9 | ナノ


「稜ー、そろそろおねがーい」

もうそんな時間か。キッチンから聞こえてきた声に、読んでいた雑誌を机の上に置く。ふかふかのソファから立ち上がって、キッチンに顔を向ける。

「はーい。起こしてくるねー」

朝の7時30分ちょっと過ぎ。キッチンから香ってくる匂いに空腹を感じつつ、稜はリビングを出る。廊下はひんやりとした朝の空気に包まれていて、少しだけ身震いした。


稜と母の優衣の朝は比較的早い。それに対して父の京夜と陸は朝が非常に弱かった。二人とも、目覚まし時計を五個置いても起きないほど弱い。さすがに昼近くになれば自力で起きてくるが、この時間帯に起きてくるなんてありえない。むしろ起きてきたら奇跡、と稜や優衣に言わしめるほど。
だから起こしに行くのはいつも稜の役目で、すでに朝の風景になっていたりする。


階段に足をかけつつ、今日はどっちから起こしに行こうかな、と稜はぼんやり考える。








「りーくー、起きてー」

ベッドの上で手足を縮めて眠る陸を揺らす。
陸から先に起こすことにしたらしい稜は、ベッドの上に乗り上げて陸の名を呼ぶ。
まるで猫のように丸くなっている陸の姿はとてもとても愛らしいが、そんなことお構いなしに陸を揺らす稜。そりゃあ純白のシーツに散らばる黒髪は艶として美しかったし、窓から差し込む朝日に照らされた白いかんばせは、どこか作り物めいた美貌だった。背の高いしなやかな体を折り曲げて、無防備な寝顔を晒す陸の姿をみれば、誰もが起こすことを戸惑うだろう。・・・けど。

「りくー? ほら、起きて起きてー」

しかしここに例外有り。陸からひっぺがした布団を片手に稜は陸を揺らす、揺らして揺らして揺らして、

「母さんがアップルパイ焼いてたよー」
「・・・、う・・・ん・・・りょ、お?」
「おはよう陸。」
「・・・、ん・・・」

さすが弟、義理だけど。見事に陸の操り方を心得ている稜は、にこにこと人畜無害な笑顔を陸に向ける。目をごしごしこする陸を可愛いなあ、なんて思いつつ眺める。

「・・・、りょお」
「う、っわ」
「・・・さむい」

まだ寝ぼけているのか。ちいさく欠伸を漏らした陸は、にっこりと笑う稜を引っ張る。小さく寒いと呟いて、稜をぎゅうと抱きすくめて再び眠りの体制に入ろうとする。がしかし。

「陸ー、アップルパイ」

慌てず騒がず。そりゃあ同じ屋根の下で暮らすようになった最初のうちは慌てたし騒いだけど、ほぼ毎朝繰り広げている行為なのだ。いい加減慣れた、とは稜の言である。

「・・・あっぷる・・・」
「うん、母さんが今朝焼いたできたて」
「・・・・・・おき、る」

稜を名残惜しげに離す。甘いもので釣るのは、甘味大好きな彼にかなり有効な手である。

ベッドから起き上がって伸びをする。まるで本物の猫のようにしなやかな体を伸ばす陸を横目で観察しつつ、乱れた髪の毛を手櫛で整えた。

「顔洗ったらリビングに降りてきてね。二度寝しちゃだめだよ?」
「ん、・・りょう、は?」
「僕は父さん起こしてくる。」
「・・・、俺も、いく」
「うん、じゃあ一緒に行こうか。」
「・・・ん」

ぎゅ、と稜の服を握る。まだ眠いのだろう、心なしか普段よりも幼い動作をする陸を再び可愛いなあ、と見つめる稜であった。








「父さん、起きてるー?」
「おきてる」
「本当に?」
「おきてる」
「・・・、とー、さん・・・」
「おきてる」
「・・・」
「おきてる」
「・・・・・・」
「おき・・・、」

どうみても寝てるよね。と稜と陸がアイコンタクトを交わす。やけにはっきりとした声で起きてる、と主張されれば納得してしまいそうになるが、実は寝てる父、京夜。壊れたラジオのように起きてる、を繰り返す京夜にはいはい、と生返事を返す稜。そしてそのままべりっと布団をはがした。陸のときと同じ手段である。まだ春先で朝の冷え込むこの時期、暖かい布団を取られて、寒い空気に身を晒すことになった京夜は小さくみじろぐ。

「起きて、父さん」
「・・・、おき、て」

息子二人に体を揺すられまくる京夜。起きて起きて、稜が笑顔で言い、陸が無言で見つめる。


「母さんが父さんのこときらいになるって」
「優衣さん!!!」
「おはよう父さん」
「え、?あれ、稜、それに陸も?あれ、優衣さんは?」
「母さんなら朝食作って待ってるよ」


こういうところに陸と父さんの血を感じるよね。後日こっそり漏らした稜の言葉である。










「こら、ちゃんとご飯食べなきゃだめよ?陸」
「・・・ん、・・・でもおなかすいて、ない」
「朝食は一日の元気の源よ!スープだけでもいいからお腹にいれましょ?」
「今日は陸の好きなコンソメスープだよ。食べないの?」
「陸が食べないならわたしが!」
「京夜さんはちょっと静かにね」
「・・・はい」

「食べないとアップルパイもあげないわよう?」
「陸の分食べちゃおうかな?」


にこにことそっくりな笑顔を浮かべる稜と優衣に迫られて、陸はちいさく頷く。ちょっとだけなら、そう呟いた陸に優衣はぱっと顔を輝かせてキッチンへ小走りに戻っていく。

そんな母の後姿を見送りつつ、幸せな空間に陸はふんわりと笑みを浮かべた。



この春休みが終われば、家族揃ってこうして食事を摂ることもできなくなる。そう考えるだけで、この時間がもっと貴重で大切なものに感じられた。
きっと、稜や京夜、優衣もみんなおんなじ気持ちで。だからこそここの空気はこんなにやさしいのだ。


陸は笑う。幸せそうに。


これが桂木一家の日常です


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千さま、リクエストありがとうございました!
一回消してしまったために、文章が若干違うかと思われます。大変申し訳ありませんorz内容は同じ・・・だと思いますので!←
不甲斐ない管理人で申し訳ありません、でも素敵リクだったので二回目の執筆も楽しかったです^^←

100505→0507/ミケ


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