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三兄弟と仲が良くない姉


!恋愛色無し。家族愛です。このお話は5年ほど前に書いたもののリメイクになります。原作と矛盾がある場合があります!




私には三人の弟が居るけれど、仲が良いとは言い難い関係である。もちろん弟達の事を嫌いじゃないし、大切な存在だと思っているが、きっとあの子達は私の事なんか家族だと思っていないだろう。特に次男の二郎と、三男の三郎には嫌われてしまっている。でもそれが仕方の無い事だと言う事も、ちゃんと理解しているのだ。
三人兄弟の長男である一郎は二人の親代わりとして未だ十九歳だと言うのに仕事を熟してお金を稼いで生活を支えている。児童施設に居た時から弟達の事だけを想い、その大切な二人に軽蔑されようが、それでも大切な家族の為に見えない所で救い続けていた。
そんな彼と比べ、私はどうだろう。自分の弟が幼いその手に重すぎる枷を背負い続けているのに何もせず、三人より早く施設を出て就職してから一度も会いに行かないで、ただただ働き続けていたのである。
私は逃げたのだ。
口では“大切な家族”、“大好きな弟達”などと聞こえの良い言葉を吐き出すくせに、行動をしないで待っていただけ。なんて最低な姉だろうか。
それでも一郎はこんな私を受け入れ、施設から出る事になって三人で暮らす事になった日、とある提案を持ちかけてくれた。

──「やっと三人で暮らせるようになったんだ」
──『そ、うなんだ。…良かったね』
──「一緒に住まねぇか?」

いつにも増して硬い声で紡がれた言葉に、馬鹿な私は頷いてしまったのだ。本当なら断るべきだったのに。そしてその判断がやはり間違いだったのだと気付かされたのは、一人で住んでいたボロアパートから荷物を家へ運び入れてる際に顔を合わせてしまった二郎と三郎の至極驚いた顔を見た時だった。
それを見てから私は朝早く家を出て、夜遅く帰る生活を送る事にしている。元々ブラック企業に勤めていたおかげで終電を逃し、会社に泊まる事も多かったから慣れていたし、辛いとも感じなかった。そんな事よりも、三人の幸せを壊してしまう方が、怖かったのだ。

「山田さん」
『はい』
「今日は定時に上がっていいよ。最近残業も特に多かったでしょ?だから、ね」

突然の事に驚いて何も言えない私に気付きながらも、それ以上何も言わず上司はすごすご戻って行く。固まっている姿を見た同僚が顔を寄せて小声で口を開いた。

「この間会社に調査が入ったらしくて、残業時間の事で軽く審査に引っかかったみたい。帰れる時に帰らないと体が持たいないよね」
『………うん、そうだね』

明るい時間に帰れるのは身体的には嬉しいけど、それとは裏腹に心の中が深く沈んでいくのが分かる。静かにみんなが喜ぶ中で、人知れず重すぎる溜息を吐き出す自分の姿が窓に映し出され、すぐさま視線を逸らした。






∵∵
太陽が沈み掛け、綺麗な夕焼けに照らし出されながら足枷が付けられた如く言う事を利かない体で電車に乗り込んで景色を眺める。上の空だったせいで降りるべきはずの駅を乗り過ごしてしまい、アナウンスは軽快な声でシンジュクを告げていた。ある人の言葉を思い出し、扉が閉まる直前、ホームへ降り立ち、ある場所に向かった。

「君が自分から私の所に来るなんて珍しいですね」
『…お久しぶりです。寂雷先生』
「今日はどうしたのかな」
『以前、定期的に検診へ来るように、と言われましたので…』
「それで来てくれたんだね」

仏様を彷彿とさせる笑みを浮かべた先生の前に置かれている椅子へ腰を下ろして小さく項垂れる。低くも聞き触りの良い音が耳へ響き、無意識に顔を上げてしまう。

「あまり顔色が良いようには見えないけれど、食事と休息は出来ているのかな」
『ちゃんと寝てますし、ご飯も…、はい。食べてます』
「コンビニのお弁当や、インスタントでは食事バランスが乱れてしまうよ。睡眠の質も変わってくるんだ」
『……大丈夫です。食事は、…用意してくれているので』
「彼が作ってくれているなら、安心だね」

先生も三兄弟の長男を思い浮かべているのか、優しげな笑みを浮かべている。私なんかとは比べ物にならない程、比べる事自体が烏滸がましい程に、出来た弟なのだ。勝手に緩む頬に気付き、慌てて両手で抑えながら引き締める。見るに堪えない姿をこれ以上晒すわけにはいかない。

