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クラブのオーナーに口説かれてる?


!最終軸!


うんざりするほどうるさい音楽や、目の奥が痛むほど明るい電球達に照らし出され、これまた体に悪そうな色をしたカクテルを流し込む。しがないバイトだというのに、どうして私が打ち上げなんかに参加しないといけないんだ。不満を顔を出さない様に努めるけれど、どう頑張っても苛立ちは消えてくれない。

「あ!灰谷さん!待ってたんですよ!」
「社長遅いですよ〜」

従業員達が一斉に声を上げたかと思えば、私が働いているクラブの経営者である灰谷さんが姿を現したらしい。ただでさえ騒がしかった空間が更に鬱陶しくなっていく。気配を消して扉から離れ、一人でバーテンダーの武蔵くんが作ってくれたお酒を流し込む。わざわざ人集りの中になんて入りたくない。

「なに飲んでんの?」
『…………』

面倒事は勘弁だと言うのに、輪を抜けてきた竜胆さんは私の隣へ移動してくるなり、そう問いかけてきた。このクラブで働いている女の子の数はあまり多くは無いけれど、その内の殆どが灰谷さん目当てだと聞いている。つまり、こんな風に竜胆さんと話していたら、嫉妬の標的にされてしまうのは明白である。

『モスコミュールです』
「へえ。意外と度数高いの飲んでんじゃん」
『まあ、強いので』

適当な笑みを浮かべてさっさと退散してもらおうと思ったのに、竜胆さんは椅子に手を掛けたと思ったら驚く事に腰を下ろしてしまった。バーカウンターの席は距離が近いせいで、僅かに動いただけでも膝が当たってしまう。背中に恨みを含んだ視線を感じ、目尻をひくつかせてながら慌てて口を開く。

『り、竜胆さん、』
「ん?なに?」
『みんなの所には行かなくていいんですか?』
「あー、ウン。もう挨拶すんだから」

嘘だ、絶対終わってない。だって蘭さんは今も囲まれたままだし、竜胆さんと話したい人達がチラチラこちらを見ている。一人あぶれていた私を気遣ってくれているのかもしれないけど、要らない優しさである。みんなは灰谷さん目当てで働いているんだろうけど、私は完全にお金が目当てなだけであって、時給の高さ故に入社しただけなのだ。変に目立ちたくもなければ、人間関係に波風を立てたくないのである。

『灰谷さん達忙しくてあんまりお店に来れないから、みんな話したがってますよ』
「オマエは?」
『はい?』
「オマエもオレと話したいと思ったりしてんの?」

これは試されているんだろうか。上司であり、オーナーでもある竜胆さんに胡麻を擂れって事なのだろうか。竜胆さんは兄である蘭さんと比べて、クラブに顔を出す機会が多く、従業員をちゃんと管理してくれているのか、今日の様に話しかけられる事も多々あるけれど、妙に距離が近い。こういう所が女の子を勘違いさせてしまうのでは無いだろうか、と余計なお世話が過ぎるが自分には関係無いと口角を浮かべる。

『もちろん』
「ふーん…」

目を細めながら緩やかに口角を持ち上げた姿に人知れず安堵の息を吐き出す、どうやら正解の行動が出来たらしい。これで時給アップしてくれれば最高なんだけど、それは無いだろう。打ち上げだって、給与が発生しているから仕方なく参加しているだけで、これで無給だったら絶対に来てない。

「オレも話したかった」
『……ありがとうございます』

カウンターに肘を付きながら甘ったらしく紡がれた言葉に一瞬だけ反応が遅れてしまったが、愛想良く返せただろう。相変わらず灰谷さん達は適当な事しか言わないな。この間もボルトより早く走ったとか、オレは一途だとか、五十音はオレが作った、好きな奴が出来たとか何とか口にしていたっけ。この人達が放つ言葉を一々気にしていたら仕事なんてしていられないだろう。いつか女性に刺されてしまわないか心配である。もちろん働き口として、だが。

「この後って用事あんの?」
『打ち上げの片付けします』
「その後だよ」
『帰ります』
「飯行かね?」

繕っている笑みが思わず崩れそうになるが、平静を装いながら必死に口角を保つ。勘弁して欲しい。まず打ち上げが何時に終わるか分からないというのに、その後にご飯なんて無理だろう。ご飯に行きたいなら後ろでギラギラと会話に入るタイミングを計っている肉食女子に声をかけてあげて欲しい。今にも飛びつきそうな程アルコールを煽っていて早速恐怖である。

『打ち上げが何時に終わるか分からないので…』
「なら途中で抜けようぜ」

この様子だと二人がお店の女の子に手を出していると言うのは本当なのかもしれない。噂程度だったけれど、グレーの疑心が黒色の確信へと変わる。そんな事に私を巻き込むのは切実にやめて欲しい。火遊びどころか、大火事必須である。

「ダメ?」

可愛らしく首を傾げているけれど、男性らしい骨張った指が私の髪に触れてくるくると弄ぶ。プレイボーイなのは結構だが、私の体が嫉妬の炎で燃やし尽くされてしまいそうだ。フロアに流れる爆音の音楽と共に、脳の中で警報のアラームが鳴り響く。これからもここで働く為には竜胆さんにも、女性達にも嫌われるわけにはいかないというのに。

『竜胆さん』
「なに?」
『あんまりそういう事は言わない方がいいですよ』
「なんで?」
『勘違いしちゃう人も居るんです』

主に竜胆さんを狙っているお姉様達が。彼は美人に囲まれ過ぎて、モブ顔代表の私を揶揄っているだけなのだ。だからそんなに睨まないでください。誤解を解く為に席を立とうとしたけれど、それより先に手首が掴まれてしまい動けなくなる。驚きながら視線を前へ向けると、妙に真剣な表情を浮かべた竜胆さんが徐に音吐を落とした。

「勘違いじゃねぇよ」
『……はい?』
「本気だから」

何の話だろうか。瞬きを繰り返す私とは裏腹に、眠たげにも思えるたれ目がちな瞳はただ真っ直ぐこちらを見つめている。長めな髪から覗いた耳が赤く染まっている様に見えるのは、色鮮やかなミラーボールのせいだろう。疑う様な視線に気付いたのか、竜胆さんは子供に言い聞かせるみたいに優しげな声を出した。

「言っとくけど、店の女に手ェ出して無いから」
『はあ…?』
「最近は遊んでもねェし」
『そうなんですか…?』

そんな事を私に言われても困ってしまう。困惑が顔に出てしまっていたようで、私の手首を掴んでいた竜胆さんの大きな手のひらが下へと移動して指が絡め取られる。ギョッとする私とは打って変わり、愛おしげに瞳を細めた竜胆さんは恋人へ向ける様な柔らかく、シロップの様に甘い音色を紡いだ。

「オマエが好きだから」
『………………ほう?』

本当に灰谷さんはテキトーな事しか言わないな〜。冗談だから。冗談だから後ろで悲鳴を上げるのと、白目を向いている私を睨むのを今すぐやめてください。

──そうだ、帰ったら辞表を書こう。


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