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高校が別々になった夏目に会いに行ったけど





中学生の頃、気になる男の子が居た。けれどその子は周りとはどこか違う雰囲気を持っていて、少しだけ変わっていたらしい。私には、儚げな美少年にしか映らなかったけれど。

『夏目』
「……あ、」
『次、移動だよ』
「…ああ、そうだったか」

窓の外を眺めていた彼に声をかけるが、立ち上がる様子は無い。早くしないと遅れちゃうのに。首を傾げながら動向を見守るけど、夏目は頑なにこちらを見ようとしない。

『行かないの?』
「あ、ああ。行く、行くんだけど…」
『なに?』
「…そっちが、見れないんだ」

そう言った顔色が悪いように見える。体調をよく崩す彼の事だ。移動したいけれど、出来ないのかもしれない。これは授業を受けに行くのではなく、保健室に向かうべきだ。

『保健室行こう』
「…え?」
『大丈夫。私、保健委員だから』

その場の嘘だが。運動をしていないせいなのか、ほっそりとした夏目の手首を掴んで、立ち上がらせる。相変わらずなんと言うか、まあ、その、細い。きっと女の私より細い。言葉にしたらきっと傷つけてしまうだろうから、口にはしないけど。

「…………ありがとう」

後ろから聞こえた声に、軽く振り返って表情を伺うけれど、伸びた前髪のせいで確認することは出来ない。でも、廊下に射し込んだ木漏れ日に照らされた頬は僅かに色を取り戻していて、人知れず私は安堵を零した。



∵∵

無人駅に辿り着き、緊張から右足と右手が同時に出てしまう。初めての風景に深く息を吸い込んで、気合を入れるため鼻を鳴らして拳を握る。

『………よし』

覚悟を決めて歩き出す。鞄から1枚の便箋を取り出して中身を改めて確認する。男の子とは思えない綺麗な字に頬が緩み、慌てて取り繕う。もうすぐ、もうすぐ会えるんだ。久しぶりの夏目に。文通なんて、面倒で古臭いと思っていたけれど、彼は携帯を持っていないし、何度も家に電話をかけるわけにもいかない。苦肉の策として、引っ越してしまう夏目の住所を聞いて、手紙交換を始めたのだ。彼曰く、今は藤原さんという方の家にお世話になっているそうで、とても優しい人らしい。

『……ここを、右か』

試行錯誤しながらも、段々と近付いて行く感覚に胸が踊る。夏目、喜んでくれるかな。約束もせず、勝手に来ちゃったけど、大丈夫だよね。ちょっと顔を見るだけだから。いつの間にか緊張は消え去り、鼻歌を口遊みながら軽い足取りで自然に囲まれた道を歩いていた。そして少し先に、懐かしい背中を見つけ、心臓が大きく跳ねる。思わず駆け寄るが、曲がり角から現れた人影に足が止まる。

「夏目君!」
「多軌。偶然だな」

咄嗟に物陰に隠れてしまったが、何をやってるんだ私は。普通に出て行けば良いじゃないか。きっと彼女は夏目の友達だろう。なのに、どうしてこんなにも心臓が煩いんだ。胸元を強く握り、意味無く息を押し殺す。まるでストーカーのようで気が引けるが、ふたりの後を追いかけてしまう。そして、笑い合う姿を見る度に、胸がジクリと痛む。

「じゃあ、おれはここで。塔子さんにお使いを頼まれてるんだ」
「そっか。なら、また明日」
「ああ、また明日」

商店街の近くで別れた影に、深く息を吐く。ほら、やっぱり友達だよ。ようやっと彼に声をかけようと、一歩踏み出した瞬間、優しげな声が耳へと届く。

「貴志君」
「塔子さん」
「お使い頼んだのにごめんなさいね。私もこっちに用事があって…」
「そうなんですか」

あの女の人が藤原さんなのだろうか。凄く、優しそうな人だ。夏目も嬉しそう。談笑をしながら、女性の荷物を持ってあげる夏目の姿を見て、心がポッカリ空いたような虚しさに襲われる。我に返り、頭を左右に振って、邪念を消し去る。何を考えてるんだ。幸せそうな姿が見れて良かったじゃないか。ずっと独りだった夏目が、大切な人を見つけられたんだ。喜ばしい事じゃんか。

『…………そっか』

夏目はもう、独りじゃないんだね。良かった。良かった。友人として、とっても嬉しい。本当に。
けれど、少しだけ、ほんの少しだけーー寂しい。
そんな汚い感情がお腹の辺りでぐるぐると巡って気持ち悪い。

『帰ろう…』

元気な姿を見られただけで充分だ。これからは手紙を送る回数も減らそう。私に構ってたら、彼の時間が無くなってしまうから。幸せそうな夏目の微笑みを瞼に焼き付け、背を向ける。良い人に巡り会えたんだ。そう息を吐くと、擦れ違ったダルマのような猫が私を一度だけ見遣って通り過ぎた。

