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同期である伏黒の愛が重すぎる



私の家系は呪術師と何の関係も無い、普通の一般的な家庭だ。けれど、小さい時から変なものが見えていたし、時々お化けに似た生き物にいじめられていた。そんな私をたまたま見かけた五条先生に勧められ、高専へと進学を決め、今こうして通っているのである。

『あ、伏黒くんおはよう』
「はよ」

彼も私と同じく4月から高専に通っているが、どうやら幼い頃から呪術に携わっていたらしい。家入さん曰く、五条先生の秘蔵っ子、とかいうやつだそうだ。同期とは言え、伏黒くんとの経験値やら、実力やらは私とかけ離れてしまっている。入学から早数ヶ月、その溝は埋まりそうも無い。

「スカート」
『ん?』
「短い」
『え、そうかな?』

教室に向かう途中で伏黒くんと会い、流れるまま隣を歩くが不意に言葉が発せられ、反射的に視線を下へ落とす。確かに今日は一回多く折ってるけど、そんなに短くは無いはずだ。私だって華の女子高校生なのだ。少しくらいお洒落をしたいお年頃なのである。

「そんな短くて任務に集中できるのか」
『だ、大丈夫!』
「………」
『…多分』

ジト目で見つめられてしまっては、こちらの分が悪い。だって伏黒くんは正しい事が多いし、呪術師として先輩な彼の言葉には説得力がある。この助言に、弱っちい私は何度も救われているのだ。縁起でもないがスカートに気を取られてお陀仏、なんて流石にやめたい。少し残念に思いながら折り目を直し、教室の扉を開く。

『野薔薇も虎杖くんも早いね』
「珍しく目が覚めたの」
「俺も!」

中には既に同期の2人が椅子に腰を下ろし、駄弁っていたようだ。そこでふと、野薔薇と一緒に行きたいと思っていた都内のカフェを思い出し、スマホを取り出す。ネットを開き、ふんふんと鼻歌を鳴らしながら上機嫌に操作を続ける。すると体に影が差し、上げた視線の先にはいつも通りの無表情を携えた伏黒くんがこちらを見下ろしていた。

『どうしたの?』
「GPS入れていいか」
『……じーぴーえす?』

突然の単語に首を傾げると、さっきまで楽しそうに言葉を交わしていた野薔薇が酷く低い声を出し、頬を引き攣らせた。一方、虎杖くんは私と同じように頭を傾けている。鏡合わせのようで少し面白い。

「はァ?GPS?あんた遂にストーカーになるつもり?」
「釘崎には付けねぇよ」
「当たり前だろッ!」

音が立つほど勢いよく立ち上がった野薔薇は伏黒くんに詰め寄る。全然動じない彼の姿に、少しだけ関心してしまった。さすが二級呪術師。鬼の形相をしている彼女に戦慄かないとは。やっぱり私とはレベルが違う。

「彼氏でもないくせに一丁前に束縛か?ああん?」
「なんで釘崎がキレてんだ」
「友達がストーカーされそうになってんだからキレるだろ」

何故か彼女の中では、既に伏黒くんがストーカーの括りに入ってしまっているらしい。でもGPSってあれだよね。位置情報が分かるってやつ。どうして伏黒くんはそんなものを私につけたいんだろう。見られて困る事は無いけれど、出来れば遠慮したい。

『あ、あの、位置情報は、やっぱり…』
「ほら見ろ!普通はこうなるのよ!」

苦笑を浮かべながらそう言うと、野薔薇はフンと鼻を鳴らして両腕を胸の前で組んだ。普通の友達は位置情報なんて管理しないんじゃないのかな。特に男女は。

「でも方向音痴だろ」
『え、あ、うん、そうだけど…』
「この間も任務先で迷子になって俺に電話してきた」
『あ、あれは!パニックになっちゃって…!』

彼は別の任務地に行っていたのに、電話してしまった事は自分でも可笑しいと分かってる。道を聞いても、伏黒くんに分かるわけが無い。知らない土地で、補助監督ともはぐれてしまって混乱した私の奇行たるや、聞くに耐えない。

「GPS入れておけば、対応できる」
『た、確かに…!』
「騙されるな!こいつはそんなこと言って騙してるだけよ!」
「人聞き悪い事言うな。優しさだろ」

まるで天使と悪魔だ。いつの間にか2人に挟まれ、次々と言葉が頭の中へと流れ込んでくる。GPSを入れた方がいい、入れない方がいい。次第に思考が追いつかず、目の奥がぐるぐると回る。助けを求めるように虎杖くんへ視線を投げるが、返ってきたのは眉を下げた苦笑のみだった。頭を抱えて唸る私の肩を掴んで正面へと回り込んだ伏黒くんの表情は真剣で、薄い唇が重々しく言葉を紡ぐ。

「これがあれば、お前が困った時いつでも助けに行ってやれる」
『え、え、え?』
「男に声をかけられた時とか、知らない男から連絡先を押し付けられた時とか、飯に誘われた時とか」

後ろで野薔薇の男絡みしかねぇじゃん、なんて声が聞こえたが、伏黒くんと至近距離で視線が交わっているせいで、上手く聞き取れない。どうしよう、どうしたらいいんだろう。

「任務先で迷う事も無くなる。合理的だろ」
『た、確かに…?』
「補助監督に迷惑をかけなくて済む。待ち合わせの行き違いも防げる」
『た、確かに…!』
「アプリなら無料で使えるし、設定も簡単に終わる。お前はただ、今までと同じようにスマホを持ち歩けば良いだけだ」
『す、凄い…!』

ぱちぱちと拍手を繰り返し、これからの未来を想像して笑みが零れる。GPSは迷子防止になるし、アプリを開けば位置が分かるから、補助監督さん達に居場所を簡単に伝えられるようになるんだ。しかも私はスマホを持っていればいいだけ。やっぱり伏黒くんは凄いなあ。

「設定するからスマホ貸してくれ」
『うん!ありがとう、伏黒くん!』
「ああ」

慣れた手つきでロックを解除し、スイスイ操作する伏黒くんはかっこいい。なんでも知ってるし、熟してしまう。私もこんな風になりたいなあ。そう思いを馳せていると、野薔薇と虎杖くんの呆れた様な溜息が耳へと届き、振り返る。

「……こうやって外堀が埋められていくわけね」
「俺でも騙されてるって分かるよ、それは」
『え?騙されてる?』
「ほら、設定出来たぞ」
『わあ!ありがとう!』

虎杖くんの言葉の意味が分からなくて聞き返そうとしたが、伏黒くんにスマホを手渡され有耶無耶になってしまった。後で聞いてみようかな。不意に頬へ温もりが触れて、大きな手が私の髪を耳に掛ける。何だか恋人みたいで恥ずかしいな。そう冗談混じりに口にすると、何故か伏黒くんは無言で微かに微笑むだけだった。また後ろで、うげえ、と野薔薇の引き攣った声が鼓膜を揺らしたが、その理由を知るのは数年後である。


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