「特に異常も無いみたいで良かった。今日は早く仕事も終わった様だし、しっかり休む事だよ」
『はい』
「診察は終わりかな」
『…え、後4時間くらいお願いしたいんですけど…』
「そうしたら他の患者さんを診察出来なくなってしまうよ」

先生に迷惑を掛けるわけにもいかず、鉛みたいに重たくなった体を持ち上げ、診察室のドアノブに手をかける。この後はどうしようか、そんなことを考えながら手のひらに力を入れた時、柔らかな音吐が背中を揺らす。

「もう少し、素直になっても良いんじゃないかな」
『………え?』
「お大事に」

聞き返そうとしたけれど、次の患者さんが目に入って急ぎ足で病院を出て、タイミング良く到着した電車に乗り込む。時計を確認し、唇を噛み締めながら息を飲み込む。今から帰ったら家に着くのは十九時頃だろう。それでは三人の時間を邪魔してしまう。お金を使わず、時間を潰す方法を考えたが、思い付いたのは永遠と電車に揺られる事だった。

『…………まだ、二十一時か』

玄関の前で立ち尽くす姿は紛うことなき不審者である。さっきから扉に手を掛けては戻すのを繰り返しているが、どうか通報しないでくれ。覚悟を決めて、物音を立てない様に家へ入って廊下を進む。このまま自分の部屋に行こうとしたけれど、突如現れた壁に激突してしまい、反射的に顔を覆う。

『ぶっ、』
「お?今日は早かったんだな。おかえり」
『た、ただいま、』

お風呂上がりであろう一郎は雑に髪をタオルで拭きながら、笑顔で言い放つ。ぶつかってしまった事を謝りたかったけれど続け様に言葉が発せられて、変な形に唇が開かれてしまう。臨機応変に対応出来ないのが私の良くない所だ。

「まだ帰って来れないと思って、まだ飯作り終わってねぇんだ。先に風呂入っててくれるか?」
『あ、じっ、自分で作るよ!いつも作ってもらってて悪いと思ってたし…』
「作るって言ってたから待ってやってくれ」
『二郎と三郎は入ったの?』
「ああ。だから気にせずゆっくり入って来いよ」
『分かった。そうさせてもらうね』

気は重かったけれど、身体は日頃の激務で疲れていたのか、湯船に浸かると思わず息が漏れる。温泉に浸かってるおじさんみたいだと自虐的に笑いながら、さっき一郎が言った事を思い出す。

『作るって言ってた、ってどういう事だろう…』

浮かんだ疑問を小さく零すけれど、答えが返ってくる事は無い。一郎が作ってくれているだろうに、あの言い方ではまるで他の誰かがやっている様な言い方に聞こえてしまう。頭が上手く回らなくなって、自分が逆上せている事に気付く。迷惑を掛けてしまうだろうから、やっぱり自分でご飯を作ろうと、すぐさま着替えて台所へ向かう。廊下には光が漏れ出て、中からは賑やかな声が溢れていた。

「だから!そんなに入れたら味が濃いって言ってるんだよ!」
「白米と食うんだから濃い方がいいだろ!」
「塩分の摂り過ぎは体に良くない事くらい馬鹿でも分かる!本当に低脳だな!」
「あ゛!?俺の方が卵焼き作るの上手いだろうが!」
「今は卵焼きの話なんてしてない!」

言い争うのが聞こえて、思わず歩みが止まる。どうして二郎と三郎が居るんだろうと思いながら邪魔をしたくない一心で、空腹を見て見ないフリをして足を一歩引いて後退る。その瞬間、背中に軽く衝撃を感じ、無意識に振り返った視線の先に居たのは一郎だった。

『い、』

名前を呼ぼうと口を開いたけれど、それに気付いた一郎は人差し指を自分の唇に当てて、ゆっくり二人の方を指差す。示されたまま顔を向けて声が漏らさない様に唇を噛み締める。

「でも姉ちゃんは味が濃い方が好きだって」
「そんなの僕だって知ってる」
「なら、」
「でも体に良くない。また名前姉が倒れてもいいのか」
「それは駄目だッ!」

二人が、私の為に食事を作ってくれている事を知って、次第に涙が溢れて頬を濡らす。後ろで一郎の微かに笑った声がしたけれど、確認する事なんて出来なかった。口論を繰り返しながらも手を止めない二つの背中から目が逸らせず、両手で口元を覆う。鼻を啜りそうになって、急いで呼吸を止める。それを見た一郎は手を引いて、リビングのソファに私を座らせ、優しく手のひらを包み込む。少しして、落ち着き始めた頃、慌ただしい足音が聞こえて扉を見遣ると、二郎と三郎の丸くなった瞳と視線が交わる。