『…駅、……駅は、…あっちだっけ?』

心ここに在らずと言った足取りで来た道を戻るが、一向に駅が見当たらない。夕方になって、周りも暗くなってきたし、早く帰らないと。そう思っているのに、私の足は操られたみたいに勝手に動いてしまう。次第に小さな公園が現れ、ベンチへ腰を下ろす。あれ、なんでこんな所に居るんだっけ。帰ろうと思ってるのに、どうして。

『体が、動かない…』

金縛りにあったかのように体が動かない。そんなに歩いてないのに、可笑しいな。疲れてないはずなのに。段々と息が苦しくなって、視界が狭まっていく。不意に目に入った自分の靴に影が差すが、姿はどう見ても人の形をしていない。

『な、なに、なんなの…?』

不安に駆られ、背中に冷や汗が流れる。ああ、もしかしたら罰が当たったのかも。好きな人の幸せを素直に喜べなかった私への、神様からの罰。こんな事なら、会いに来なければ良かった。手紙を貰えるだけで満足していれば。体が重くなり、不自然な風が頬を撫でた刹那、柔らかいけれど、どこか強さを持った声が鼓膜を揺らした。

「駄目だよ。その子はおれの大切な人なんだ」
『……な、つめ、?』

途端に体がふわりと軽くなって、全身の力が抜ける。感覚を確かめる為に手のひらを握っては開くを繰り返す。ちゃんと動くのを確認して、ゆっくり顔を上げる。

「久しぶり」
『……どうして、ここに、』
「それはおれの台詞だ。言ってくれれば駅まで迎えに行ったのに」

僅かに唇を尖らせて言葉を紡いだ夏目は隣に腰を下ろす。街頭に集まった虫がバチバチと嫌な音を立てるけれど、そんなの気にならなかった。だって、目の前に夏目が居て、私と目を合わせている。

「なんで、来ている事を教えてくれなかったんだ?」
『………驚かせようと、思って』
「確かに驚いたけど…」

呆然と吐き出した声は酷くか細い。自分の弱気な音に吃驚した。ビー玉に似た綺麗な瞳から逃れるように視線を逸らすと、彼は少しだけ悲しそうに目尻を下げる。

『…そろそろ、帰らないと』
「……それなら、駅まで送るよ」
『ううん。大丈夫』
「送らせてくれ。おれが話したいんだ」

狡い。夏目は本当に狡い。そんな言い方をされてしまったら、断れないじゃないか。無意識に鼻を啜ると、隣で狼狽える声がした。それで自分が泣いている事に気付く。ほんと嫌になる。

「ど、どうしたんだ!?さっきの奴に何かされたのか!?」
『ごめん、…ごめんね、夏目、』
「え…?」

膝の上で握った手のひらに爪が食い込んで痛い。でも今はそうでもしないと子供のように泣き叫んでしまいそうだったんだ。唇を噛み締め、嗚咽を噛み殺す私の前へ移動し、地面に膝をついた夏目は、割れ物に触れるような優しい手つきで、私の手を握った。

「どうして泣いてるんだ?」
『……私、すごい、嫌な奴、』

夏目が好きなのに、幸せを心から祝福してあげられない。忘れ去られてしまうのが嫌。彼にとって幸せな今の記憶に上書きされてしまうのが嫌。笑って欲しいのに、そんな想いとは裏腹に、私の心は酷く醜く、汚い。

「…おれは、そうは思わない」

ふわりと風に乗った音吐が漣のように心地良く脳へと響く。触れている夏目の手が、冷え切った私の手を暖めた。

「おれに会いに来てくれた事が、凄く嬉しい」
『…でも、…でも、』
「好きだよ」

ぱちぱち目の前が弾けて、ポップコーンのように光が飛び散る。微かに色付いた彼の頬を見て、嘘を言っているようには見えない。もしかして夢なのだろうか。私の都合のいい、夢。

「手紙だって、本当に嬉しかった。次はいつ返事が来るんだろうとか、こんな話をしようなんて、燥いでしまって」
恥ずかしそうに目を細めた夏目は膝が汚れるのも気にせず、言葉を続ける。涙が落ちて、繋がれた手を濡らす。
「本当に、…本当に嬉しいんだ。またこうやって会えたのも」

痛みが走るほど噛み締めていた唇を徐に開き、震える空気と一緒に言葉を綴る。その間も彼は真っ直ぐ私を見つめて、ただジッと待ってくれていた。

『…わたし、も、嬉しい、……あのね、夏目、』
「なんだ?」

包み込まれていただけの手のひらを返し、じんわりと熱さを持った夏目の手を握り返す。溢れる想いを抑えきれず、ずっと伝えたかった二文字を口にする。すると彼は目を丸くするが、すぐに笑みを浮かべた。その瞳は優しくて、柔らかくて、私と同じ色をしている。合わさった手のひらから全てが通じてしまえばいいのに。そんな事を思いながら手に力を込めると、応えるように夏目も甘やかに握り返してくれた。


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