぐに栓の開いたビールを手に帰ってきた。 「どうしたんです?」 「さっき飲みもんとか軽いつまみ売ってるおばちゃん居たろ?借りた」 「へぇ…」 飲食物の載せたワゴンを引いて、乗客に呼びかけながら歩く女性の姿を●は思い出した。確かに彼女ならば持っているだろう。 それからしばらく弁当に舌鼓を打っていると、木村がふと喋りだした。 「そいやさ。ガキの頃に乗った電車って、ここんとこに栓抜き付いてたんだよね」と窓下の小さなテーブルを差す。 「確かリトルリーグの奴らと行った時だわ。俺こうやって窓際に座ってたから、全員のコーラとかオレンジの王冠抜きまくってた」 「パシリですか?」 「違わい。逆だよ逆。みんなが"やりたいー!"って言ってるのを制しながらこう俺がすぽんすぽんと」 「うわイジワル」 「……ん。うら若き日のことだ。」 昼の日差しと遠い記憶に目を細めながらビールを煽るその姿が、●はオッサン臭いと思いながらも、好きだ、と思う。 でも●はあまり感情を出さない。それはもう性分のようで、まるでぴったりと栓をされた瓶みたいに。木村に対しても自分から恋人同士のような雰囲気を持ち込んだことはあまりない。
ふと、木村が●を見る。その後で微笑み、隣の荷物をどける。そして手招き。 「な、なんですか」 「いーから、隣おいで」 「4人席で隣同士は恥ずかしいです。遠慮します」 「でももう荷物どけちゃったし。ほら」 手を引かれて、しぶしぶといった風で移動するも●の心は綻んでいた。
2人並んで弁当を食べる。見えるのは同じ景色で。列車の揺れに合わせて肩が触れる。
木村さんはいつもそうだ、と●は思う。 自分が触れたい、感じたい、言いたい、と思ったときに、さりげなく横に居てくれる。 好きだ、と思う。
●の表情はあまり変わらない しかし、栓をしっかりとしないといけないほどに 中に入っているものは、激しいものである
「木村さんは、栓を開けるのがお上手ですね」 「慣れてますからね」
「これからも開けてもらえると助かります」 「こちらこそ、末永く宜しくです。」
1000hit記念話。 ありがとうございます。
栓=1000とかね。かけてみたりね。すみません。
2011.04.20 目次へ
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