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風邪でデートがおじゃんになった





じわじわと涙腺が壊れていくような感覚に眉を寄せるが、頭が熱くて上手く我慢が出来ない。目尻から一筋の雫が流れると続け様に零れ、嗄れた声が部屋に木霊した。

『う゛ぁ〜…』

涙を拭いたくても腕が重たくて動かせない。ベッドの中は暑いのに、体の芯は冷たいからちぐはぐで気持ち悪いが、どうすればいいのか分からない。こんな高熱出したのはいつぶりだろう。というかどうして今日なんだ。ずっと楽しみにしてたのに、どうして。

『う゛ぅ〜…、ま゛い゛〜…』
「人の名前を呪いのように呼ばないでくれる?」

呆れた声と共に姿を現した同期の真依が桶を抱えてベッドの傍に腰を下ろす。本当なら二人で出かけてるはずだったのに。カランと氷が音を立て、余計に目の奥が熱くなった。中からタオルが取り出され、綺麗な指が水を絞るのを熱に浮かされた頭で眺めていると、前髪が避けられてタオルが乗せられる。

『真依と、デート、したかった…』
「デートじゃなくて、ただの買い物でしょ」
『デードッ!』
「喉も痛めてるんだから大声出すのやめたら?」

私にとってはデートでも、真依にとっては友達同士の買い物なんだろうな。友達だと思ってもらえてるかも怪しいが。熱を出すと弱気になってしまうのが、風邪の嫌なところだ。鼻を鳴らすと、ずびなんてみっともない音が響き、心も深く沈む。

『………ごめんね、真依』
「はァ?なにが」
『…買い物、約束してたのに』
「そんなの、いつでも行けるじゃない」

溜息を吐いて腕を組んだ真依は怪訝そうに眉を顰めた。いつでも、なんて行けないよ。だって私達は学生であり、呪術師だから学校もあれは任務もある。その任務だって、命を落とさない保証なんて、どこにも無い。

『真依と、でーと…』
「まだそんなくだらないこと言ってるわけ?」

私にとっては全然くだらなくないんだ。昨日だって、柄にもなくお風呂でマッサージして、高めのパックまでしちゃったりして。新作のリップも準備したし、お気に入りの洋服だって出しておいたのに。本当に、本当に楽しみにしてたのに。

『……うぅ゛…、』

またボロボロと涙が流れて枕を濡らす。泣いたってどうにもならないし、真依に迷惑がかかるだけだ。早く泣き止まないと、そう思っても涙腺が緩んでしまい、塞き止める事が出来ない。もしかしたら真依は楽しみじゃなかったのかな。

「………本当に馬鹿」
『真依…?』

ぎしりとスプリングが軋み、涙で歪む視界の中で見遣る。ベッドに腰を下ろした真依が腰を折ってタオル越しに額を合わせると、徐に唇を開く。

「私だって、楽しみにしてたんだから」
『………え?』
「あんただけだと思わないで」

ゆで卵のように綺麗な真依の頬が僅かに赤らみ、鋭い視線に射抜かれる。この表情、知ってる。照れてる時の顔だ。でもなんで、照れる所なんてなかったのに。ただでさえ熱で浮かれているのに、自分に都合のいい勘違いをしてしまいそうになるじゃんか。

『ま、まい、』
「さっさと治しなさいよ」

棘があるような言い方だけど、ただ照れてるだけなのを私は知ってる。だって、大好きな人だもん。冷たかったはずの体が熱くなって、心臓の音が脳内で響いてうるさい。なのに、彼女の声だけは鮮明に届いてしまうから、やっぱり恋って不思議だ。

『そ、そしたら、デート、してくれる…?』

恐る恐る問うと、真依は視線を逸らして鈴のように静かな声で言葉を紡ぐ。その瞬間、辺りがキラキラと弾けたように光り、心臓が一際大きく跳ねる。

「まあ、行ってあげても、いいけど…」

飛び跳ねたいほど嬉しいのに、体が言う事を聞いてくれない。嬉し涙を流すと、真依の瞳が驚いて丸くなるが、すぐ呆れたように目尻が下げられる。でもその奥は優しくて、温かさで溢れていた。

『真依、真依、』
「なによ」
『好き…、大好き…』
「知ってる」

柔らかく微笑んだ真依は頬にかかった私の髪を耳へ掛けると、穏やかな音吐を綴る。もっと伝えたいのに、喉の奥に痛みが走り、ごほ、と咳が零れる。

「ほら、今は寝なさい」
『でも、真依、』
「ちゃんと居るから」

額を離され、微かに寂しさを感じてしまったが、真依に風邪が移っても困る。仕方なく眠ろうと瞼を閉じようとした刹那、彼女の服装に気付き、口角が上がる。その服、お気に入りだって言ってたやつだ。デート、楽しみにしてくれてたんだ。

『まい、だいすき、』

意識が段々と遠のく中、自然と言葉が溢れて音に乗せるけど、枯れた声で彼女に届いたか怪しい。けど、真っ暗な世界で頬に触れた手は酷く優しかった。ぼんやりと聞こえた言葉は、もしかしたら都合のいい幻聴だったのかもしれないけど、それでもいいや。真依が私もって言ってくれたから。


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