Waldundseeburgシリーズ

1 ショコラはいかが?


この国は国土の大半を森が占め、後は湖となだらかな丘陵地帯である為、農業は乏しい。
だが国と国を繋ぐ名だたる街道がこの国で交わる為、商業は盛んだ。

その立地を狙い、周辺諸国から幾度となく戦火に巻き込まれてきた。
その度に大公自らが立ち上がり、剣でもって退けなさった。
そうして大公の名が大陸中に轟いていく中、数々の停戦条例と和平交渉を繰り返し、一人娘であるローゼン様が成人なさる頃には、周辺諸国も落ち着きを取り戻したというわけだ。

それ以前は王都でもある商業の中心都市で施政なさっていた大公だが、ローゼン様が去年西の大国アラウストリィの第一王子のもとへ嫁いでからは、王都から馬で半日程にある、国名の由来通り森に囲まれ、国で一番美しい湖のそばに建っているこの城で施政なさっている。
王都では宰相が国務の大半を担ってくださっているので、大公の主な仕事は確認・承認となっている。なので、元は夏の別荘用に建てられたこの城でも十分に機能しているのだ。

なにせローゼン様が幼い頃はまだまだ戦争が多く、大公自ら先陣を切っていたりしたものである。
だが一応の安定を見せた今となっては、宰相に「戦争バカに用はない」と邪魔者扱いされている。戦場を縦横無尽に駆け抜け、死をもたらす黄金の鷲と恐れられた大公をだ。

もちろん本気で邪魔者扱いをしているわけではない。
以前は戦争続きであった為、戦となれば先陣を切っていた大公の御身を配慮なさってのことだと、頭では分かっているのだが……

大公と宰相、将軍は士官学校で共に学ばれた仲間でもあるので、お三方の間には私などの一兵卒には到底口出し出来ぬ信頼と絆が見え、それが大公をお慕い申し上げている私には羨ましくもあり、妬ましく口惜しい。

……と、思考に浸っていたところで、料理長のダンに声を掛けられ、ハッと我に返る。

「フリューゲル様、どうかなさいましたか?」

ぼうっとしていた私を心配してか、ダンが眉をよせて、強面の顔を更に厳めしくしていた。

「いいえ、何でもありません」

私は短く答えると、腕まくりの続きをし、大公の為のショコラ・ショーを用意する。それもただのショコラ・ショーではない。ショコラで有名な西のベルギンよりわざわざ取り寄せた、高級ショコラを使用しているのだ。
私がきびきび動き出したのを見て、ダンの眉が元に戻る。生来の強面顔はそのままだが。

「言ってくださればこちらで用意いたしますのに」

ダンが気遣わしげに言ってくれるのを、私は微笑みで制す。

「良いのです。私が大公へ淹れてさしあげたいのですから……」

「そういうことでしたら。…では」

ダンは頷くと、また自分の仕事へ戻って行った。ダンが自分の持ち場に着くと、調理場に活気と緊張感が戻る。
たちまち調理場には、そこかしこからおいしそうな匂いが漂ってきた。
まだ途中なので何に仕上がるかはわからないが、今夜もまた美味しい料理が食べられることだろう。

ショコラ・ショーを淹れ終わった私は袖を元に戻すと、料理人達の邪魔をしないよう調理場をそっと後にした。

ダンが気遣ってくれたように、本来ならこれは近衛兵である私の仕事ではない。
だが王都にある城と比べ、この城は規模が小さく人でも少ないので、この城へ移ってからは大公の簡単な身の回りまでお世話させていただいている。

下級貴族である私が近衛兵にまでなれたというだけでも大出世だというのに、あまつさえこの手で大公のお世話が出来るとはなんと身に余る光栄か。

執務室に一歩、また一歩と近づく度、私の鼓動は高鳴る。
大公は明言なさったことはないが、ショコラ・ショーがお好きなようなので(態度でわかる)、午後の小休憩にこれを差し上げれば、きっと喜んでくださるに違いない。

大公の笑顔を想像し、私の顔も自然と緩んでしまう。こんなだらしのない顔などとても大公に見せられたものではないが、今は廊下で周りに誰もいないから良しとしよう。
やがて執務室の前につき、扉をノックする。

「大公、フリューゲルでございます」

「うむ。入れ」

「失礼いたします。大公、そろそろ休憩になさってはいかがでしょうか? ショコラ・ショーをお持ちいたしました」

部屋に入り、私が恭しくショコラ・ショーを差し出すと、ローゼン様を前にした時のように雰囲気が柔らかくなり、私はそんな大公を微笑ましく思いじっと見つめる。
書類を睨みつけていた時の鬼神のような皺は消えたが、長年かけてゆっくりと刻まれた皺は消えることはない。それどころか、これから更に深くなっていくことだろう。

姓にいただく鷲のように、若かりし頃は一面豊かな金茶だった髪にも、もみあげから頬、あごへと顔の輪郭に沿うように生えている髭にも、所々白髪が目立つようになってきた。
毎日お側にいて大公の元気な言動をみていると忘れがちだが、こうしてふとした折に、時間の流れを感じる。

だがそれでいいのだ。
それこそが、大公が長生きなさっている証。
私が仕えてから、共に歩んだ長い年月の証。

その白髪や皺のひとつひとつに口づけたい衝動を無理矢理抑え込み、お側に仕えることが出来る幸せに胸を震わせながら、私はすました顔で、嬉しそうにショコラ・ショーを飲む大公を見つめ続けた。


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