「え、」
「どうして…、」

冷や汗が首筋を伝い、震える足に力を込めて立ち上がろうとするが、二人は手に持っていたお皿を机に置いて目の前に膝をついてしゃがみ込む。

「どうしたの!?会社で何かあった!?」
「どうして泣いてるんですか!?嫌な事があったんですか!?」

その表情は、まるで私を心配しているかのように歪められている。今にも自分達が泣き出してしまいそうな程、瞳は不安げに揺れて、膜を張った瞳が宝石の様にキラキラ輝く。

「名前姉ちゃん?」
「名前姉?」

久しぶりに呼ばれた名前を聞いたら我慢なんて出来なかった。心臓が締め付けられ、耐え切れず俯いて嗚咽を零す。スーツの上にぽつりぽつり落ちた雫が僅かに広がって染みを残していく。ふと温もりが頭に触れて緩やかな動きで左右に揺蕩う。

「二郎も三郎も、名前の事が心配なんだよ」

一郎の手に撫でられているのだと分かり、心臓が大きく跳ねる。膝の上で握り締めていた自分の手に力を入れ過ぎて、震えてしまっているのが目に入り、力を抜こうとするけど上手くいかない。一回り以上大きい手が重ねられ、短い息が吐き出される。

「俺、もっと頑張って姉ちゃんが楽出来るように頑張るから、」
「名前姉の役に立てるよう、頑張ります。だから、」
「姉ちゃん泣かないで…、」
「泣かないでください、名前姉…」

左右に感じる二人の手の温もりに、ずっと心の中で繰り返していた言葉が勝手に零れて空気を震わす。か細い声は静かな空間に痛い程響く。

『ご、ごめっ、ごめんねっ、ごめんねッ、』
「なんで姉ちゃんが謝るんだよ…」
「謝らないといけないのは僕達です」

癇癪を起こす子供に似た仕草で首を左右に振るけれど、涙が落ちていくだけで、言葉にする事は出来ない。啜り泣く声が自分の耳へ届いて煩わしい。

「本当は知ってたんだ。姉ちゃんが俺達の為に頑張ってくれてた事」
「僕達がまだ施設に居た時から必死に働いてお金を貯めてくれていたのも。そのせいで倒れて病院に倒れた事も」
「この家に来てからも俺達の生活の為に遅くまで働いてくれてるんだよな」
「僕達が欲しがっていた物を密かに買ってくれていた事も、知ってます」
「でも名前が表立ってやってくれないからお礼も言えねぇって、二人が名前の飯を作る事になったんだ。俺が作るって言ったんだけど、こいつらも譲らなくてな」

前で並んでいる三人の声があまりにも優しくて、勘違いしてしまいそうになる。だって、だってそんな事言われたら、馬鹿な私は誤解しちゃうよ。もしかしたら、嫌われてないって。

「最初は兄ちゃんに教えてもらっても上手く出来なかったんだけど、やっと綺麗に作れる様になったんだ!」
「僕だって名前姉の好きな唐揚げを作れる様になったんです!」

もう、何でもいい。勘違いだろうが、なんだって。これが夢だったとしても、私には幸せすぎる。勇気を出して二人と手のひらを合わせて握り、力を込めた。繋がれた手に二郎と三郎は驚いていたけれど、すぐに優しく握り返してくれる。言うなら今しかない。今言わなくて、いつ言うんだ。長女である意地を見せろ。

『…………ありがとう、』

一瞬にして部屋に静寂が走り、不安が一気に押し寄せてくる。調子に乗りすぎたと怖くなって手を離そうとするけれど、さっきよりも強く二人の手に力が込められた。

「俺の方こそ、いつもありがとな」
「ありがとう、名前姉ちゃん」
「名前姉、ありがとうございます」

砂糖を溶かしたミルクの様に甘やかで優しい声を聞いて、自然と溢れ出てしまう。初めて伝えられた言葉は鼻声で、お世辞にも綺麗とは言えないけど、三人に届いてくれれば、それだけで良い。

『大好きだよ、』

交わった双眸は細められて、柔らかく目尻が下げられている。どんな高い宝石よりもずっと綺麗な瞳に私が映ってちょっぴり恥ずかしいけど、それが嬉しくて。この喜びを伝えたいのに、その手段が思い付かなくて、焦れったい。

「俺も大好きだ」
「俺も姉ちゃんの事大好きだよ!」
「僕も大好きです!」

嬉しそうに笑った三人の笑顔につられて、私も笑ってしまった。他の姉弟に比べたら私達の距離感はまだまだ遠いけれど、きっともう大丈夫だ。
だって、私達は家族なんだから。


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